LINEが"野村・みずほ"と組む本当の狙い
プレジデントオンライン / 2019年4月25日 9時15分
2018年06月28日、LINE株式会社が開催した事業戦略発表会「LINE CONFERENCE 2018」で、記者との質疑応答に臨む出澤剛社長(左)と、舛田淳取締役(千葉県浦安市のアンフィシアター/写真=時事通信フォト)
LINEが金融事業に力を入れている。野村証券やみずほ銀行と手を組み、フィンテック事業を次々と立ち上げている。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「その起点となるのが年間取引額が4500億円超というLINEペイだ」と分析する――。
※本稿は、田中道昭『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)の一部を再編集したものです。
■現在のLINEは広告事業をコアとする会社
本書で取り上げている日本の4大金融ディスラプターの中では、LINEは最も新興の企業です。2000年9月、韓国企業のネイバーの100%出資により創業されました。ネイバーは広告やコンテンツ・サービス、ビジネスプラットフォームなどを含む韓国最大手の総合ネットサービスです。もともと韓国系の企業とあってLINEの売上の約3割は海外事業によるものですが、会員数を見ると海外は伸び悩んでいる状態です。2016年第2四半期においてはタイ、台湾、インドネシアの3カ国で9500万人いた会員数が、2018年第1四半期においては8700万人と減少しています。
現在のLINEは広告事業をコアとする会社です。2017年度決算においては、総売上1671億円のうち765億円が広告収入です。LINE公式アカウント、LINEスポンサードスタンプ、LINEポイント、LINE@、タイムライン広告、またポータル広告としてのNAVERまとめなどが、ここに含まれます。前年比を見ても39.9%の増加です。フェイスブックやグーグルほど極端ではありませんが、広告収入が大きなウェイトを占め、その成長が総売上を押し上げている構図を見て取ることができます。
■LINEペイの決済高は4500億円を超えた
その一方で、コミュニケーション事業及びコンテンツ事業は、成長が鈍化、あるいは下落基調にあります。コミュニケーション事業とは、トーク、スタンプ、着せ替えなどが該当します。これは2015年から2017年にかけて1.05倍と横ばい状態です。
コンテンツ事業は、ゲームやマンガ、ミュージック、占いなどです。こちらは同0.81倍と減少傾向です。惜しむらくは、コンテンツ自体の平均寿命の短さです。ヒットの有無に売上が大きく左右されるため、ビジネスモデル的にも収益的に安定しないのはコンテンツ事業の宿命と言えます。
しかし、今注目すべきは「その他事業」の成長ぶりです。金額そのものは202億円とまだ大きなものではありませんが、2015年から2017年にかけての伸びは3.37倍にも達しているのです。LINEペイを含むフィンテック事業はここに位置しています。
LINEペイの決済高は2017年に4500億円を超えました。グローバルアカウント登録者数は4000万人を超え、月間取引件数は1000万件を突破しました。ローソン、大手ドラッグストアなど全国チェーン店での加盟店網を拡大して、メガバンク3行を含む50行以上の銀行と提携しています。
■AIスピーカーではトヨタ自動車と提携
AIアシスタント「Clova」の展開も始まっています。LINEは2017年にスマートスピーカー「Clova WAVE」「Clova Friends」をリリースしました。アマゾンの「アレクサ」、グーグルの「グーグルホーム」と同様のスマートスピーカーを手がける日本企業はLINEだけです。
サードパーティの企業や個人が利用できるソフトウェア開発キットを公開したことで、Clovaで利用できる機能(スキル)は120以上に増加しています。スマホ上のコミュニケーションアプリとして成長してきたLINEですが、AIアシスタントを「スマホの次」のプラットフォームとして捉えていることは、間違いありません。
Clova利用シーンの拡大のため、トヨタ自動車と組んだことも特筆すべきニュースです。2018年12月発売の新型車から、Clovaを車内で利用できるサービス「ClovaAuto」がスタートしました。運転中でも音声入力によってLINEメッセージの送受信や、音楽再生、目的地の天気を調べたりすることができる機能を提供します。
■LINE証券は野村、LINE銀行はみずほと組む
この提携には、LINEにとっては「クルマの中」という新たな空間に進出する狙いが、またトヨタ自動車側にはLINEユーザーに多い若者を取り込む狙いがあります。すでにアマゾンのアレクサを搭載したモデルを発表済みのトヨタにすれば、LINEはワンオブゼムのパートナーに過ぎないかもしれません。それでも「天下のトヨタ」と組んだという事実はLINEにとって大きな意味を持ちます。
後述しますが、LINE証券の設立にあたって提携した野村證券、LINE銀行(LINE Bank)設立に向けて手を組んだみずほ銀行にしても、堂々たるビッグネームです。LINEは東証一部に上場しているとはいえ、まだまだ新興企業です。各業界のトップと組んだことは極めて大きなアセットになります。自社単独ではなかなか入り込めない市場に進出するにあたっては、最大の武器になることでしょう。
ちなみに、フィンテックやAIと並んで「その他事業」に含まれるものにLINEモバイルがあります。2016年に格安SIM事業に参入したものの、NTTドコモなど大手の値下げの余波を受け、シェア獲得が滞りました。2018年1月には、ソフトバンクとの戦略的提携を発表しました。ソフトバンクがLINEモバイルの株式を51%取得し、現在はNTTドコモから借りている回線をソフトバンクに切り替えることになりました。
■LINEペイを起点にしたフィンテック戦略
LINEは今、従来のコア事業である広告に、これらフィンテックとAIを合わせた「戦略事業」の強化を図っています。その中心にあるのはLINEペイです。LINEペイを起点に、資産運用や保険、ローンなどの金融事業を総合的に展開するのが、LINEのフィンテック戦略だと言えます。
LINEペイは「LINE上から送金・決済をする」サービスとして2014年12月にスタートしました。そこから、プリペイドカードやQRコード決済、クイックペイへと機能を拡張してきた経緯があります。LINEアプリ内に組み込まれているため、わざわざ専用のアプリをインストールする必要がありません。その手軽さは、他社の決済アプリと比べても群を抜いています。
それだけではありません。先ほど触れたように、QRコード決済に限り加盟店の導入費用ゼロ、そして2018年8月から3年間、同じくQRコード限定ですが決済手数料を無料としていることです。ほかにも、利用額に応じてランク方式でポイント還元率が変わる「マイカラープログラム」など強力な普及促進策が講じられました。
■「手数料を無料」にしてまでLINEペイが欲しいもの
その結果、2018年12月期第3四半期決算では「LINEPayスマホ決済対応予定カ所が92万カ所を突破、年内100万カ所に向け順調に拡大(QUICPay対応予定カ所72万カ所含む)」していると発表しました。2018年7月時点で120万カ所(楽天ペイ+楽天エディ+楽天ポイント+楽天カード)を突破している楽天には及ばないものの、猛追中です。
それにしても「導入費用ゼロ、決済手数料無料」とは、競合する決済サービス会社にとってはたいへんな脅威です。真似したくてもできるものではありません。自社の収益源を丸ごと手放すことになるからです。これは「決済そのもの」で収益を上げる必要がない非金融プレイヤーならではの戦略だと言えます。オリガミなど、QRコード決済に特化して儲けようとしていたプレイヤーは、強い淘汰圧にさらされることになるでしょう。
それでは、手数料を無料にしてまでLINEペイが手にしたいものは何か。そこで得られる膨大な決済データです。これをビッグデータとして蓄積し、新たな金融サービスへと活かそうというのです。LINEにとってQRコード決済は通過点に過ぎません。
■LINE証券、LINE投資、LINE保険、LINE銀行……
事実、いま続々とLINE傘下の金融サービスが立ち上がっています。2018年1月に立ち上がったLINEフィナンシャル株式会社は、資産運用、保険、ローン、仮想通貨(暗号通貨)など金融事業領域をさらに強化するのが狙いです。個別の金融業態を挙げてみましょう。例えば、LINE証券は、野村證券との提携により誕生したネット証券です。
LINEスマート投資もスタートしました。これは、ドローン、VR、コスプレなど、身近なテーマに対し、10万円前後から気軽に投資ができるというサービスです。日本初のテーマ投資型オンライン証券会社であるFOLIOとの提携が基盤となっています。そして損保ジャパン日本興亜との提携によってLINE保険も立ち上げています。スマホから最短60秒で手続きができて、「保険料は100円から」「LINEペイでの支払いも可能」としています。
そしてLINE銀行です。LINEフィナンシャル51%、みずほ銀行49%の出資で設立される銀行です。具体的なサービス内容は明らかになっていませんが、LINEの出澤剛CEOは「LINEPayに力を入れており、ユーザー数も増えている。LINEPayユーザーにさまざまな金融サービスを提供したいとなると、日常的に一番必要なのが銀行業」「規制やレギュレーションが厳しく、ユーザー向けのサービスにはまだまだ改善余地がある。そこでLINEらしい挑戦ができないか」と語っています(CNETJapan、2018年11月27日)。
■なぜ既存金融機関との関係を重視するのか
LINEとみずほは「LINEクレジット」でも提携し、LINEの利用状況などのデータをもとに個人の信用力を測る「LINEスコア」や、個人向け無担保ローンサービス「LINEポケットマネー」などを展開するとしています。
こうして見ると、LINEが既存金融機関と良好な関係を築いていることがわかります。出澤CEOは「われわれが取り組む金融事業は、既存金融機関とパートナー関係を構築したうえで展開するのが基本方針。金融の独特な規制への対応や、より厳格な運営体制が求められることを踏まえれば、われわれが単独でやるよりも、金融のノウハウや知見を持っている既存金融機関を組んでやるほうがよい」(『金融財政事情』2018年9月17日号)との意向を示しています。
■ネット証券業界はビジネスモデルの限界を迎えている
むろん、大手企業との提携がどのようなメリット・デメリットをもたらすか、未知数の部分もあります。例えば、信用力が補完される一方で、LINEらしいスピード感が損なわれる懸念があります。また、デジタルトランスフォーメーションに遅れている大手が、かえってLINEの足かせになる危険も考えられます。
野村證券とのLINE証券にしても、単なるネット証券に終わっては、次世代金融産業の時代を生き残ることはできないでしょう。天下の野村證券も、過去においてネット証券を成功させることはできませんでした。
そもそも、20年前に誕生して急成長したネット証券業界は、激しい手数料競争で疲弊し、ビジネスモデルの限界を迎えています。今必要なのは、デジタルトランスフォーメーション時代の新しいデジタル証券であり、デジタル銀行です。すなわち、「取引している」ことすら感じさせないような、スムーズなユーザーインターフェイス/ユーザーエクスペリエンスの実現であり、デジタルネイティブ世代の価値観やライフスタイルに合致した、新しい金融商品を提供することです。
■経済圏の大きさでは、楽天、ヤフーに見劣りする
![](https://president.jp/mwimgs/1/6/-/img_16a8e6c9501aba674607ec080e38d3c2316845.jpg)
テンセントと比較するならば、今後のLINEの課題は、入り口としてのコミュニケーションアプリから、フィンテックやECなどそのほかのサービスに顧客を誘導することです。
現状、顧客接点においては圧倒的優位に立つにもかかわらず、広告以外のサービスの伸びが思わしくありません。そのため、経済圏の大きさという点では、楽天やヤフー・ソフトバンク連合に見劣りします。アプリの強みを「LINE経済圏」の拡大へとつなげられるかどうか。今後のLINEはその点に注目です。
最後に、私は、LINEが金融事業で覇権を握るために最も重要なことは、金融において最も重要な「信用」「信頼」を獲得できるかにかかっているのではないかと分析しています。野村證券やみずほ銀行と提携しても、得られるのは信用補完のみであり、信頼を得るのは別のことです。テクノロジーよりも、もっともっと高いハードルを乗り越えることができるか。LINEの挑戦から目が離せません。
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立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(以上、PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテック企業の競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)などがある。
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(立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭 写真=時事通信フォト)
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