誰でも英語で反論できる魔法のフレーズ
プレジデントオンライン / 2019年5月15日 15時15分
日本人が英語に苦手意識を持つのはなぜか。「渋滞学」の研究者である西成活裕氏は「英語の本質は日本語と真逆で『ズームイン』した状態から『ズームアウト』していくことにある。それが分かってから私は一気に英語が喋れるようになった」という――。
■英語を学ぼうと思ったら「人生教室」だった
【三宅義和氏(イーオン社長)】初めて英語に触れられたのはいつごろですか?
【西成活裕氏(数理物理学者)】小学校の頃ですね。茨城の田舎に住んでいて、親が私の将来のことを考えて英語教室に入れてくれました。本当にどローカルの、おばちゃんが一人でやっている小さな教室で。ただ、そこで英語を習った記憶がほとんどなく、学校でおきた悩みを相談してみんなで考えたり、先生から人間関係のアドバイスをもらったりといった感じで。「俺はいったいなんの教室に来たのだろう」と思いながらも、先生は大好きで生徒同士もいい仲間になったので楽しんで通っていましたけどね。
【三宅】人生教室のような感じですね。その頃はどのような子供さんでしたか?
【西成】いまとは真逆で、人前に出るのもコミュニケーションを取るのも苦手でした。割と尖った性格だったので自分の発言で嫌われたらどうしようと心配だったんです。それでも、たまに尖った自分が出てしまうと、その先生が「西成君ね、『情に立てば流される。知に立てば角が立つ』ということわざがあるんだ。西成君は「知」だからもうちょっと丸くなったほうがいいかもしれない」なんて言うんですよ。
【三宅】素晴らしい先生ですね。
【西成】本当に。おかげで体まで丸くなってしまいましたけど(笑)。
■杉田敏氏の「実践ビジネス英語」が師匠
【三宅】では本格的に英語を勉強しだしたのは中学ですか?
【西成】いや、英語教室で英語がまったく上達しないことに対して子供なりに危機感を感じて、小4からNHKのラジオ英語講座を聞き始めたのです。基礎編を。実は私の英語のベースはラジオが大きくて、聞けない日はちゃんとカセットテープに録音して中学校卒業までの5年間、完璧に聞きました。何といっても綺麗なネイティブの発音が聞けますから。高校に入る前くらいにはビジネス英語の講座を聞いていました。
【三宅】杉田敏さんの「実践ビジネス英語」ですね。以前、この企画でも対談させていただいています。
【西成】そう、そうです! いま、40年ぶりに名前を聞いてちょっと感動しています。私は杉田先生の教え子です。
【三宅】そうでしたか。では中学校の授業はお得意でいらしたのですね。
【西成】これがですね、中学の英語の先生が、ラジオで聞いている英語とは明らかに違う、非常になまった英語で教えるんです。それでちょっとグレてしまって、学校の授業や教科書ではほとんど勉強していません。試験も私だけいつも出たとこ勝負。毎回が実力テストでした。
■アタマの中の写メ機能で英単語を記憶する
【三宅】さすが凡人とは思考回路が違いますね。辞書は引かれるタイプでしたか?
【西成】辞書は文字通り穴が開くまで読んでいましたね。どのページも赤ペンで真っ赤で、それがブワっと広がったまま閉じないくらい使い込みました。調べだしたら止まらないんですよ。言葉を調べようと思ってパラパラめくると別の知らない単語が目に止まる。それを読むとまたわからない言葉がでてくる、みたいな感じです。でも若い頃は何でも覚えることができるんですよね。
【三宅】それで思い出しました。西成さんは特殊な特技がお有りだったんですよね。
【西成】そうですね。高1ぐらいでそれを失いましたが、昔、写真記憶という特殊な能力を持っておりまして、ページをじっと見てからパッと目を閉じると全部覚えている。今でいうと頭の中に写メ機能がある感じですね。
■若いうちに文法をやらないと後々面倒
【三宅】その能力が失われた高校以降はどうだったんですか?
【西成】しょうがないので普通に勉強をしましたけど、中学までの貯金のおかげで英語の読み書きはずっと得意でした。ましてや東大を目指していたのでいろんなことを知らないといけないと思って、例外的な文法やネイティブも知らないような慣用句、誰も読めない難解な文章などをひたすら勉強していました。駿台予備校に伊藤和夫先生の英文解釈教室というマニアックな講座があったのでそれに通ったり、あとは本を買ったりして、周囲からすれば「これはただの悪文で書いたほうが悪い」みたいな文章をわざわざ読んで鍛えていました。
【三宅】私も高校のとき難解な英文章を読み解くのが好きだったのですが、今のお話を聞くとまったくレベルが違うような気がします。
【西成】いやいや、そこまでではないですけど、おかげで高3くらいになるとネイティブにも負けないくらい読み書きに関しては自信がついていました。半分趣味でしたけど。
【三宅】本当に独特の勉強法ですね。今の中高生に参考になる話といえば、やはり文法をしっかりやっておくことは大事だと思いますか?
【西成】はい。おそらく若いうちに文法をやっておかないと後々面倒だと思います。年齢が上がれば上がるほど理屈がないと頭に入らなくなりますから。その点、小さいときから学んでおけば理屈なしで頭に入りますし、それこそがネイティブの強みだと思います。
【三宅】なるほど。そこで少し難しいのは小さいときにあまりルールから入ると、語学を嫌いになってしまう危険があることですね。
【西成】はい。だからバランスでしょうね。
■実はヨーロッパ人も英語が苦手という事実
【三宅】研究者となられてからの英語はどのように克服されましたか?
【西成】論文は問題ないのです。ただ、聞く、話すが本当に駄目で。たとえば国の使節団の団長に指名されると世界中の大学や政府機関で会議の議長役を務めないといけないことがあります。するとズラっと並ぶ偉い方たち全員の意見を聞いて調整しないといけません。聞く、話すができないと何もできないので、これが非常に困りまして。
【三宅】多くの日本人が経験する壁ですよね。
【西成】そうですね。でも世の中には自分が思っていたほど英語のネイティブは多くないことに気がついてから楽になりました。たとえば、ヨーロッパのスーパーで買い物をすると商品のパッケージ裏の説明書きが複数の言語で併記してあるのですが、実は半分くらいの商品は英語表記がありません。つまり、イギリスを除けばヨーロッパの人たちはコミュニケーションを取るために仕方なく英語を使っているだけなのです。
ようは、みんなそれなりに苦労していると。同僚だったドイツ人も言っていました。「日本に行くと、みんな俺が英語を完璧に喋れる前提で接してくるから困るんだ」と。実際、彼らと普段会話をしていると不意に母国語が混じったりします。「ちょっとフルークハーフェンに行ってくる」「え? エアポートだろ」とか突っ込んだりして。
国際会議にいくと英語が苦手なイタリア人、ロシア人、日本人が固まるというのはもうお決まりのパターンですけど、どうせみんな虚勢を張っているだけなんですから、はちゃめちゃやっても気にする人なんていない。そう開き直ってからは楽でしたね。
【三宅】気持ちの問題は大事ですね。
■I doubt it.は議論の場で使える魔法の言葉
【三宅】ほかにはどのような課題がありましたか?
【西成】次に直面した壁は英語で喧嘩することでした。学会は基本的に戦いの場なので突っ込まれたら反論をしないといけません。でも「ここはこういう結果が出ていてあなたの発表は間違っている」と指摘されたときに、ほとんどの日本人の先生は壇上でフリーズしてしまいます。これは今でもそうです。「いやいや、そうじゃないんだ。ここはこうなんだ」とスパッと返せる日本人の先生はめったにいないですね。
【三宅】それは日本人が相手を気にして、あまりズバリ言わないという文化もあるんですか。
【西成】たしかに慣れていません。でも学会だとそれは通じません。それに喧嘩というものは瞬発力が大事なので論理的に作文していたら負けます。そこで、どうしたらいいものかと思ってドイツ人の同僚に助言を求めたんです。すると、いい言葉を教えてもらったんです。
【三宅】なんですか?
【西成】I doubt it.と言うんです。「果たしてそうだろうか?」と。とりあえずそう返して反論を考える時間を稼ぐといいと言われて。
【三宅】上品な言い方ですからね。仕事の現場でも使えそうです。
【西成】No.とかYou are wrong.だと少し角が立ちますが、I doubt it.だといかにもプロ同士が議論をしている感じがしますよね。
■とりあえずItと言ってからあれこれ考える
【三宅】ではそれでだいぶ議論もお得意になられたのですか?
【西成】それも大きかったですが、私が英語を喋れるようになった一番のきっかけはズームインとズームアウトを覚えたことです。日本語で住所を書くときは都道府県からはじめて最後に個人名を書きますが、英語では個人名からはじまって最後に州ないし国がきます。ようはズームインした状態からズームアウトしていく。これが英語の本質だと、あるとき気づきました。
先日も外国人ゲストが来たので学生を引き連れて近くの山を案内したのですが、定期的に鉄砲の音が聞こえたんです。正体は畑の鳥よけのための空砲です。そこで外国人ゲストが「この音はなんだ?」と驚いて聞いてきたんですが、日本人の学生はそこでBird...から入ってしまった。でも、そのあとの文章が続きません。おそらく私もBirdから入ってしまうと続けられません。
日本人の思考の順序だと「鳥よけの音。鳥、鳥、鳥……bird」となってしまうので、しょうがないとはいえばしょうがない。それにズームアウトして全体を捉えてから考えるのは日本のいいところでもあるんですけど、英語には合わないんです。
そのとき私がパッと言ったのはTo keep the birds out.です。What’s that sound? に対する答えなので、It’s a sound...を省略した形です。ようはまず「音」にズームインして、そこから広げていく。どこかに焦点をばんと当てて、そのあとにwhichやthatを使って情報を付け足していくようにしたら一気に喋れるようになりました。
【三宅】これがなかなかできないんですよね。
【西成】そうですよね。だから本当に困ったときに重宝するのが形式主語のItで、とりあえずItと言ってからあれこれ考えると何とかなるんです。
■英語メールの即レスで思考回路を鍛える
【西成】もうひとつ私が一気に英語のスピーキングが上達したと感じたのは、実はメールです。ある国際プロジェクトに関わったときに、24時間いろんな国の研究者からメールが飛び交うなかで、メールを読んだら即返事を書くことを半年くらい続けました。若い子の言葉でいえば、即レスです。そうしたら急に喋るほうもベラベラになりました。じっくり考えたり、辞書を引いたりするのではなく、常に判断を迫られながら返事を書いていたので結果的に喋るときと同じような思考回路を鍛えていたんでしょうね。
【三宅】それは面白いですね。意図せずトレーニングになっていたと。
【西成】メールで思い出しましたけど、ある日、見慣れない差し出し人から英語のメールが来たんです。それがなんとサウジアラビアの王様からで、メッカ巡礼の群衆コントロールをどうにかしたいと書いてある。それで世界中から群衆の専門家が10人集められて議論をしたんですけど、隣に座っていた大臣が「先生、これ解いたら油田1個あげるから」なんて言うものですから、「学者になってよかった。英語できてよかった」と本気で思いました。
【三宅】もらえたんですか?
【西成】結局、アラブの春で政権が転覆してしまって音信不通になりまして。もらえていたら今頃ここにいませんよ(笑)。
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東京大学 先端科学技術研究センター教授
東京大学工学部卒業後、同大大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了。専門は数理物理学、渋滞学。主な著書に『渋滞学』『誤解学』『無駄学』などがある。
三宅 義和(みやけ・よしかず)
イーオン代表取締役社長
1951年、岡山県生まれ。大阪大学法学部卒業。85年イーオン入社。人事、社員研修、企業研修などに携わる。その後、教育企画部長、総務部長、イーオン・イースト・ジャパン社長を経て、2014年イーオン社長就任。一般社団法人全国外国語教育振興協会元理事、NPO法人小学校英語指導者認定協議会理事。趣味は、読書、英語音読、ピアノ、合氣道。
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(東京大学 先端科学技術研究センター教授 西成 活裕、イーオン代表取締役社長 三宅 義和 構成=郷 和貴 撮影=原 貴彦)
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