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"人手不足とAI失業"どちらが本当か?

プレジデントオンライン / 2019年4月26日 9時15分

これから労働市場はどう変わっていくのか。三菱総合研究所の武田洋子氏は「本質的な問題は、求められる能力と労働者が持つ能力のミスマッチだ。それを放置していれば、日本企業の生産性はじわじわと低下していく」と指摘する――。

■人手不足は中長期的には解消に向かう可能性

近年、労働市場を取り巻く環境として、相反する2つのことが同時に語られている。

ひとつは、わが国には深刻な労働力不足時代が到来しつつあるという認識。もうひとつは、AIやロボティックスの社会への普及により、人の雇用が奪われるという懸念である。

果たしてどちらが正しいのであろうか。われわれの分析によれば、どちらの主張も半分は核心を外している。問題の本質は労働者の持つスキルと求められるスキルのミスマッチが広がることにある。本稿ではそのことを証明し、対応策を提示する。

これまでの日本の労働市場をみると、経済や産業構造の変化に対して柔軟性が低かったと言わざるを得ない。しかし、好むと好まざるとにかかわらず、日本の労働市場を取り巻く環境は着実に変化し始めており、労働需給の構造も大きく変わっていく。

まず、人口の減少や国民の健康寿命の長期化から、労働供給の構造が変化する。労働に対する需要面では、AIやロボティックスなどの新技術が人間のタスクを代替していく動きが広がる一方で、新技術を用いて新たなビジネスを生み出す人材や、AIなどには代替されない創造的なタスクを担う人材の需要も高まるであろう。

三菱総合研究所(「内外経済の中長期展望」2018年7月9日公表)では、新技術の進展が労働市場に与える影響を考慮しつつ、労働需給ギャップを時系列で試算している。具体的には、「第四次産業革命が実現した場合に必要となる就業者数」を人材需要、「公的人口推計と過去15年の産業・職業・性別・年齢別就業トレンドに基づく就労者数」を人材供給と位置づけ、両者の差分を需給バランスとして、2030年までの人材需給を推計している。

つまり、成り行きの人材供給に対して、技術革新が着実に実現したときの人材需要がどの程度乖離するかを試算したものである。結果は一定の幅をもってみる必要はあるが、本試算によれば、2020年代半ばまでは極めてタイトな労働需給が続くが、2020年代後半以降は急速に需給が緩和され、2030年には解消に向かう(図表1)。

■2030年には専門人材が170万人不足する

一方で大きな課題となるのは、職種間のギャップだ。職種別にみると、2020年代前半には事務職で、2020年代後半には生産職などで雇用の余剰感が増す一方、2020年代を通じて専門人材の不足幅が拡大し、2030年には170万人不足するとの結果が得られる。つまり、中長期的な日本の労働需給を展望すると、本質的な課題は、人手不足ではなく、人材のミスマッチにある。本稿では労働者に求められる能力と労働者が持つ能力の差のことを人材ギャップと呼ぶ。

では、現在の日本の人材のポートフォリオはどのようになっているだろうか。三菱総合研究所(同上のレポート)で、日本の人材ポートフォリオを2軸4象限に分けて分析したものが、図表2である。ここでは、今後必要となる人材像を明確化するため、「タスク(仕事)の特性」に着目して人材を二軸四象限上にマッピングし、日本の人材ポートフォリオの姿を描き出すことを試みている。

縦軸は「ルーティン(定型的)⇔ノンルーティン(創造的)」の割合を、横軸は「マニュアル(手仕事的)⇔コグニティブ(分析的)」の割合を示す。それぞれの丸の大きさは就業者数の大きさ、色は職種を表している。

図表2が示すとおり、日本では「定型的・手仕事的なタスク」の領域に属する人材の割合が44%と高い一方で、「創造的・分析的なタスク」の領域に属する人材の割合は16%と低い。同じ手法で米国、英国とも比較してみると、前者の「定型的・手仕事的なタスク」の割合は、米国39%、英国30%と日本より低い水準にとどまる一方、後者の「創造的・分析的なタスク」の割合は、米国24%、英国34%と逆に日本よりも高い傾向がみられる。

マクロの労働需給ギャップの試算では、新技術を活用し新たなビジネスを生み出す人材の需要が増えていくことを織り込んでいるが、それに見合う専門人材が供給されなければ、イノベーションも生み出されず、日本経済は国際競争力を失ってしまうであろう。

■人材のミスマッチ解消に向けて何が必要か

では、どうすれば人材のミスマッチを解消できるのであろうか。答えは労働市場への新規参入者も含め、人材のポートフォリオを定型的なタスクの領域から、創造的なタスクの領域へとシフトさせていくことであろう。そうした労働移動を円滑に実現していくため、三菱総合研究所では、「FLAP」サイクルの形成を提言している(図表4)。

FLAPとは当社の造語で、個人が自分の適性を知り(Find)、スキルアップに必要な知識を学び(Learn)、目指す方向へと行動し(Act)、新たなステージで活躍する(Perform)ことを意味する。

このサイクルを回すためには、質の高い学び直しの機会が極めて重要であることは言うまでもない。OECDによれば、日本の修士課程入学者に占める30歳以上の割合は13.2%と、OECDの平均の28.8%を大きく下回る。

もっとも、政府や企業が学び直しへの補助金を増やしたとしても、個人が何を学びたいのか分からない、あるいは、学び直しや働き手のスキルに対する日本企業の評価制度自体が変わらなければ、人々が学び直し、行動するインセンティブが働かないためサイクルは回らず、人材のミスマッチ解消はなかなか進まないであろう。

■企業はスキルや能力に基づく評価・報酬制度を導入せよ

具体的には、下記の3つの点が重要と考える。

第一に、職業情報の「みえる化」により、個人に「気づき」を与えることである。現状、個人が自らキャリアを設計しようとしても、世の中にどのような職があり、その職にはどのような適正やスキルが必要で、待遇や将来性はどうなのか、知ることは難しい。

米国では、1998年から職の統合データベース「O*NET」をウェブサイト上で提供している。約1000種の職種の情報が提供され、個人の適性診断も可能だ。日本でも、「日本版O-NET」の運用が予定されているが、利害や関心を有する人々が共通言語でコミュニケーションできるよう、民間にも使いやすいシステムとすることが重要だ。

第二に、スキルや能力に基づく評価・報酬制度である。図表3で示した人材ポートフォリオと平均年収の関係をみると、米国では創造的なタスクの度合いが高まるにつれて年収が増加する傾向があるのに対し、日本は両者の関係が不明瞭である。これでは、スキルを身に着け、定型型タスクから創造的タスクへと、自主的に行動し、新たなステージで活躍するインセンティブは高まりにくい。

■転職が不利にならない労働慣行・制度の導入

生涯現役社会は早期に実現すべきだが、スキルや能力に応じた評価・報酬制度が広がる前に、一律に企業へ定年引き上げを要請すれば、働き手の学び直しの意識も高まらないまま、企業は雇用を抱え続けることになり、日本企業の生産性がじわじわと低下していくのではないか。

第三に、転職が不利にならない労働慣行・制度としていくことも重要だ。人生100年時代においては、定年まで一社で働き、その後は退職金の取り崩しや年金で暮らすという単線型のキャリアパスは現実的ではなく、学び直して新たな職に挑戦する複線型のキャリア形成が前提となる。そのためには、転職が不利にならない雇用慣行や、労働移動に中立な退職金・年金制度を実現していく必要があろう。

おりしも本年4月1日より「働き方改革関連法」が順次施行され始めたが、「働き方改革」はこれでゴールではない。目指すべきは、未来の経済社会・技術の潮流を見据え、日本の労働市場・慣行を進化させることによって、多様な人材が労働市場へ参加し、学び直せばいつでも新たな挑戦ができるようになり、皆がより良い将来の展望を持てるようになることではないだろうか。

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武田洋子(たけだ・ようこ)
三菱総合研究所 政策・経済研究センター長・チーフエコノミスト
ジョージタウン大学公共政策大学院修士課程修了。1994年日本銀行入行。2009年三菱総合研究所入社。財政制度等審議会委員(2015年~)、産業構造審議会総会委員(2017年~)、労働政策審議会労働政策基本部会委員(2017年~)、産業構造審議会 2050経済社会構造部会委員(2018年~)、働き方改革フォローアップ会合構成員(2018年~)等に就任。

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(三菱総合研究所 政策・経済研究センター長・チーフエコノミスト 武田 洋子)

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