「マラソン選手ほぼ全員ナイキ」は健全か
プレジデントオンライン / 2019年4月28日 11時15分
■完全な1強状態「マラソン選手ほぼ全員ナイキ」
2017年春に本格デビューしたナイキの厚底シューズが世界のマラソンシーンを劇的に変えている。
昨年(2018年)のワールドマラソンメジャーズ6大会(男子)は、5大会(東京、ロンドン、ベルリン、シカゴ、ニューヨークシティ)でナイキ勢が1位になった。1位がナイキを履いていなかったのは、アシックスを履く川内優輝が制したボストンマラソンだけだった。
2017年と2018年のワールドマラソンメジャーズのトップ3の男女合計72人のうち、ナイキの厚底「ズーム ヴェイパーフライ 4%」(フライニットなども含む)着用のアスリートは42人で、ナイキの厚底を履くランナーが表彰台の約58%を占めたことになる。
ナイキ勢は、勝負に強かっただけではない。
■「厚さは速さだ」のコピー通り、記録を次々塗り替える
「厚さは速さだ」というキャッチコピーをぶちあげて、次々とタイムを塗り替えた。昨年2月の東京で設楽悠太(Honda)が2時間6分11秒、同年10月のシカゴで大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)が2時間5分50秒。日本記録を2度も更新すると、リオ五輪男子マラソン金メダリストのエリウド・キプチョゲ(ケニア)が驚異的な“世界記録”を叩き出している。
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昨年9月のベルリンで従来の記録を1分18秒も短縮する2時間1分39秒をマーク。2017年5月に行われた「BREAKING2」という非公認レースでは、42.195kmを2時間0分25秒で走破するなどナイキの厚底シューズを履いて、人類の“可能性”を飛躍的に向上させた。
2019年に入っても厚底フィーバーは止まらない。
3月の東京では、2時間4分48秒で独走したビルハヌ・レゲセ(エチオピア)をはじめ、上位5位までがナイキの厚底シューズを履いていた。日本勢では5位の堀尾謙介(中央大学)、7位の藤川拓也(中国電力)、9位の高久龍(ヤクルト)も同シューズ。さらに第1集団でレースを進めた大迫傑、中村匠吾(富士通)、佐藤悠基(日清食品グループ)も同シューズで出走していた。
■ついに始まったアシックスの逆襲「厚底」に参入
このあおりを受ける形になったのが、国内メーカーのアシックスだ。主力のランニングシューズが前年比7%の減収となり、2018年12月期決算は減収減益に沈んだ。このためアシックスは、新たな戦略で巻き返しを狙っている。そのひとつが2月28日に発売した「METARIDE」という厚底タイプの新シューズだ。
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価格は税込2万9160円とナイキの競合品と同程度。ただ重量は305g(27cm)とナイキの1.5倍ほどある。トップ選手がレースで履くモデルではないが、市民ランナーには好評だという。そして4月からプロに転向した川内優輝(あいおいニッセイ同和損保)とアドバイザリースタッフ契約を結んでいる。川内は記者会見にこう話した。
「アシックスとは長年の信頼関係がありますし、ストックホルム、ケープタウン、ゴールドコーストという大会でスポンサーも務めています。プロとして積極的な海外挑戦を進めていくなかで、グローバルなネットワークを生かして、自分自身がさらに飛躍できると思いました。今年中にはフルマラソンの回数が100回を数えると思うので、今後は『百戦錬磨のプロランナー』と呼ばれたい」
公務員時代は自費でシューズを購入していたという川内だが、今後は商品が無償提供されるだけでなく、商品開発のアドバイスも行うという。ちなみに彼のレース用シューズは「ソーティマジック」というモデルで薄底だ。
年間10レースほどのマラソンに出場する川内は、メディア露出も多い。アシックスにとっては絶好の“広告塔”になるだろう。前回大会の王者として参戦した4月15日のボストンマラソンも注目を浴びた。ほかの有名選手では、昨夏のアジア大会男子マラソンで日本勢として32年ぶりの金メダルを獲得した井上大仁(MHPS)、同大会4位の園田隼(黒崎播磨)もアシックスを履いている。
ボストンでは井上が12位(2時間11分53秒)、川内が17位(2時間15分29秒)、園田が18位(2時間15分58秒)と振るわなかったが、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)や川内が出場を希望しているドーハ世界選手権でアシックス勢の反撃が見られるかもしれない。
■フランス発祥「ホカオネオネ」はナイキ厚底に似ている
昨年までアシックスを履いていた一色恭志(GMOアスリーツ)は、今年からフランス発祥のホカオネオネというメーカーに履き替えている。同ブランドはトレイルランナーやトライアスリートから支持を集めており、その特色は厚底であることだ。
一色が東京で着用していた「EVO CARBON ROCKET」にはカーボンファイバーミッドソールが搭載されており、ナイキの厚底とコンセプトは似ている。東京ではMGCにわずか4秒届かなかった一色だが、4月28日のハンブルクで再挑戦する。
■どちらが速い? ナイキvsアディダスのデッドヒート
2019年4月27日時点で、男子のMGCファイナリストは30人いる。そのうちナイキの契ランナーは5人。契約ランナーではないが、マラソン出場時にナイキの厚底シューズを着用していた選手は9人いた。つまり30人中14人がナイキを履いており、この支持率はダントツ1位だ。
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トップ選手によるナイキの厚底支持率は急上昇中だが、他メーカーはどんな手で勝負を仕掛けてくるのか。いずれにしてもトップ選手の活躍が、国内のランニング市場に大きな影響を与えるだろう。
ナイキ以外の海外ブランドのシューズはどうだろうか。注目したいのは、ナイキとアディダスのバトルだ。
男子マラソンは2003年のベルリンで、ナイキを履くポール・テルガト(ケニア)が2時間4分55秒をマークし、人類で初めて2時間4分台に突入した。しかし、その後は、アディダスを履く選手たちがベルリンで何度も世界記録を塗り替えている。
まずはハイレ・ゲブレセラシエ(エチオピア)が2007年に2時間4分26秒、翌年に2時間3分59秒をマーク。その後も、2011年にパトリック・マカウ(ケニア)が2時間3分38秒、2013年にウィルソン・キプサング(ケニア)が2時間3分23秒。2014年にはデニス・キメット(ケニア)が2時間2分57秒まで世界記録を短縮した。
2012年、アディダスは業界のスタンダードとなっているEVA(エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂)ミッドソールにかわり、高反発でクッション性に優れた「Boost」というテクノロジーを導入。その後は、サブ2(2時間切り)を意識した商品開発を進めて、2018年3月には、27cmで片足160gという軽量の「アディゼロ サブ2」を発売した。
そして、2018年のベルリンでは元世界記録保持者のキプサングが、この「アディゼロ サブ2」を履き、ナイキの厚底シューズを履くキプチョゲと直接対決した。しかし、序盤で引き離され、2時間6分48秒の3位と完敗している。アディダスはまだ厚底シューズを出していないが、今後はどうなるか注目したい。
■4月28日、ロンドンマラソンでナイキ「新作厚底」が登場する
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また今年、ナイキが上位を占拠した東京で、唯一割って入ったといえるのがニューバランスだ。
今井正人(トヨタ自動車九州)が6位、神野大地(セルソース)が8位に入り、ともにマラソングラウンドチャンピオンシップ(MGC)の出場権をつかんでいる。ふたりが履くのは、かつてアシックスやアディダスと契約していた伝説のシューズ職人・三村仁司氏が手掛けたシューズで、「HANZO V2」というモデル。ナイキの厚底に対抗するかのような薄底タイプだ。
4月28日のロンドンマラソンには世界記録保持者のキプチョゲ、欧州記録保持者のモハメド・ファラー(英国)らが出場する。ふたりを含め約20人が、ナイキが7月に一般発売を予定している「ズームエックス ヴェイパーフライ ネクスト%」を履くという。同シューズは従来モデルよりもフロント部分が4ミリ、ヒール部分が1ミリ厚い〝超厚底シューズ〟になる。ナイキ勢がロンドンでどんな走りを見せるのか。シューズが進化し続ける限り、人類はまだまだ速くなりそうだ。
(スポーツライター 酒井 政人 写真=酒井政人、NIKE)
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