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1試合7000円"草野球審判"を続ける理由

プレジデントオンライン / 2019年4月26日 9時15分

試合をさばくアマチュア野球審判員(画像提供=関東審判倶楽部)

日本人が大好きな野球。いま各地の「草野球」の審判を専門に活動する人たちが注目を集めている。1試合当たりの報酬は7000円。その活動を支えるのは野球への愛だ。昨年約1500件の依頼に応えたという審判団体の活動ぶりを紹介しよう――。

■「審判員制度」が統一されたサッカー界

日本の2大スポーツは野球とサッカーだろう。だが、「審判員」の制度はまったく異なる。

サッカーの場合、審判制度はJFA(日本サッカー協会)が管理しており、資格は明確化されている。JFAによれば、審判員数は2018年4月2日現在で27万1662人。1級から4級までのピラミッド構造で、年度ごとの更新制だ。たとえば地域の小学校チーム同士の試合では、通常は4級以上の資格保持者が主審や副審を務める。審判がいなければ正式な試合とは認められない。取得までの流れは、「4級資格は講習会を受講すれば取得できる。後は試合をこなしながら技術を学び上達する。意欲のある人は3級以上を目指す」(審判員保持者)となっている。

■野球界は「審判員」が統一されていない

一方、国内のプロ野球の場合、審判員の頂点は「NPB(日本野球機構)審判員」だが、そこに至るまでのルートは近年まで未整備だった。NPB審判への条件として「NPBアンパイア・スクール」が設立されたのは2013年。それまで審判員は、都道府県や市町村の野球協会に所属し、その審判ぶりに応じて大きな試合を任されるようになり、ステップアップするのが一般的だった。

アマチュア野球の審判員は、「都市対抗野球」や「社会人日本選手権」を主催する日本野球連盟(JABA/旧呼称は日本社会人野球協会)など伝統団体が、自団体内で審判員資格を定めるが、全国一律とはいえない。硬式野球以外の準硬式野球や軟式野球も団体が異なり、それぞれの資格制度をもつ。

つまりアマチュア野球審判員の世界は、資格が統一されておらず、各団体が比較的自由に活動している。その前提を理解した上で、本稿を読み進めてほしい。

■年間1500件をこなす審判員の派遣団体

「ビートたけしのスポーツ大将」(テレビ朝日系)というテレビ番組がある。ビートたけし(北野武)とナインティナインが、「水泳、ゴルフ、野球、サッカー、卓球など多彩なオリンピック種目で、2020年東京五輪でメダルを狙う天才キッズ発掘」を掲げる番組だ。

同番組の野球編・収録で審判員を務めるのが「関東審判倶楽部(KUC)」という団体だ。代表は渡辺信雄氏(1977年生まれ)で、2007年に30歳で前身の団体を設立。草野球の試合を中心に活動を広げて、各試合に審判員の派遣業務を担う有力団体に成長した。

設立以後、渡辺氏が10年余り、家業やサラリーマン活動のかたわらで運営してきたが、審判員の派遣依頼が激増したため、2018年に独立。「一般社団法人アスリートフィールドネットワーク」(AFN)も設立し、AFNでは各種野球大会の主催、大会記念グッズ、チームユニフォーム販売などの事業を行う。設立から間もないが、企業とのコラボ企画も増えている。

KUCに所属する審判員は約30人で、平均年齢は40代前半。各野球チームから審判の派遣依頼があると、手配して試合会場に派遣する。突然の派遣依頼は、SNS人脈で急募する。

「チームからの依頼が年々増えて、昨年は約1500件の派遣依頼がありました。専属の審判員も4〜5人いますが、大半は他の連盟などと掛け持ちする審判員。ふだんの業務は製薬会社の営業マンやシステムエンジニアなどホワイトカラー職種が多く、週末中心の稼働です。とはいえ平日の試合依頼もあるので、一定の技術を持つ人の確保が大変です」(渡辺氏)

プライドジャパン甲子園審判部のメンバー。KUC審判員からは6名が参加した(画像提供=関東審判倶楽部)

■審判の需要を掘り起こした

KUCが脚光を浴びたのは、前述した伝統団体が主催しない、草野球の大会や親善試合の審判員需要を掘り起こしたからだ。それまで地道に続けた試合運営の技術と機動性が評価されて派遣件数が増加、それにテレビ出演が加わり「仕事が仕事を呼んだ」。

野球競技人口の減少にともない、草野球も全盛期ほどの活気はない。企業現場のレクリエーションとしても、たとえば工場の昼休み時間にキャッチボールをする姿は(安全性なども理由があるにせよ)、ほとんど見なくなった。

そうした“縮小市場”でも、KUCに派遣依頼件数が殺到するのは興味深い。現在の草野球が定着したのは昭和の高度成長期以降で歴史は半世紀を超え、審判団体もあるが世代交代が進まなかった。そんななか、当時30代の代表が運営する若い団体が人気となった。

■「試合はやり尽くした、未練はない」

神奈川県相模原市出身の渡辺氏は、高校時代まで選手として活躍し、その後に草野球チームに入り、選手や監督として活動した。多い年では年間230試合もこなしたという。

「そこまで試合をやり尽くしたので、選手への未練はありません。以前は自分が前に出たいタイプでしたが、今は一歩引くことも覚えました。本業も年齢もさまざまな審判員を各地に派遣するといった、“ヒトを動かす”仕事の醍醐味を味わっています」(同)

全国から1000もの軟式野球チームがトーナメント制で戦う「プライドジャパン甲子園」という大会もあり、中小のスポンサー企業が支援する。渡辺氏は同大会の審判長を務める。

プライドジャパンカップ・ナゴヤドーム大会決勝で審判を務める渡辺氏(画像提供=関東審判倶楽部)

■立ち仕事で「1日6試合」をこなす時も

アマチュア野球の審判員は「好きでないとやれない」(関係者)世界。最大の理由は報酬の低さで、球審や線審で1試合を担当して7000円が相場だ。試合会場でチームから現金支払いが多いが、雨天中止では報酬が出ない。会場までの往復交通費も自己負担が多い。

専門性や技術が必要な割に低額なので、収入の柱を、他の業務で担う人が大半だ。

粟村哲志氏(1975年生まれ)は審判員歴20年。現在は個別指導塾の講師を行いながら審判業務を担う。複数の団体に所属し、KUCの試合も担当する。同氏のスケジュールは慌ただしい。2018年6月の日曜日のある日は、以下のような分刻みだった。

・6時30分 都内の自宅から自家用車で「大井ふ頭中央海浜公園」に到着
・7時~8時50分ごろ 単発の1試合を担当(同公園E面グラウンド)
・9時~11時 草野球「埼京リーグ」の1戦目を担当(同A面グラウンド)
・11時~13時 同リーグの2戦目を担当(A面)
・13時~15時 同リーグの3戦目を担当(A面)
・15時~17時 同リーグの4戦目を担当(A面)
・18時~21時 別の単発で3時間ゲームを担当(同C面グラウンド)

「埼京リーグ」の4試合は、全試合が時間切れの終了となり、終了と同時に20分間でラインの引き直しと水まきをし、残りの100分で審判を担うことを繰り返したという。

「結局6時半頃現地入りして、21時半ごろ退去するまで15時間、大井ふ頭中央海浜公園で6試合審判しました。17時までの5試合は切れ目なく試合が入り、トイレに行くことも座ることもできず、ひたすら立ちっぱなし。さすがに疲れました」(粟村氏)

当日の報酬は総額で約3万円だったという。別の日は、9時20分から12時30分まで個別学習塾で2コマ担当した後、練馬区に移動して、15時から17時まで草野球を1試合。さらに移動して府中市で19時から21時まで1試合を担当した。

■今後の課題は「技術の伝承」と「若手育成」

紙幅の関係で2人の紹介にとどめたが、他にも何人かに話を聞いた。いずれの審判員も、恵まれない報酬でも情熱は熱い。個人差があるが、用具にこだわり、技術を研さんする人も目立つ。

中長期的には、「技術の伝承」と「報酬の引き上げを含めた若手を増やす」ことが課題だ。審判員に憧れても、意欲のある若手ほどプロ野球審判員を目指すので、草野球に来る若手は限られる。一方で選手とは違い、審判技術を磨けば60代以降もいられる世界でもある。

現在、KUCが依頼先に提案するのが「2人制」の審判派遣だ。プロ野球の試合は、球審や塁審、線審の「4人制」で実施されるが、草野球の審判員は「1人」の場合も多い。だが1人の審判が、投球を判定する球審から、打球の判定をする線審まで、すべてを担うのはむずかしい。

「2人制」とは、球審と塁審の2人が、打球では臨機応変に位置取りを変えて、打球や走者を見る。どのプレーで、どう動くか。判断の引き出しが増え、技術向上に役立つという。

2人制を導入した試合で、二塁前に構える塁審(画像提供=関東審判倶楽部)

■チームのレベルに応じた”顧客満足”を目指す

技術にこだわりつつ、KUCは時に“顧客満足”も目指す。試合前のキャッチボールを見て、レベルが高くないチームには事前に告知して「ストライクゾーン」を広く取る。そうしないと四球を連発して、試合がつまらなくなる(顧客が楽しめない)からだ。一定レベルのチームなら、「ストライ〜ク!」と張りのある声で判定してくれれば気持ちいいだろう。

前述の報酬も、たとえば1試合1万2000円、2人派遣で2万円にしたいところか。両チームの参加選手20人で頭割りすれば1人1000円。試合後の飲み会費用を考えれば割安だ。

全国各地でアマチュア野球の試合が多い時季だ。野球好きの人は、時には審判員の動きに注目して試合を観てはいかがだろう。たとえば打者が打った後、審判がどう走るかを追えば、違う試合の見方ができるかもしれない。

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高井 尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。

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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之 画像提供=関東審判倶楽部)

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