上皇さまが苦悩された「土葬と殯」の負担
プレジデントオンライン / 2019年5月16日 8時15分
■天皇の葬送にもつながる、いにしえから受け継がれてきた風習
私は先月、奄美大島(鹿児島県)を訪れた。島の葬送や、宗教事情を調べて回るためだ。
奄美は沖縄と本土の両方の葬送文化が混じった、宗教学的には特殊な場所である。奄美での埋葬は、近年まで土葬の形態をとっていた。それは天皇の葬送にも繋がる、いにしえから受け継がれてきた風習である。しかし、かろうじて南西諸島で残っていた“本来の葬送”が今、失われつつある。
ひとつの原因は過疎だ。
奄美大島の人口は6万人ほど。この30年ほど人口減少が続いており、このままでは2060年には3万2000人ほどにまで落ち込むとの試算もある。
奄美の村墓地を見回ると、さお石(戒名などを彫った角柱の石)が倒されている。これは島における「墓じまい」だ。離島では石材の運搬などの問題がある。墓石を完全に撤去する手間を省き、島を去る際にはこうしてさお石を象徴的に倒していくのだ。倒されたさお石はあちこちで目につく。島の人口が減っていることを物語っている。
奄美では2000年初頭まで土葬の風習が残っていた(立神作造著 論文『奄美大島における葬送祭祀儀礼の実践 龍郷町円集落の事例研究から』)。日本は戦後、火葬場の整備とともに急速に火葬率が上昇。現在、世界トップの火葬率(99.99%)を誇る。今でも日本で土葬が残るのはイスラム教徒を埋葬するケースや、ごく一部の集落のみである。したがって、奄美は日本の土葬文化の終焉の地なのだ。
■土葬された遺骨を取り出して海水などで洗い清める
その土葬文化には興味深い特徴がある。
死人を埋葬してから3年以上(3年、5年、7年の節目で)経過すると、洗骨を伴う改葬(遺骨の移動)を行うのだ。
洗骨は土葬された遺骨を取り出して海水などで洗い清めること。東南アジアで見られるほか、沖縄でも1970年代まで行われていた。奄美や沖縄における洗骨は、もっぱら女性の仕事であり、「最後の親孝行」とされている。
その風景は過酷である。取り出した骨を海岸に運び、骨にくっついた皮を刃物で削ぎ、腐臭を我慢しながら塩水で洗い清めるという。沖縄では泡盛で洗い清めることが多い。伝統的な葬送儀礼とはいえ、肉体的にも、精神的にも負担が強いられる仕事である。
沖縄では洗骨だけでなく、風葬の風習もかつてはあった。風葬とは海岸沿いの洞窟などに遺体を放置して自然腐敗させる葬送の仕方である。
■天皇の葬送法である殯(もがり)とはどんなものか
沖縄の風葬は、骨壷にも反映される。沖縄で焼き物店を訪ねると、とても大きな骨壷が置かれていることに気付く。火葬した骨の場合、骨はボロボロになるので骨壷は小さくて済む。たとえば関西における骨壷は5寸(高さ約16cm)だ。しかし、風葬では骨格の原形が保たれる。全身骨格をそのまま収納することになるので、大腿骨が縦に入る大きさの骨壷が必要になってくるためだ。
なぜこのような風習が近年まで存在したのか。
そこにあるのは、死に対するケガレ(不浄)思想である。洗骨する前の死体(死)はケガレであり、忌避されるべき対象なのだ。
ケガレの概念は『古事記』にも登場する。その伝承によれば、死体はケガレであり、そのままでは荒ぶる魂になってしまう。そのため禊(みそぎ)によってケガレを落とし、清浄なカミにしなければいけない。
アマテラスオオミカミを“祖先”とする天皇(あるいは貴族)の葬送法である殯(もがり)にも、ケガレ思想を見ることができる。殯とは、本葬を執り行うまでの期間、死者の住まい(殯宮)を建て、遺体の腐敗を通じて段階的に死を受け入れることである。
その間、死者の甦りを期待しつつ、一方で死を畏れ、荒ぶる魂にならないよう本葬まで24時間体制で儀式を続ける。つまり、近現代における天皇のご遺体の埋葬法は土葬だったのだ。
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■昭和天皇の崩御の際に約50日間続けられた殯
昭和天皇の崩御の際にはおよそ50日間、殯は続けられた。しかし、殯は皇族や皇室関係者にとっては大きな負担となる。上皇は2016年8月、ビデオメッセージの中でこのように表明されている。
「おことば」を受けて宮内庁は、将来的な上皇の葬送は、土葬ではなく火葬とすると表明。天皇陵も明治・大正・昭和天皇陵に比べるとかなり規模が縮小される。皇室の葬送もいま過渡期にあるというわけだ。
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■現在は奄美でも火葬が主流となっているワケ
ところが奄美では、この20年ほどで、民間の葬儀社が島に進出。奄美でも“本土並み“の一般的な葬式が定着した。かつての土葬は、ムラ社会の中で相互扶助的な意味合いが濃い葬式だった。島や地方都市における土着的な葬送は肉体・精神的には大変な作業になるが、一方で、地域コミュニティを強固にしていた側面は大いにある。南西諸島における風葬・洗骨の改葬も、古来の殯の影響を多分に受けていると考えられる。つまり、穢れた死体を洗骨することで、不浄から浄へとステージを上げる、ということになる。
しかし火葬の普及と同時に、葬儀社が葬式全般を取り仕切るようになる。すると、相対的にムラ社会における葬送の役割は薄れていく。
奄美では近年、「家族葬」も出現している。東京などの大都市で進行する「個の葬送」「より簡素な葬送」が、奄美にも入り込み、古来の「重厚な葬送儀礼」を大きく変えようとしているのだ。
葬送文化の喪失は、ムラのつながりを弱体化させる要因にもなる。先ほど、奄美は人口減少傾向にあると述べたが、「個の葬送」が人口減少の間接的な一因になっているとの見方もできる。葬送文化はひとたび失われると、元に戻ることはない。人口減少が続く奄美で、「奄美らしさ」が失われることに、少なからず危惧を覚えるものである。
(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳 写真=iStock.com)
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