競合者とがっぷり四つに組む単細胞の末路
プレジデントオンライン / 2019年5月7日 9時15分
※本稿は、稲垣栄洋『敗者の生命史38億年』(PHPエディターズ・グループ)の一部を再編集したものです。
■自然界では「ナンバー1」しか生き残れない
ヒット曲「世界に一つだけの花」では「ナンバー1にならなくても、もともと特別なオンリー1なのだからそれでいい」という内容の歌詞がある。
この有名なフレーズに対しては、二つの意見がある。
一つは、この歌詞のとおり、オンリー1が大切という意見である。競争に勝つことがすべてではない。ナンバー1でなければいけないということはない。私たち一人ひとりは特別な個性ある存在なのだから、オンリー1で良いのではないか、という意見である。
これに対して反対意見もある。世の中は競争社会である。オンリー1で良いなどという甘いことを言っていれば生き残れない。やはりナンバー1を目指すべきだ、という意見である。
オンリー1で良いのか、それともナンバー1を目指すべきか。あなたは、どちらの考えに賛同されるだろうか?
生命の38億年の歴史は、この歌詞に対して明確な答えを持っている。
ナンバー1しか生きられない。これが自然界の鉄則である。たとえば、ゾウリムシだ。一つの水槽に入れた二種類のゾウリムシは、どちらかが滅びるまで、競い合い、争い合う。そして、勝者が生き残り、敗者は滅びゆくのである。
ナンバー1しか生き残れない。これが自然界の厳しい掟である。人間の世界であれば、ナンバー2は銀メダルを授かって、称えられる。しかし、自然界にはナンバー2は存在しない。ナンバー2は滅びゆく敗者でしかないのである。
■ただし、「ナンバー1」を分け合うことができれば共存できる
しかし、不思議なことがある。
ナンバー1しか生き残れないとすれば、地球にはただ一種の生き物しか存在しないことになる。ところが、自然界を見渡せば、さまざまな生き物たちが暮らしている。ナンバー1しか生きられない自然界で、どのようにして多くの生物が共存しているのだろうか?
ゾウリムシの別の実験では、二種類のゾウリムシが共存する結果となった。それは、一種のゾウリムシが水槽の上で暮らしながら大腸菌を餌にしているのに対して、もう一種のゾウリムシは、水槽の底の方にいて、酵母菌を餌にしていたのだ。つまり、一つは水槽の上のナンバー1であり、もう一つは水槽の下のナンバー1だったのである。
このように、ナンバー1を分け合うことができれば、共存を果たすことができるのである。
■狭小のニッチの世界で1位に輝くことで生き延びる
このナンバー1になれる場所をニッチと言った。ニッチはその生物だけの場所である。つまり、オンリー1の場所だ。
このようにすべての生物は、オンリー1であり、ナンバー1でもあるのである。地球のどこかにニッチを見いだすことができた生物は生き残り、ニッチを見つけることができなかった生物は滅んでいった。自然界はニッチをめぐる争いなのである。
それでは、どのようにすれば、ニッチを見いだすことができるだろうか。ナンバー1になるには、どうしたら良いのだろうか。
たとえば、野球でナンバー1になることを考えてみよう。世界でナンバー1になるのは並大抵ではない。それでは、日本に限定してみよう。高校野球で日本一になることは、世界一よりは易しいかもしれないが、それでも実現できるのは一握りの選手だけである。それならば、都道府県でナンバー1はどうだろう。それが無理ならば市町村でナンバー1、それも無理なら、学区でナンバー1でもいい。
このように範囲を小さくすれば、ナンバー1になりやすい。つまり、ニッチは小さいほうが良いのだ。ナンバー1であり続けなければ生き残ることができないのだから、どんなに強豪チームであったとしても、世界一であり続けるよりも、学区でナンバー1を維持し続けることを選ぶだろう。
■生物はニッチを細分化して、分け合って生きている
しかも、野球でナンバー1になる方法は、いくらでもある。
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野球の試合で勝負するのではなく、片方のチームが打力でナンバー1であり、相手のチームが守備でナンバー1であれば、どちらも勝者となる。ベースランニングがナンバー1であってもいいし、キャッチボールの正確さがナンバー1であってもいい。ベンチの声の大きさがナンバー1かもしれないし、プロ野球の選手の名前を誰よりも覚えているというナンバー1もいるかもしれない。このように、条件を小さく細かく区切っていけば、ナンバー1になるチャンスが生まれてくるのである。
マーケティングなどではニッチ市場というと、すき間にある小さなマーケットを意味する。生物の世界では、ニッチにはすき間という意味はない。ニッチは大きくても良いのだ。しかし、大きいニッチを維持することは難しいから、すべての生物が小さなニッチを守っている。こうしてニッチを細分化して、分け合っているのである。
ナンバー1になる方法はたくさんある。だからこそ、地球上にはこれだけ多くの生物が存在しているのである。
■賢い生き物は競合者と「争う」ことをせず、「ずらす」
![](https://president.jp/mwimgs/e/0/-/img_e0ce3004999e2081c83032a61f380d4d90461.jpg)
ニッチを確保したとしても、永遠にナンバー1であり続けるわけではない。すべての生物が生息範囲を広げようとしているから、ニッチが重なるときもある。あるいは、新たな生物がニッチを侵してくるかもしれない。
一つのニッチには、一つの生き物しか生存することができない。そこでは、さぞかし激しい競争や争いが繰り広げられることだろうと思うが、必ずしもそうではない。
生物の世界では負けるということは、この世の中から消滅することを意味する。「当たって砕けろ」とか、「逃げずに戦え」とか、「絶対に負けられない戦いがある」などと、人間が威勢の良いことを言えるのは、人間が負けても大丈夫な環境にいるからだ。
生物は、負けたら終わりだ。絶対に負けられない戦いがあるとすれば、できれば「戦いたくない」というのが本音だ。しかも、勝者は生き残ると言っても、戦いが激しければ勝者にもダメージはある。あるいは、戦いにばかりエネルギーを費やしていると、環境の変化など降りかかる逆境を克服するエネルギーまで奪われてしまう。
そのため、できる限り「戦わない」というのが、生物の戦略の一つになる。とはいえ、大切なニッチを譲り渡して逃げてばかりもいられない。どこかで、ナンバー1でなければ、生き残ることはできないのだ。
そこで生物は、自分のニッチを軸足にして、近い環境や条件でナンバー1になる場所を探していく。つまり、「ずらす」のである。この「ずらす戦略」はニッチシフトと呼ばれている。
■ニッチの領域をどのようにズラせばいいのか?
ずらし方は、さまざまである。
ゾウリムシの例のように、水槽の上の方と、水槽の底の方というように、場所をずらすという方法もある。もちろん、同じ場所にさまざまな生物が共存して棲むこともある。アフリカのサバンナではシマウマは草原の草を食べて、キリンは高い木の葉を食べている。このように同じ場所でもエサをずらすという方法もある。あるいは、昼に活動するものと夜に活動するものというように、時間をずらすという方法もある。植物や昆虫であれば、季節をずらすという方法もあるだろう。
このように条件のいずれかをずらすことで、すべての生物はナンバー1になれるオンリー1の場所を見出しているのである。そしてニッチをずらし分け合いながら生物は進化を遂げてきたのだ。
もちろん、このニッチという考え方は、生物種単位での生き残りの話であって、個体それぞれの戦略ではない。しかし、私たち人間社会の生存戦略にとっても示唆に富む話ではないだろうか。
(植物学者、静岡大学教授 稲垣 栄洋 写真=iStock.com)
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