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1300年前創業の温泉宿"先代からの教え"

プレジデントオンライン / 2019年7月1日 9時15分

日本で現存する1000年以上続く企業は21社。“超”長寿企業の特徴とは一体は何なのか――。創業717年の兵庫・城崎温泉、旅館「古まん」を訪ねた。

■日本に長寿企業が多い、最大の理由とは?

「日本には1000年以上続く会社が21社、100年以上続く長寿企業が2万5321社(2014年現在)あります。100年企業の数は世界でもダントツで、世界の35%超を占める。日本の長寿企業の9割以上はファミリービジネスで、創業家が始めて何代、何十代と名代を継いでいるような会社が長生きしています」。長寿企業の研究を行っている日本経済大学大学院の後藤俊夫特任教授はこう話す。

表が世界の長寿企業ランキングだ。最も古いとされるのは578年創業の建設会社、金剛組。593年建立の四天王寺(大阪)をはじめ、1440年にわたり寺社仏閣の建築を行っている。ただし06年に経営難により創業家の金剛一族の手から離れ、現在は高松建設の傘下になった。その他の1000年企業には華道家元、旅館が並び、さらには製紙、鋳造、仏具、刃物などが続いている。

1000年企業のうちの1社、「古まん」は兵庫県城崎にある温泉旅館。現在の22代目当主、日生下(ひうけ)民夫氏の祖先である日生下権守が「曼荼羅湯」を開湯した717年を創業年とし、1300年以上の歴史を持つ。その後、城崎温泉は関西有数の温泉街となり、現在7つの外湯と74軒の旅館・ホテルが並ぶ。

「古まん」が1000年続いた理由について、後藤教授はこう分析する。

「もともと温泉旅館には湯元を独占できるという強みがあります。ブランド力を持った湯元の権利を持った企業はお湯が枯れない限り、経営を維持できます」

1000年以上続く企業の多くは温泉&旅館業が上位を占める。

城崎温泉は平安時代から公家が湯治に来た記録があり、江戸時代中期に訪れた医師、香川修徳が「海内第一泉(日本一の温泉であるという意味)」と賞賛し、全国に知れ渡った。志賀直哉が療養生活を送ったことでも有名になり、怪我や傷の治療効果が高いと湯治客が訪れた。日露戦争や第一次世界大戦では温泉が軍の管轄となり、傷病兵が多く湯治に訪れたという。さらに、1925年の北但馬地震で城崎の街は全焼したが、焼け野原にも温泉は湧いていたため、城崎温泉の宿は力を合わせてこの危機を克服。1年後にはほとんどの宿が事業を再開したそうだ。

「古まん」の日生下氏は先代から言われた“博打とゴルフはするな”との教えを守り続けている。「もちろんゴルフが悪いわけではありませんが、おもてなしをする立場のわれわれが、遊びに夢中になるなという戒めだったのでしょう」と振り返る。また、「古まん」をはじめ、城崎の温泉宿の多くが、一子相伝。日生下氏には弟がいるが、家業とは違う道に進んだ。家族経営で社員を増やし、事業拡大をしないことが、温泉組合の不文律となっている。

業態を問わず長寿企業、名家研究をしている後藤教授は長寿企業には次の6つの要件があると解説する。

(上)「古まん」22代当主、日生下民夫氏。(下)代々受け継がれる「日生下氏家宝旧記」。原本は火災で焼失したが、近隣の寺にあった写しが焼け残り、そこからさらに写したもの。「養老元年(717年)に道智上人が訪れ千日修行をすると温泉が湧いた」との記述がある。

①長期の視点を持っているか、②無理な事業拡大をしていないか、③自己の強みを追求しているか、④リスクマネジメントができているか、⑤利害関係者を長期で大切にできているか、⑥事業承継の決意と工夫があるか。先ほどの「古まん」の例では特に、②の事業拡大と④のリスクマネジメントへの対応、⑤の利害関係者を大切にするが当てはまる。

企業が事業の拡大を目指すのは当然だ。しかし、無理をした会社が100年を超える長寿企業になるのは難しいと後藤教授は話す。

「日本には『身の丈経営』という言葉があります。実は英語にも中国語にもフランス語にも、これに該当する用語がなく、日本独特の概念だと考えられます。ただし、事業拡大や新事業を禁じているわけでは決してありません」

これは、江戸初期から続く名家でも家訓として代々受け継がれているという。

■新事業をするときは皆に相談せよ

「たとえばキッコーマンは醤油醸造8家が共同で設立した会社ですが、その1つの茂木家には、『新事業をするときは皆に相談せよ』という家訓がある。新事業にはリスクがあるから独断ではやるなという戒めです」

長く続く名家にはしっかりと言い伝えとして残っている。

④のリスクマネジメントに関しては、主に3つの危機への対応が求められるという。

「企業にとっての危機は、自然災害、政治的な変革、業界固有の変化の3つがあります。自然災害は地震や津波などを指し、政治的な変革は明治維新や戦争。業界固有の変化には、現在ではIoTやAI、かつては60年代のモータリゼーションなどが当てはまります。戦争での需要減や、災害による被害を乗り越えた『古まん』もその典型例と言えます」

⑤の利害関係者に関しても、長くビジネスを展開するうえでは欠かせない。「利害関係者は株主はもちろん、従業員、顧客、取引先、そして地域社会のことを指します。これら“すべて”を長期に大切にしているかどうか。それが実行できていれば『信用』が生まれます。長寿企業には同じ会社に祖父の代から3代続けて勤めている従業員も珍しくないし、3代続けて“お得意さま”も珍しくありません」。地域社会に信用されている企業は、地域社会に支えられてもいるというわけだ。

この会社の社会における存在価値に関しては、近年世界で変化が起こってきていると後藤教授は注目する。

「最近の世界の企業経営では、私利私欲のためではなく、他人のため、社会のために事業を行っているかという哲学が求められるようになってきています。日本の松下幸之助さんは『企業は社会の公器である』、稲盛和夫さんは経営には『利他の心』が大事であると強調されています。近年ではアジア、特に中国の企業経営者も同様の思想を掲げるようになってきた。アリババの創業者ジャック・マーなどが典型。これまで拡大だけを目指してきた企業が、長く続く企業になろうとする変化の表れなのかもしれません」

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後藤俊夫(ごとう・としお)
日本経済大学大学院特任教授
一般社団法人100年経営研究機構代表理事。1942年生まれ。東京大学経済学部卒。ハーバード大学ビジネススクールにてMBA取得。経営戦略、特に長寿企業、ファミリービジネスを研究する。

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(ビジネスライター 嶺 竜一 撮影=土屋 剛)

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