米国の強硬姿勢に中国が絶対譲歩しない訳
プレジデントオンライン / 2019年5月14日 6時15分
■中国の交渉責任者は「必ず報復する」と表明
5月9日と10日の米中の通商協議は合意に至らなかった。米国の政府関係者は協議が建設的だったとしたものの、企業に対する政府の補助金支給などについて両者の溝を埋めることはできなかった。また、米中は協議を継続するとしているが、その日程すら決められなかった。それに伴い、米国は対中国の関税率25%への引き上げを実行すると表明している。
それに対して、中国の交渉責任者を務める劉鶴副首相は「必ず報復する」と表明した。この発言は、米中の協議がいかに困難かを物語っている。両国間の溝は一段と深まったといえるかもしれない(※)。
※編集部注:中国は、5月13日21時30分(日本時間)、対米輸入額600億ドル(約6兆6000億円)分の関税を最大25%に上げる報復措置を発表した。6月1日から実施する。
今後、中国からの対抗措置等を受け、米国は一段と対中強硬姿勢を強める可能性がある。民主党には、トランプ政権以上に中国が脅威と主張する議員も多い。中国としても習近平国家主席の支配基盤強化などを考えると安易な妥協はできない。今後の交渉の行方は一段と読みにくくなった。今後の状況次第では、制裁関税の発動から中国経済が一段と減速することが懸念される。それは、わが国をはじめ世界経済にとって大きなリスクだ。
■2つの視点で考える米中貿易戦争
米国と中国の貿易戦争は、2つに分けて考えるとわかりやすい。
まず、米国は、中国との貿易赤字を減らしたい。トランプ大統領は、米国の鉄鋼や石炭、農業などの"オールドエコノミー"の復興を重視し、支持獲得につなげたい。そのためには、米国の輸出を増やすことが重要だ。
2018年、米国の貿易赤字は約6200億ドルだった。モノ(財)の取引に限定すると、貿易赤字は8900億ドルに達する。米国の対中輸出入は、モノの輸出は約1200億ドル。一方、モノの輸入は5400億ドルある。
米国は、4200億ドル程度の対中貿易赤字を減らしたい。そのために昨年7月以降、米国は中国からの輸入品に25%の制裁関税を段階的にかけ、貿易赤字の削減を目指した。中国は米国から大豆などを輸入し、譲歩してきた。
■米国の脅威となってきた「IT先端分野」での台頭
もう一つ、貿易戦争にはIT先端分野を中心とする米中の"覇権国争い"という側面がある。これは長期的な変化だ。
中国は、世界第2位の経済大国に成長した。現在の中国は投資依存型経済の、成長の限界に直面している。中国は、IT先端分野の競争力を高め、需要を創出したい。それが、中国が海外企業からの技術の吸収(技術移転)と、政府補助金の支給を通した産業育成を重視する理由だ。中国がこの考えを改めるとは考えづらい。
IT先端分野を中心とする中国の台頭は、米国には脅威だ。IT分野は今後の世界経済の成長に無視できない影響を与える。IT先端分野の技術力向上は、中国の軍事力の強化にも欠かせない。
トランプ大統領の貿易交渉チームを率いるライトハイザー通商代表部(USTR)代表は、中国は安全保障上の脅威と考えている。同氏は、1980年代の日米半導体協議において、わが国に関税をかけることで"日の丸半導体"の躍進を封じ込んだ。その成功体験に基づき、米国は、第3弾の制裁関税率の引き上げ(10%から25%)と第4弾の制裁関税の準備を表明し、中国に譲歩を迫った。
■中国は、対米交渉を長期戦に持ち込み、自国有利の展開へ
中国は、米国の求めに応じることはできない。中国は共産党主導で経済の改革を進め、IT先端分野を中心に覇権を強化したい。
昨年12月、米中は首脳会談を開催し、貿易戦争を"休戦"すると発表した。中国は貿易不均衡の解消のために、米国から農産、工業品などを購入した。見方を変えると、中国にとって、米国の要請に応じて米国製の製品などを購入することは、難しいことではない。
しかし、覇権争いとなると、そうはいかない。中国は、中華思想の考えに基づき、自らを中心とした多国間の経済連携を進めたい。IT先端技術の高度化は、5G通信網やIoTの導入を通して、中国の需要取り込みに不可欠だ。
中国は、覇権強化への取り組みを加速させたい。同時に、経済への影響を抑えるために、米国との全面対立は避けなければならない。休戦表明により、中国は時間をかけて対米交渉を進め、自らに有利な状況を得ようとした。その考えに基づき、2月、中国は、知的財産保護と市場開放に関する協定書の作成に応じつつ、世論対策のために時間がほしいと米国に求めた。中国は、対米交渉を長期戦に持ち込み、自国有利の展開に持ち込もうとしたのだ。
■中国が「地方政府による補助金の見直し」を渋ったワケ
5月、中国は、技術移転と補助金に関する合意を後退させた。習近平国家主席にとって、圧力を強める米国の求めに応じることはできない。共産党の最高指導者が米国に屈したとの見方が広がれば、同氏は弱腰と批判されてしまう。それは、支配体制の強化にマイナスだ。
中国経済が成長の限界に直面する中、補助金政策は、国家主導による経済運営=国家資本主義のために欠かせない。補助金の支給は、IT先端企業の研究開発力などを高めて「中国製造2025」を達成する要である。
加えて、補助金は、中国国内の需要刺激にも用いられる。まさに、"補助金なくして国家資本主義成り立たず"である。中央政府による補助金削減を認めた中国が、地方政府による補助金の見直しを渋ったのはこのためだ。
■2020年の大統領選挙までに対中交渉にめどをつけたい
5月9日と10日の米中交渉は、双方の対立の根深さを浮き彫りにした。米中の貿易戦争は、長期化に向かう可能性が高まった。6月にはG20首脳会議に合わせて米中の首脳会談が行われ、そこで両国が歩み寄ることも考えられるが、先行きは不透明だ。
米国は、中国からの輸入品の残りすべてに対する第4弾の制裁関税を準備し始めた。米国は圧力をかけ、中国に譲歩を迫るだろう。同時に、第4弾の制裁関税が対象とする中国製品の4割が、スマートフォンなどの消費財だ。制裁関税引き上げは、米国経済を支える個人消費を減少させる恐れがある。夏場には2020年の大統領選挙戦が本格化する。トランプ氏としては、それまでに対中交渉にめどをつけたい。
中国はそれを念頭に、米国との交渉に臨むだろう。中国は時間をかけて米国がしびれを切らすのを待ち、国家資本主義体制の維持と強化に影響が及ばないようにしたい。米中交渉は一筋縄には進まないだろう。
■実体経済にマイナスの影響が及ぶ可能性は高まった
米中の交渉が事実上決裂し、長期化の様相を呈したことは、世界経済にとって軽視できないリスクだ。もし、米国が第4弾の対中制裁関税を発動すると、中国経済はかなりの痛手を被る。IMFは米国が残りすべての中国からの輸入製品に関税をかけた場合、中国のGDP成長率は1.5ポイント程度低下すると試算している。
交渉が決裂した中で、米中が互いに歩み寄る展開は見込みづらい。両国がにらみ合いを続けるのであれば、徐々に先行きへの緊迫感が高まり、世界全体で企業や市場参加者がリスクを取りづらくなる。特に、中国経済の先行き懸念は高まるはずだ。それは、中国の需要を取り込んで景気が持ちなおしてきたドイツやわが国、アジアなどの新興国の減速リスクを追加的に高めるだろう。
交渉が決裂した後、短時間で協議を進め、溝を埋めることは口で言うほど容易なことではない。米中の協議の動向によっては、世界的に金融市場が混乱し、実体経済にマイナスの影響が及ぶ可能性は高まったと考える。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫 写真=時事通信フォト)
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