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元マッキンゼー社長"下町工場をクールに"

プレジデントオンライン / 2019年5月13日 9時15分

ジャーナリストの田原総一朗氏とキャディ社長 加藤勇志郎氏

設計データを自動解析し、最適な町工場とマッチングする――。その時間は7秒だという。創業したのは元マッキンゼーでコスト削減提案をしていた経営者とアップル本社のエンジニアだった青年のコンビだ。

■マッキンゼーでは、できなかったサービス

【田原】加藤さんは東京大学のご出身。学生時代は何をやっていましたか?

【加藤】実は、大学はほとんど行ってなかったです。部活でアイスホッケーを一生懸命やって、あとは自分で事業をやっていました。

【田原】事業って、具体的には?

【加藤】いくつかやっていて、1つは医療系でした。日本はアメリカに比べて薬の開発に要する期間が長いのですが、その原因の1つが治験です。薬の有効性や安全性を確かめるために医療機関が治験者を集めて治験するのですが、治験者は学生のバイト感覚だから、すぐ辞めてしまう。たとえば30人集めてスタートしても、最後に残るのは10人くらい。それで困っている医療機関向けにコンサルティングをしていました。

【田原】卒業後はマッキンゼーにお入りになる。起業していたなら、就職しなくてもよかったんじゃない?

【加藤】事業をやりたいという思いは強かったので悩みました。ただ、世の中にどんな社会課題があるのかを知るには、いったん会社に入ってみるのもいいのかなと。マッキンゼーを選んだのも、いろいろな産業の課題に触れることができると思ったからです。もう1つ、それまで私はグローバルの経験がほとんどなかったので、海外での経験が積めるところで働きたいという考えもありました。

【田原】勤めたのは東京?

【加藤】拠点は東京でしたが、アメリカや中国、オランダでも仕事をしていました。

【田原】どんな仕事をしていたの?

【加藤】製造業の調達部門の支援です。たとえば電車の車両メーカーがあるとします。電車の部品は約3万点あって、基本的には内製ではなく外部から買ってくる。調達コストは売り上げの約6~7割を占めるほど大きいので、調達を効率化して、コストをいかに下げるのかというコンサルティングをしていました。

【田原】メーカーの調達って、そんなに非効率でムダが多いんですか?

【加藤】部品の点数に比べて購買担当の人数が少ないのです。たとえば電車なら、山手線と山陽本線の車両はまったく違って、部品はほとんどカスタマイズ品。1つのメーカーが調達する部品は、3万点×50車両で、年間に150万点にのぼります。それに対して購買担当者は10~20人で、1人あたり年間10万点、毎日400点の部品を買わなきゃいけない。そうすると一点ずつ、精査して発注することなんてできません。

【田原】毎日400点なんて、むちゃくちゃじゃないですか!

【加藤】むちゃくちゃになるのも理由はあるんです。自動車のように大量生産するものなら、部品1つひとつに人をつけてもペイします。しかし、電車のように多品種少量のもので同じことをやると人件費がペイしないので1人あたりの仕事が多くなっちゃうんです。

キャディ社長 加藤勇志郎

【田原】マッキンゼーでは、そこをどうやって改善しようとしたのですか。

【加藤】マッキンゼーにはコスト計算のプロがグローバルで数百人規模でいました。たとえば電車に使う空調設備が1台500万円だとすると、空調設備を分解して原価を計算。それをもとに「これは400万円が適正じゃないですか」と交渉をします。ただ、それだけだとあまりクリエーティブじゃない。設計まで踏み込んで「この設計を変えれば、もっと低コストでつくれますよね」と提案するところまでサポートしていました。

【田原】マッキンゼーで活躍されていたのに、どうして辞めて起業しようと思ったの?

【加藤】もともとマッキンゼーに入社したのは、一生をかけてトライできる社会課題を見つけるため。製造業の調達に大きな課題があるとわかったので起業しました。

【田原】課題は何ですか? それはマッキンゼーでは解決できない?

【加藤】マッキンゼーがやっていたのは、多品種少量のなかでも金額の大きい部品でした。でも、点数が多いのは、むしろ金額の小さなものです。たとえば電車車両の部品3万点のうち、板金で作るものは1万2000点ほどありましたが、コストとしては1~2割にすぎません。これらはマッキンゼーも触ろうとしないので、非効率なまま残っていました。そこを効率化できたら社会的な意義も大きいなと。

【田原】金額の小さい部品はどうしていたんですか?

【加藤】1つひとつは精査できないので、町工場に丸投げして買い叩きです。何社か相見積もりを取って、あとは「5%下げろ」という世界。

【田原】町工場はたいへんですね。

■町工場が抱える見積もり地獄

【加藤】板金屋をする町工場は日本に約2万社ありますが、そのうち8割は社長を含め従業員9人以下の会社で、半分は3人以下。零細の町工場だと、工作機械も3~4台しか持っていません。そこに100~200点の部品を丸投げすると、どうなるのか。自社が得意な部品はいいのですが、そうではない部品はほかの工場に外注したり、自社にノウハウがないのに頑張って作ったりする。そうするとコストが膨らむ。町工場の4分の3は赤字経営です。

【田原】町工場はどんな部品も自社で作れるわけじゃないのね。

【加藤】うちの会社では、板金は321のカテゴリーに分類しています。1社の得意分野はそのうち2~3件ですね。

【田原】ほとんどは不得意な部品なのに、下請けだから断れないんだ。

■失注すれば、社長はタダ働き

【加藤】それでも受注できればいいほうです。小さな町工場だと社長自身が見積もりをすることが多いのですが、社長は日中工場で働いて、夕方からようやくデスクワーク。工場の仕事と並行して部品100点の見積もりをすると、1~2週間かかる。そうやって苦労して見積もりを出しても、メーカーは4~5社に相見積もりを出すため、受注率は約2割。失注すれば、社長はタダ働きです。

田原総一朗●1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所入社。東京12チャンネル(現テレビ東京)を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。本連載を収録した『起業家のように考える。』(小社刊)ほか、『日本の戦争』など著書多数。

【田原】それじゃ会社が成り立たない。

【加藤】先日話を伺ったネジ会社は、1日7時間を見積もりに充てているのに、受注率は1割を切っているとか。どこも苦しんでいます。

【田原】町工場が大変なことはわかりました。でも発注側は買い叩けばいいのだから、困らないですよね。

【加藤】いや、メーカーが丸投げで発注して、町工場が自社にノウハウや経験がない部品まで受けると、高コストになって最終的には価格に反映されます。しかも、品質も満足できるものではないかもしれない。それはメーカーにとってもデメリット。本当はそれぞれの部品ごとに豊富なノウハウと経験を持つ町工場に作ってもらったほうがいい。そこを自動で見積もりしてマッチングする仕組みをつくれば、双方にメリットがあるはず。そう考えてキャディを起業しました。

【田原】自動化ってどういうこと?

【加藤】自動化には2つのステップがあります。まず、発注する部品がどういう形状のものであるかを設計のデータから解析。2つ目のステップとして、解析結果をもとに原価計算を行い、最適な町工場を自動で選びます。かつては人力で1~2週間かかっていたものが、自動化によって7秒で済む。そういうシステムを開発しました。

【田原】そんなシステム、よくつくれましたね。

【加藤】ひとつ目のステップは数学の世界。共同創業者の小橋昭文はスタンフォードを出てアップルの本社で働いていたエンジニアで、数学やアルゴリズムの解析をずっとやってきました。一方、私はマッキンゼーで原価計算をしてきて、2つ目に強い。2人の得意なものを掛け算して開発しました。

【田原】なるほど。

【加藤】じつは調達の世界はイノベーションが100年起きていませんでした。前工程の設計と後工程の製造ではイノベーションが起きているのに、なぜ調達は昔のままだったのか。それは前工程の設計がデータ化されたのがごく最近だったからです。設計はCADというツールで行いますが、多品種少量のものにCADが使われ始めたのは、ここ5~10年。設計のデータ化が進み、ようやく調達も自動化が可能になりました。

【田原】環境が整ったのならほかにもやる人はいそうだけど、どうして加藤さんたちしかやってないの?

【加藤】やろうとしている方たちはいましたが、苦労されていたようです。というのも、最初のステップが非常に難しいんです。CADのデータで示されるのは立体。その部品を板金で本当に作れるのか。作れるとしたら、板は何枚必要なのか。そういった解析をしないと見積もりはできませんが、その解析の部分が非常に数学的で、誰でもできるものではない。

【田原】でも、加藤さんたちはできた。

【加藤】最年少でアップルのシニアエンジニアになったり、国際情報オリンピックで世界大会に出たようなトップ人材がいたことが大きいですね。トップエンジニアは普通、グーグルやアマゾンに行って製造業の世界に来ない。彼らをいかにこちらの世界に連れてこられるかが勝負でした。

【田原】スーパーエンジニアの小橋さんとはいつ知り合ったのですか?

【加藤】5年前で、私が大学4年生のときです。シリコンバレーで知人を通してアップルでエンジニアをしていた小橋に会いました。彼も自分で事業をやりたいといっていて、その後も連絡を取りつつ、まず板金からやってみようかと。

【田原】キャディの起業はいつですか。

【加藤】2017年11月です。その2年前から技術的に可能かどうか小橋と検討を始め、開発に1年かけて起業に至りました。

【田原】スタートは順調でしたか?

【加藤】じつは初受注は起業の1カ月前でした。某大手メーカーの案件を紹介してもらったのですが、起業前だから、まだ板金屋さんとのネットワークもできていない。納期がすでに決まっている案件で、受注してから慌てて東大阪に飛んで板金屋さんを探すというスタートでした。

【田原】東大阪? 東京じゃなく?

【加藤】その大手メーカーさんの拠点が兵庫県。何かトラブルがあったときには近いほうが対処しやすいと考えて大阪に向かいました。じつは実際にトラブルは起きたんです。いろいろ回って3社の町工場にお願いしたのですが、3分の3で品質不良が発生。最終的には自分でホームセンターで工具を買ってきて、穴のサイズを広げて納品しました。最初にそういう経験をしたので、品質の管理にはすごく気をつかっています。

【田原】品質を良くするって、腕のない町工場と組まないということ?

【加藤】いや、加工の技術の問題で品質不良になることは1割もありません。大多数は認識の問題です。たとえば白という色でも、重工メーカーと家電メーカーでは、求められるトーンやムラの程度が違います。普段、重工メーカーから受注している町工場がいつもと同じように白く塗った部品を家電メーカーに納めると、バツになることもある。逆もまた然りです。そうした基準のズレが数えきれないくらいあるので、いま「このお客様の基準はこうだ」という情報を追加しています。これが溜まってくると、初めて受注する町工場でも齟齬なく作れるようになります。

■下町工場をクールにしたい

【田原】なるほど。最初の受注以降はどうですか?

【加藤】本格的に事業展開を始めたのは18年の5月。そこからは毎月300~400社のペースで新規のお客様が増えています。19年2月の時点で累計のお客様は3000社を超えました。売り上げは月に30%で伸びていて、四半期で倍になってます。

【田原】すごいペースだ。町工場のほうは何社と組んでいるの?

【加藤】全国で100社です。いまは関東関西で、北は秋田、南は鹿児島まで協業先がいますが、今後はさらに地域を広げていきたいです。

【田原】競合はあるんですか。

【加藤】全国の町工場が協業先であると同時に競合になりえます。ただ、他社から案件を奪っているという認識はありません。私たちがやっているのは再配分。丸投げされて得意・不得意なものをぜんぶやるのではなく、それぞれが得意なものだけができる状況にするので、板金屋さんにとってもメリットが大きい。私たちは板金屋さんに黒字保証をして発注していて、協業先の多くは5~10%ほど利益率が改善しています。

【田原】そこがよくわからない。板金屋さんが儲かって、キャディもマージンを取るわけでしょう。発注側にとっては値上げにならないの?

【加藤】お客様のコストは平均25%下がっています。一見矛盾しているように思えますよね。でも、町工場は得意なものほど人件費などの原価を抑えられます。そのためたとえば同じ商品でも、得意な町工場は1万円、不得意な町工場は5万円で受注したりする。そこで最適配分を行えば、町工場に黒字保証しつつお客様のコストも下げられるわけです。

【田原】今後の事業展開はどうする?

【加藤】板金以外もやっていきます。すでにテストで始めているのが切削加工。金属や樹脂の塊を削って部品を作る分野で、日本で4兆~5兆円の市場があります。さらに電子部品など、調達の製品カテゴリーを順次、拡充していく予定です。また、いずれは調達分野だけでなく、町工場の生産管理やファイナンス、物流を支援していくことも考えています。

【田原】町工場は後継者難で悩んでいますね。加藤さんたちのサービスで、何かいい影響はありますか?

【加藤】2つの貢献ができると思っています。まず1つは直接的で、自動化することで、人数が少なくても回せるようになること。そしてもう1つは、製造業のイメージを変えて、人材が来る業界にすることです。アップルは製造業ですが、イケてる印象があるから、その下請けまで含めて人を採用しやすい。同じように、町工場もスマートでかっこいいんだという空気感をつくっていけたらいいなと。

【田原】事業の拡大期待してます。

■田原さんから加藤さんへのメッセージ

東大の松尾豊教授に「日本は人工知能で3周遅れ」という話を聞いたことがあります。なぜ日本が遅れているかというと、スタンフォードやMITで学んだ優秀な研究者が日本に来ないから。トヨタやパナソニックは、その危機感からシリコンバレーに研究所を作りました。

イノベーションが100年起きていないといわれる「調達」で革命を起こそうとしているのが加藤さん。まさにトップエンジニアと組むことで新しい風を吹き込もうとしている。古くて変わらないと思われていた世界こそ、変化を起こしたときのインパクトは大きい。頑張ってもらいたいですね。

田原総一朗の遺言:古いからこそ変える価値がある

(ジャーナリスト 田原 総一朗、キャディ 代表取締役 加藤 勇志郎 構成=村上 敬 撮影=宇佐美雅浩)

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