タクシーを潰して、Uberだけにすべきか
プレジデントオンライン / 2019年5月14日 15時15分
■タクシーの未来は結構よくなるかも
今まで私は、「なぜ日本の行政はウーバーという黒船をもっと歓迎しないのか」という意見を強くもっていました。それが最近になって「ウーバーを規制してきた結果、タクシーの未来は結構よくなるかも」と思い始めています。
ウーバーは2009年にアメリカで設立された配車サービスのベンチャーです。設立の出発点はアメリカのタクシー業界のマイナス面を解消しようというものでした。
マイナス面は主に3つ。運賃が高いこと、台数が少ないこと、そして遠回りをする車両があるなど運賃が不明朗であることです。
そこでウーバーは、タクシーではなく自家用車のドライバーを参加させて、スマホで呼び出してくれたユーザーをピックアップし、乗る前に決めた料金で行きたい場所まで届けるというサービスを開始しました。しかもその料金が通常の場合はタクシーよりも安い。この便利さと安さがウケて、この数年であっという間に全米に広がったのです。
■ウーバー出現で車移動の人数が5倍に
私が初めてウーバーを体験したのは2011年ごろです。西海岸の出張の際に打ち合わせを終えてビルから出て「さあ、これからタクシーを呼び出さなきゃ」と思ったそのときに、一緒に行動していた現地スタッフがスマホをタップしながら「あと2分で車が来ます」とウーバーの画面を見せてくれたのです。
すると間もなく黒塗りのバンが近づいてきて6人いた取材スタッフ全員を乗せて次の目的地まで連れて行ってくれました。「これはタクシーよりもずっと便利だな」と、その後のウーバーの発展を直感したものです。
ウーバー出現後、特にアメリカ西海岸での仕事は便利になりました。タクシーだけでなく、レンタカーの利用頻度も減るぐらい、私の移動のスタイルは大きく変わりました。現地での変化はさらに大きかったようです。2016年ごろに西海岸のハイテク企業でのインタビューで聞いた話では、ウーバー出現後にウーバーとタクシーを合わせた利用客数がそれまでの5倍になったそうです。
つまり本当はマイナス要素がなければ車で移動したかったけれど、別の交通手段を我慢して使っていた人がタクシー利用者の5倍もいて、その潜在需要がウーバーの出現で一気に顕在化したわけです。これをベンチャー精神による市場創造と呼ばずして何というのだろう。そんな考え方から当時の私は一気にウーバー信仰を強めてしまったわけです。
■Airbnbの浸透で一日一軒ホテルが廃業
2013年、そのウーバーが日本に上陸するのですが、国土交通省はアメリカ同様のサービス展開に待ったをかけました。ウーバージャパンの試行サービスのうち、自家用車による運送行為について「白タク行為に当たる」と中止を求めました。
今から考えればとても正当な行政指導にも思えます。しかし、このときの国土交通省のウーバーへの対応は、その後のAirbnb(エアビーアンドビー)への対応と比較するとかなり強腰だったと思います。当時のAirbnbを使った民泊は、ホテルや旅館に義務付けられていたさまざまなルールを無視したサービスで、法律を厳格に適用すれば即座にアウトと言えるものでした。その民泊が事実上容認されて、ウーバーのサービスは禁止されるというのが、私にはちぐはぐな判断に見えたわけです。
ウーバーがアメリカのように浸透すれば、日本のタクシー業界は大打撃を受けます。民泊も同様で、たとえばパリでは民泊が広がったことで毎日一軒のペースでホテルが廃業しているそうです。経営学者などは、「ウーバーなどのライドシェアや民泊といった新しいサービスの誕生で経済全体が発展する。これこそが資本主義社会におけるイノベーションの効果である」と主張しています。これは私も同じ意見です。
簡単に言えば、日本の行政はウーバーの白タクサービスを規制することで、イノベーションを促進することよりも、既存のタクシー業界の利益を守ることを優先したということです。
■日本の配車インフラが「ウーバーだけ」になる恐れ
ところが、冒頭に申し上げたとおり、私は現在では「国土交通省の判断は、結構いい判断だったかもしれない」と考えを変えています。
当然のことながら、タクシー業界もウーバーの状況をただ眺めていたわけではありません。独自にアプリによるサービスを開発したり、他社のタクシー配車アプリに名を連ねたりすることで、業界サービスを変えていこうという試みを始めました。
ウーバー的な配車サービスを開始するためにはある程度の大きな資本が必要です。一方で日本のタクシー会社は零細企業が多い。それほど儲かる業界ではないのです。
それだけにウーバーが日本全体のタクシーの配車インフラに育ってしまう可能性もありましたが、その道をたどらなかった。大手のタクシー会社の独自開発したアプリと、大手IT会社が開発を開始したアプリが発展して、複数のタクシー配車アプリが林立する状況が広がっていったのです。
■配車アプリの欠点
アメリカでウーバーを使い慣れた立場から言うと、日本のタクシー会社の配車アプリは当初は欠点が多いものでした。まず、どのアプリがタクシーを呼びやすいかが分かりづらい。加えて配車には400円ぐらいの追加料金がかかります。
都内の場合、アプリを使うよりも普通に流しのタクシーを拾ったほうがずっと便利だという実情もあり、私も通常はタクシー配車アプリを使いませんでした。一応、経済評論家としてはアプリを試したりするのですが、日常使いにはまだ遠いというのが実感でした。
ただ、最近になって、配車アプリの「勝ち組」が絞られてきました。「都内ではここを使えば間違いないだろう」というアプリが出始めているわけです。
さらに、配車の際の送迎料金をゼロにするアプリも出てきました。あるタクシー会社の場合、流しのタクシーにアプリのデータを送ってその場に呼ぶだけなので、追加料金はいらないという設定になっています。
■タクシー業界に起こる2つのイノベーション
加えて、行政が新しいタクシーのサービスを2つ打ち出しています。
そのひとつが事前料金の確定です。現在のタクシーメーターは距離以外に時間あたりでもメーターが上がっていきます。渋滞でタクシーが進まなくなるとただ乗っているだけでメーターが上がっていく。これが乗客にとっては不満でありストレスでもあります。
このため国土交通省は、今年10月からタクシー運賃が乗車前に確定するサービスを始めると発表しました。7月から実施を希望する事業者の募集を開始し、10月に認可を出す予定です。
乗車前に「目的地までの料金はいくら」と決まれば、メーターが上がっていくストレスからは解放されます。国の実証実験によれば事前に設定した料金と、現行方式での実料金の乖離は0.6%だというので、この新方式はタクシー会社の減収要因となるわけではありません。この事前料金制はサービス向上としてはなかなかいい進歩です。
もうひとつのサービスが、他の乗客との「相乗り」です。今年3月、政府の未来投資会議で、安倍晋三首相が「タクシー事業の相乗り導入」について導入を進める方針を明らかにしています。
同じ職場の人と飲んでいて帰りに相乗りして、翌日に現金精算するというのはよくある話でしたが、これをスマホを通じて見知らぬ人とやるわけです。スマホを使えば、同じ繁華街の近い場所にいて、だいたい同じ方向に帰る客を見つけることができます。料金の按分の仕方もルールに基づいて納得性のある形で分けることができ、しかもスマホで決済できれば、当事者同士がお金のやり取りをする必要もありません。
■護送船団方式のスピード感はいただけない
実はこれらのタクシーのイノベーションのポイントは、ウーバーなどのライドシェアアプリのいいところを業界アプリに取り込んだということです。ウーバーを規制したことの意味として、業界の既得権を守るというマイナスの方向だけではなく、いいところは取り込んで業界サービスにイノベーションを起こそうとしているのです。
このようにソフトランディングなイノベーションは日本経済の進化として大いにアリだと思っています。背景にはGAFAを中心とするアメリカのIT大手による日本や欧州の産業支配が度を越してきたという現状もあります。
もし2013年の段階でウーバーにアメリカと同様のサービスを解禁していたら、日本でもハードランディングなイノベーションが起きて、多くのタクシー会社が廃業していたかもしれません。
2000年代の規制緩和の議論を踏まえて、現在のタクシーは「地域公共交通の一部」に位置づけられています。それはウーバーの参入を阻んだ法規制の根拠です。ウーバーのような外資企業の影響で、日本各地のタクシー会社が相次いで廃業した場合、過疎地などを中心に料金が引き上げられたり、サービスが廃止されたりすることが懸念されます。
ハードランディングで国民へのサービスが向上すればそれでもいいという考え方もあるのですが、廃業しないソフトランディングなイノベーションも、行政による業界指導としてはいいのではないか、と感じています。
ただし国土交通省とタクシー業界には言いたいことが2つあります。ひとつは今検討している前記のサービスをぜひとも導入してほしいということ。そしてもうひとつは、そのスピードをもっと速くできないかということです。
中国はウーバー誕生とほぼ同時に国産の配車アプリが発展してウーバーを追い出してしまいました。どうせ規制するのであれば護送船団方式のスピードではなく、それくらいの超スピードで業界を進化させてほしいというのが、私からの要望です。
(経営コンサルタント 鈴木 貴博 写真=AFP/時事通信フォト)
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