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米国とロシアを手玉に取る金正恩の捨て身

プレジデントオンライン / 2019年5月8日 15時15分

2019年4月25日、ウラジオストクでの首脳会談後に開かれた歓迎夕食会で、乾杯する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)とロシアのプーチン大統領(写真=AFP/時事通信フォト)

■プーチン大統領との初会談に臨んだ金正恩氏の狙い

北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長とロシアのプーチン大統領が4月25日、ロシア極東のウラジオストクで会談した。2人の会談は初めてだ。

露朝首脳会談は、2011年8月に金正恩氏の父親、金正日(キム・ジョンイル)総書記がロシアを訪れ、当時のメドベージェフ大統領と会談して以来、8年ぶりである。

金正恩氏がプーチン氏との会談に臨んだのは、制裁強化を堅持するアメリカへの牽制だろう。

2月末のベトナム・ハノイで行われた2回目の米朝首脳会談で、金正恩氏はトランプ大統領に制裁緩和を拒否されている。だが制裁緩和は、北朝鮮の体制存続に欠かせない。金正恩氏は、一刻も早い制裁緩和を切望している。

■独裁体制を維持するには「制裁緩和」しかない

2016年以降に制裁が強化された結果、石炭をはじめとする鉱物資源と海産物の輸出がストップした。輸入では石油が制限された。工場の稼働率も落ち込んでいる。北朝鮮の経済は大きく傾き、いつ破綻してもおかしくない。裏を返せば、それだけ各国の制裁が効果を上げていることになる。

金正恩氏は、高級官僚たちに金品をばらまくことで求心力を保ってきたが、それにも限界がある。独裁体制を維持するには、制裁緩和を実現するしかないのだ。

露朝首脳会談を終えたプーチン氏は「北朝鮮の非核化には、北朝鮮の求める安全の保証が必要だ。国際社会がその保証を与えるべきだ」と述べた。このことから金正恩氏の狙いは見事に成功したといえる。

北朝鮮はこれまで非核化の条件として、アメリカが金一族の独裁体制の存続を認め、軍事的かつ政治的攻撃を行わないとの保証を求めてきた。そのうえで金正恩氏は段階的な非核化を主張してきた。

これに対し、トランプ氏は「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化」を要求。その結果、2回目の米朝首脳会談は物別れに終わった。

■北朝鮮とロシアの思惑が完璧に一致した

前述した記者会見でのプーチン氏の発言は、北朝鮮に対する支援の表明である。プーチン氏には北朝鮮との確固たる結び付きを作り上げることで、朝鮮半島問題における影響力を強め、ロシアの存在を国際社会にアピールしたいとの思惑がある。

そもそも露朝首脳会談を最初に求めたのは、ロシア側だった。昨年5月、ラブロフ外相が平壌を訪問。同年6月に予定されていた初の米朝首脳会談の前にロシアを訪問するよう金正恩氏に求めた。このとき金正恩氏はロシアを無視し、アメリカとの直接交渉を重視した。

ところが今年2月の米朝首脳会談が物別れに終わり、事態が一変した。金正恩氏はロシアに頼った。プーチン氏にとっても核・ミサイル開発で揺れる朝鮮半島に大きな足場を築く絶好のチャンスだった。両者の思惑は完璧に一致した。

プーチン氏は記者会見で「北朝鮮が、アメリカや韓国による安全の保証では十分でないと言うなら、6カ国協議のような形態が必要になるだろう」とも語った。

■金正恩氏に助けを求めさせて、北朝鮮を利用する

プーチン氏は北朝鮮の大きな後ろ盾になっている中国とも手を組んで、制裁の早期緩和をアメリカに働きかけたいのだろう。そのために6カ国協議を再開させ、多国間の枠組みの中で北朝鮮に確固たる保証を与えようとしているのだ。簡単に言えば、国際社会を牛耳りたいのである。

前回記事(4月24日付)では、金正恩氏のアメリカに対する外交戦術について「実にうまい戦術である。金正恩氏は『トランプ氏はプーチン氏と中国の習近平(シー・チンピン)国会主席を、そろって敵に回すわけにもいかないはずだ』としたたかに計算しているのだ。これこそ外交戦術だ」と書いたが、金正恩氏ほど外交にたけた人物はいないと思う。

その金正恩氏としたたかさにおいて並ぶ人物が、ロシアのプーチン氏である。

プーチン氏は、一度は訪問要請を断った金正恩氏を、ロシア・ウラジオストクで歓待して、北朝鮮の肩を持つ姿勢を国際社会に示した。金正恩氏に助けを求めさせる形で、北朝鮮を利用しようとたくらんでいる。プーチン氏は状況の変化にうまく対応し、自らの立場を固めていく。金正恩氏と同様に、いやそれ以上にしたたかである。

■中国と手を組んでアメリカに対抗したい

対北朝鮮制裁によってロシアと北朝鮮との貿易額は半減している。制裁が緩和されれば、確実にその貿易額がもとに戻る。それにパイプラインを使ってロシアの天然ガスを北朝鮮や韓国に自由に輸出することもできる。

ロシアは2014年にウクライナ領のクリミア半島を併合して以来、アメリカやヨーロッパの国々と対立し、中東や中国との関係を強めている。今年2月には、中距離核戦力(INF)全廃条約からの離脱も表明した。国連安全保障理事会の常任理事国としての存在も薄れてきている。

プーチン氏は北朝鮮に対する影響力を確保することで、欧米に対抗したいのだ。北朝鮮は重要な外交カードなのである。

プーチン氏は北京で開催された中国の巨大経済圏構想「一帯一路」をテーマにした国際協力フォーラム(4月25日~27日)に参加した。27日には北京で記者会見し、露朝首脳会談の結果を習近平氏に伝えて共有したことを明らかにした。これこそ中国と手を組んでアメリカに対抗しようとの意思の表れである。

■「北朝鮮の非核化」で国際社会が二分される恐れ

プーチン氏とトランプ氏は5月3日、1時間以上の電話会談を行っている。会談でプーチン氏は北朝鮮の非核化について、「(段階的)非核化に対し、(段階的)制裁緩和が伴わなければならない」と語り、トランプ氏は「ロシアが北朝鮮に対する圧力を強める必要がある」と述べた。

北朝鮮の非核化へのプロセスに対する考え方自体が、ロシアとアメリカでは大きく食い違っているのだ。

北朝鮮の非核化を巡って国際社会が二分されるようとしている。一度に完全な非核化を実施するまで制裁を緩和しないとの方針を掲げるのが、日本(安倍晋三首相)とアメリカ(トランプ氏)、それに韓国(文在寅大統領)だ。

これに対し、北朝鮮(金正恩氏)は段階的に非核化を行い、それに伴った制裁緩和を段階的に求めようとしている。この北朝鮮の後ろ盾となっているのが、ロシアと中国である。

自国の利益を最重要視するのが、外交の基本である。だが、多くの国同士が集まれば、そこにはさまざまな利害関係と思惑が発生する。

■安倍首相は金正恩氏との直接対話を目指せ

たとえば、2008年12月に決裂したままの6カ国協議。北朝鮮の核問題を解決するため、2003年8月に始まった。参加しているのは日本とアメリカ、韓国、ロシア、中国、北朝鮮。2005年9月に北朝鮮の非核化を明記した共同声明を採択したが、北朝鮮が核施設の検証などを拒否したことで決裂した。

今後、どうすれば核・ミサイルの開発をやめさせ、国際社会の枠に北朝鮮をはめ込むことができるのか。

沙鴎一歩は日本の対応が大きな鍵を握っていると思う。2回目の米朝首脳会談の直後に安倍首相は「今度は私の番だ」と語っていた。関係国のなかで安倍首相だけが、金正恩氏との首脳会談を行っていない。金正恩氏と直接会って対話すべきである。その際、重要なことは北朝鮮はもちろん、後ろ盾のロシアや中国のペースに引き込まれないことだ。

■安倍首相が金正恩氏以上にしたたかになるべき

権力を批判することだけがジャーナリストの役目ではない。ジャーナリズムには政治の進むべき方向を示すことも求められる。そこで今回は、安倍首相にエールを送りたい。

日米韓がひとつになって北朝鮮に対応することが重要である。ヘソを曲げたままの韓国をなだめすかし、自国第一主義を唱えてやまないトランプ氏の目を国際社会の真の貢献に向ける。いまや、それができるのは日本だけである。

北朝鮮は5月4日に短距離の飛翔体を数発、発射した。金正恩氏はしたたかに動いている。国際社会の未来を築き上げるため、安倍首相が金正恩氏以上にしたたかになるべきである。

各紙の社説はどう書いているか。4月26日付の産経新聞の社説(主張)は前半で「金委員長は3度目の米朝首脳会談に意欲を示している。だが会談開催に向けて必要なのは中露を頼むことでなく、完全非核化への行動を自ら起こすことだ」と北朝鮮に非核化を求める。

■「北朝鮮への過剰な気遣いは拉致問題解決に悪影響」

この産経社説のスタンスは変わっていない。主張はシンプルだが、その分、理解しやすく評価できる。産経社説は最後に安倍政権に注文する。

「重要なのは、中露、日本を含む全ての国が制裁を厳格に履行し圧力を緩めないということだ」
「この点で日本の外交姿勢にも疑問がある」
「外務省の外交青書から『北朝鮮に対する圧力を最大限まで高めていく』『国際社会の圧力をテコとして、拉致問題の早期解決を迫っていく』との表現が削除された。これが適切といえるか」
「拉致問題解決に向けた戦略なのだろうが、この問題は米朝交渉でも一貫して議論されている。北朝鮮への過剰な気遣いは交渉への悪影響しか及ぼさない」

日本はなぜ、産経社説が指摘するように北朝鮮を気遣うのだろうか。安倍首相が金正恩氏との直接会談を実行に移すための“まき餌”なのか。それならいいが、外交交渉では不利になるような「斟酌」や「忖度」は、無用である。

■「北朝鮮の核は、ロシアの利益にもならない」

4月26日付の朝日新聞の社説は「非核化でしか道は開かれない」との見出しを掲げ、中盤でロシアに訴える。

「ロシアは昨年秋の安保理で、事実上の制裁の緩和を呼びかけた。プーチン氏は、北朝鮮の核開発について理解を示すかのような発言をしたこともある」
「今回の会談を通じ、北朝鮮に一定の影響力があることを国内外に示したいようだが、北朝鮮の核は地域の安定を乱し、ロシアの利益にもならない」
「度重なる北朝鮮の核・ミサイル実験への対応として、国際社会は厳しい制裁を科した。その結束があったからこそ、金正恩氏をいまの対話外交に導き出した流れを忘れてはならない」

その通りだ。この朝日社説の主張を、ロシアは耳を澄ませて聞いてほしい。世界の安全がロシアの行動に掛かっている。ロシアはそこを自覚すべきである。自国の利益ばかりを重視するようでは悲劇は避けられない。

■朝日と産経の両方からいさめられる安倍首相

産経社説と同様、最後は朝日社説も安倍政権に注文する。

「かつての6者協議参加国の中で金正恩氏とトップ会談ができていないのは日本の安倍首相だけとなった」
「日本政府も複数のルートを使い、首脳会談の開催を議題に含めた接触を試みているが、北朝鮮側の反応は乏しい」
「『最大限の圧力』に固執した一方、米国が対話に転じると、直ちに追随する。そんな日和見的な姿勢を見透かされている側面は否めない」
「焦らず、かつ、機会を逃さず、日本も直接対話に臨む道を探らねばならない。米国だけでなく、6月のG20首脳会合に向けて、中国、ロシア、韓国との接触の機会も増えるだけに、北朝鮮問題での日本の主体的な取り組みを強めるべきだ」

くしくも安倍首相は、朝日新聞と産経新聞という左右両派からいさめられる形となった。それだけ期待が大きいわけだ。安倍首相には、ぜひその役割の重さを自覚してもらいたいと思う。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=AFP/時事通信フォト)

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