"データより感情"で勝つ韓国外交のずるさ
プレジデントオンライン / 2019年4月22日 15時15分
■「論理的に正しい」が支持されるとは限らない
4月11日、世界貿易機関(WTO)は、韓国が福島県などの水産物輸入を禁止している措置に関して、同国の措置を妥当とする最終判断を下した。当初、WTOはわが国の主張を認め、韓国の対応を不公正と判断した。今回、一転して当初の判断が覆された。「まさか、信じられない」と、想定外の結果にショックを受ける関係者は多い。
今回のケースで重要なポイントは、わが国の常識が必ずしも国際機関などの判断に通用するとは限らないということだ。それに加えて、わが国サイドの準備不足も露呈した。これは重要な教訓である。
国際社会では、わが国で論理的に正しいと考えられることが、常に支持されるとは限らない。国際機関などの判断を仰ぐときには、相応の根回しや事前の利害調整をしっかりと行わなければ、足をすくわれることもあるということだ。
わが国は、WTO上級委員会に対してしっかりと根回しを行い、利害関係者・関係国からの納得を獲得できたかを確認すべきだった。それが、今回の逆転敗訴の教訓を生かし、国力増強を目指すことにつながるはずだ。
■昨年2月にWTOパネルが認めたポイント
WTO上級委員会は、わが国が提示したデータなどの正当性は認め、特定地域で取れた水産物が汚染されているという主張には科学的根拠がないという判断は変えていない。だが、わが国の「韓国の規制は不当」との主張は認めなかった。
2011年3月の原子力発電所事故を受け、韓国などが日本産の水産物などへの輸入規制を導入した。2013年9月に韓国は規制を強化し、福島周辺の8県すべてからの水産物の輸入を禁止した。2015年、わが国は韓国の措置が不当な差別であると考え、WTOにパネル(小委員会)の設置を求めた。
昨年2月、WTOパネルはわが国の主張を認めた。具体的に認められたことは以下の4点である。
② 韓国が周知義務(WTOルール)を遵守しなかったこと
③ 規制が恣意的・差別的であること
④ 韓国の措置は過度に貿易制限的であること
このうち①と②は客観的データだから覆らない。肝心の主張は③と④である。第一審は、日本の主張は客観的に正しく、韓国は禁輸を解除すべきと、因果関係を認めた。
■通商上の紛争は、各国の世論に影響される
2018年4月、韓国は判定を不服とし、上訴した。これを受けて上級委員会は審議を行い、韓国の規制が恣意的かつ差別的であること、過度に貿易制限的であるというパネル報告を棄却した。わが国の主張は受け入れられなかった。
わが国では「WTOの判断はおかしい」という見方が多い。ただ、冷静に理解しなければならないことが一つある。通商上の紛争は、各国の世論(感情)に影響されるということだ。
わが国にとって、水産物の禁輸措置が続けられることは大きな痛手だ。特定の国の禁輸措置が他国の不安をあおり、想定外の風評被害をもたらす恐れもある。そうした展開は避けなければならない。国内世論としても、水産物の禁輸措置が続くことへの批判は根強い。政府がWTOパネルに紛争解決を求めたのは当然だ。
韓国にとっても世論の不安は放置できない。特に、食品への不安は国民生活に無視できない影響を与える。韓国が自国の事情に基づき、第一審の判定に不服を唱えることも、国内の不安や不満を解消するために必要だった。
■国際社会での“戦い方”への理解が足りなかった
このように、国際社会における紛争(利害の対立)の解消には、客観性のあるデータなどに加え、各国の社会心理、感情が強く影響する。
議論を有利に進めるためには、正論(科学的根拠に基づいた論理的主張)だけを準備すればよいわけではない。科学的に正しい主張を行うだけでなく、相手の出方を見極めつつ、関係国(者)の十分な納得を得ることが必要だ。それが国際社会での戦い方である。
極論すれば、議論を有利に進めるためには、より多くの“同情”を得なければならない。そのための準備が勝負を分ける。国際政治の専門家は今回の結果に関して「わが国は国際社会でのけんかの仕方を理解していなかった」との印象を口にしていた。
国際社会の意思決定は、多数決の法則に従う。わが国が紛争を解決し、自国に有利な条件を手に入れるためには、味方を増やさなければいけない。そのためには自国の主張が正当であることを示すと同時に、他国の恣意的な対応による悪影響を伝えることも欠かせない。データなどの面で不足感があったとしても、「助けてあげたい」「状況は深刻だ」といった共感を得ることができれば、状況は有利になりやすい。
韓国がパネル報告への不服を申し出たことを受け、わが国は国際世論の賛同を得られるよう、あらゆる面から取り組まなければならなかった。政府は、科学的なデータに加え、わが国の水産業にとって輸入禁止措置が死活問題であることを関係者に伝えなければならなかった。
見方を変えれば、韓国は積極的な働きかけで自国の状況を伝え、わが国以上の理解と納得を集めた。わが国にはその発想がなかった。その結果、第一審での判定内容が覆されてしまった。これは、国際機関などでの戦い方を十分に分かっていれば避けられた展開であったように思う。
■「味方=親日国」を増やさなければ、自国の主張は通らない
WTO上級委員会が第一審の判定が覆ったことは、重要な教訓だ。わが国が国力を高めるには、国際社会での戦い方をしっかりと理解しなければならない。
国際社会で勝ち残るためのルールとは、抜かりなく根回しを徹底することだ。それが、関係者からの納得と賛同を増やし、「味方=親日国」を増やすことにつながる。味方を増やすことができれば、自国の主張を通しやすくなる。
わたしたちが何か重要な意思決定を下す際、論理的な正しさだけが判断根拠になるわけではないだろう。それよりも、「直感的に納得できるか否か」が、判断に影響を与えることは多い。
WTOをはじめ、国際機関(社会)における利害は多様だ。わが国の主張に疑問を持つ関係者もいる。そうした人を味方につけるためには、正論だけでは不十分だ。科学的に正しい主張、データなどを提示したからといって、過半数の納得と賛同が得られるとは限らない。
■共感を得られるよう、相手の立場に近寄る姿勢が重要
今回、わが国はそうした発想での根回しが不十分だった。賛同を得るためには、正当性の主張に併せて、各国の目線に合わせて自国の事情を説明し、より多くの理解を得なければならない。それは、自らの状況に関する共感を得られるよう、わが国自ら相手の立場に近寄る姿勢と言い換えられる。
この発想を徹底できるか否かが、わが国の将来に無視できない影響を与えるだろう。わが国経済は国内の自律的な動きによって持ち直してきたとは言いづらい。国内経済のかなりの部分は、海外経済に依存している。
海外の需要を取り込むためには、論理性と共感の両面から国際世論の支持を得ることが欠かせない。そのために経済支援などが力を発揮すると考えられるのであれば、政府はしっかりと対応すればよい。それが国際社会で戦うための基本的な発想だ。政府が今回の教訓を生かし、世界経済のダイナミズムとして期待を集めるアジア新興国などとの関係を強化し、「親日国」をさらに増やすことを期待する。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫 写真=時事通信フォト)
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