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立派な中期経営計画で転落する企業の特徴

プレジデントオンライン / 2019年5月12日 11時15分

ファナックは広い視野でベンチャー企業との協業を決めた。(時事通信フォト=写真)

■中期経営計画づくりが、ビジネスチャンスを奪う理由

今、あなたがやっていることは、本当に今やるべき重要なことでしょうか? 重要かどうかは、それをやることによるコストとリターンだけで捉えられがちです。例えば、マンションの購入には一定のコストがかかりますが、それによって便利で豊かな暮らしというリターンが得られることで、マンション購入は成功したと言えるかもしれません。しかし、マンションの購入費用を何か別のものに投資していたら、もっと高いリターンが得られたかもしれません。また、バーゲンに出かけたことで、安い買い物ができたかもしれませんが、その時間を運動や勉強に使うことで、将来より大きなリターンを得ることができたかもしれません。このように、何かをやることで「やらなかったこと」や「できなくなったこと」を「機会損失」と言います。

機会損失の特徴は「見えない」ことです。そのため、気をつけようと思っても目の前のことに気を取られ、「もしこれに時間をとられなかったら何ができるか」「ほかにもっと重要なことはないのだろうか」ということにまで、なかなか注意が行き届きません。

しかし、個人も企業も資源は有限。優先順位の低いことに気を取られれば、本来やらなくてはならないことに対する投資ができなくなってしまいます。こうした機会損失は、経営においてもさまざまな場面で起こっています。

例えば、良い意思決定をするためには、まず目的を決め、その実現のためにさまざまな案を考え、その中からベストな案を選択して実行すべきです。しかし、実際にさまざまな企業の意思決定を見ると、やることを早々に決めて、そのことだけを一生懸命に考える傾向があります(決めただけでやらないのも当然機会損失です)。あるいは、最初に複数の案を検討しても、1度やることを決めてしまうと、その後はそもそもの目的や、実行による新たな情報を踏まえて別の案を考えることは、意識から抜けてしまいがちです。その結果、トップは機会損失が発生していることに気づかず、現場はそれを冷ややかに見るということが起きます。

もちろん、代替案を考えたり、当初の計画を変更することは、時間の浪費という考え方もできるので、やることを早く決めたほうがいいという見方もできます。しかし、技術革新などで環境が変化しやすい現在、機会損失はとても起こりやすくなっています。例えば、自動車のエンジンのある部品に関して技術の粋を極めていっても、今後モーターが主流になれば、そのエンジン部品の技術は不要になってしまいます。こうした環境の変化が起きても対応できるように、広い視野を持つことはますます重要になっています。

また、多くの企業が中期経営計画を作っています。計画はもちろん必要ですが、優秀な人材を使い、何カ月もかけて作るだけの価値が本当にあるのでしょうか。そうした計画がどれだけ役に立っているのでしょうか。次のような機会損失の可能性があります。

①そもそも計画作りにかけた労力をほかに使ったり、あるいはある程度のところでやめて実行に移したほうが、良い情報、結果が得られたのではないかという単純な機会損失の可能性。

②計画ができた時点で安心してしまい、実行に移すエネルギーが残っていなかったり、実行は必ずされるものだと誤解する。

③計画が「聖域」化され、環境が変わり、計画時の前提が変わっているにもかかわらず、「計画どおりにしないといけない」ことが社内に強迫観念のように浸透し、無理に数字を作ったり、最悪の場合、粉飾をする。

④計画以外のチャンスがあっても気に留めないために機会損失が起こる。

■機会損失は、なぜ生まれるのか

機会損失が生まれる最大の原因は、いつの間にか本当の目的がわからなくなり、優先順位を間違えること、そして「手段の目的化」です。その背景には、人間は見えやすいもの、わかりやすいもの、目立つものに引っ張られるという心理的なバイアスがあります。

図は「重要性と緊急性のマトリックス」です。左上の重要性も緊急性も大きい案件は、最重要ですから当然すぐに取り掛かります。問題は、右上の「重要性は大きいが緊急性の小さい案件」と、左下の「緊急性は大きいが重要性の小さい案件」のどちらを優先するか。本来は重要性で判断すべきですが、多くの場合は緊急性が勝ってしまいます。例えば、上司から「すぐ書類を作れ」と命令されると、それがたとえ「念のため」の書類だとしても、優先してしまうことが多いのではないでしょうか。それは、緊急性の大きい案件のほうが見えやすく、目立つからです。

また、手段が目的化しやすいのも、目的よりも手段のほうが目に見えやすいためです。手段の目的化は、他社を買収する際にもよく見られます。1度買収すると決めたら、どんなに金額が上昇しても買おうとするケースです。手段のはずの買収が目的化してしまっているのです。また、日本では「M&Aに◯億円使う」と宣言している会社がかなりあります。M&Aに真剣に取り組むというメッセージを発信している側面もありますが、一方で、その金額を使うこと自体が目的になってしまうかもしれません。

このように、手段は目に見えやすいため、つい手段を追求することで満足してしまい、本来の目的を見失ってしまうのです。そもそも何のためにやっているのか。そして、今やっていることがベストな手段なのか。この2つが意識から抜け落ちてしまうために、機会損失は起こりやすくなります。

■改善を突き詰めると改革は進まない

機会損失を最小化するには、どうすればよいでしょうか。1つは、目先のことだけにとらわれないように、広い視野を持ち続けることです。資源は限られていますから、その資源をどう配分するか、やるべきことの優先順位を俯瞰して考えることが重要になります。また、決定したことにはコミットする一方で、「ほかに代替案はないか」を常に意識することも大切です。今のビジネスを極めることは重要ですが、一方で次のビジネスも考えておく必要があります。

それを1人の頭の中でやることは、二律背反的なところがあるので難しいかもしれません。その場合は、あえて視野を広げて考える時間をつくるようにするか、あるいは別の見方で指摘してくれる、信頼できる第三者を持つことが大切になります。

組織的に見ても、1つの部門で従来の事業と新たな事業を両方やるのは難しいものです。「改善を突き詰めると、改革は進まない」とはよく言われることです。主流の事業を担っている部門に新しいことをやれと言っても無理があります。したがって、会社のポートフォリオとして、従来の事業を担う部門から新しい事業を担う部門を既存の資源へのアクセスをうまく担保して分けることも1つの方法です。

また、社内だけでなく、社外のパートナーとアライアンスを組んで新たな事業に取り組む方法もあります。そのほうが、社内の既存事業との軋轢を避けることができ、また協業を通じて異なった文化を取り入れることもできます。産業ロボット製造などで知られるファナックが、ベンチャー企業のプリファード・ネットワークスと共同でロボット用のAI(人工知能)を開発しているのは、その一例でしょう。

ただ、難しいのは、機会損失を最小化するために複数の可能性を追求しすぎると、無駄が出てくることです。かといって、コストを突き詰めすぎると、今やっていることはうまくいっても、次の芽が育たなくなります。そのバランスこそが個人でも企業でも「差別化」のカギを握ります。

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清水勝彦(しみず・かつひこ)
慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授
テキサスA&M大学Ph.D.。コーポレイトディレクションでの戦略コンサルタント、テキサス大学サンアントニオ校准教授(テニュア取得)等を経て、2010年より現職。専門は組織変革、戦略実行、M&A。近著に『機会損失「見えない」リスクと可能性』。

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(慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授 清水 勝彦 構成=増田忠英 写真=時事通信フォト)

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