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グーグルが"日本風経営"に目覚めた理由

プレジデントオンライン / 2019年5月18日 11時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Chris Ryan)

社員が自発的に会社に貢献し、給料以上に働く光景は日本企業特有のものだとされてきた。しかし、社会学者の鈴木謙介氏は「最近ではアメリカのIT企業の日本企業化が著しい。『終身雇用』を除けば、その経営手法は日本企業のようだ」と指摘する。どういうことなのか――。

※本稿は、鈴木謙介『未来を生きるスキル』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■日本人が勤め先に忠誠を誓っていたワケ

いまの若い世代には信じがたいことかもしれませんが、「終身雇用」と「年功序列」という日本の雇用システムが世界で注目を集めていた時期がありました。1979年に、アメリカの社会学者エズラ・ヴォーゲルが、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という本でオイルショックのダメージを受けなかった日本企業の強さを分析しました。その強さの要因こそが、日本の雇用システムだったのです。

年功序列とは、先の保障があることにほかなりません。育児や教育、そして自身の老後のことをはじめ、人生は後になるほどコストがかかるため、それらに対する安心感を生みだします。また、将来的に雇用や昇給が保証されていれば、若いときには「多少マイナス分の大きい働き方をしてもいい」と思えるので、結果的に企業に対するロイヤリティが高まります。

つまり、現時点での自分の適正価格でジョブホッピングしていくよりも、将来にお金がかかるときのことを見越して、がむしゃらな働き方をしてでも会社に居着こうと思うようになるのです。

そんなモーレツ社員を支えたもうひとつの仕組みが、「企業別組合」でした。労働組合が産業別ではなく、ジョブホッピングを前提としない企業別であったことで、労使交渉が企業内の働き方や労働環境といった次元の話になり、労使間の妥協が起きやすくなっていたのです。業界全体を巻き込む激しい労働運動は抑制され、その一方で、経営者側もある程度の生活を保証する前提で妥協していたわけです。

このような背景から、世界的に普及することになった「カイゼン」(※1)や、クオリティーを保つための「QCサークル」(※2)が生み出されました。「従業員が会社のために自発的に品質改善を行う、そんな日本企業はすごい」と世界から注目を集めたのです。

※1 おもに製造業の生産現場で、作業効率などの見直し活動を社員が自発的に行うこと。トヨタ自動車の生産方式が有名で、海外にも「kaizen」として広く知られる。
※2 QCはQuality Control(品質管理)の略。カイゼンを支える手法で、おもに現場の従業員が、品質管理や作業効率改善などのためにアイデアを出し合ったり議論したりする活動のこと。

■米国でも感情を切り売りする働き方が推奨された

さて、個人的に面白いと思うのは、このような「従業員自らが会社に貢献する」ような考え方が、のちのアメリカのIT企業にまで広がっていったことです。

まず、IT企業以前にサービス業からその流れがありました。83年にアメリカの社会学者アーリー・ラッセル・ホックシールドが著書『管理される心』で、「感情労働」という概念を提唱しています。

この「感情労働」とは、まさに感情を切り売りする仕事のことで、当時のアメリカの先進的な航空会社のCAの働き方が「感情労働」になってきていることが指摘されました。日本ではCAはステータスの高い仕事のように思われていますが、海外ではCAは非常に不安定な、環境の悪いサービス労働のイメージが強い仕事でした。そして、実際にCAの労働モラルも低かったのです。

ところが、ある時期から航空会社は自社のサービスの価値を高めるために、CAに対してサービスの対価以上の「感情」を売るような教育をはじめたのです。たとえば、顧客がまるで家に帰ってきたような気持ちで飛行機に乗れるように、笑顔でサービスをすることを指導され、また強制されるようにもなりました。こうしたサービスは結果的に「マニュアルに頼らず、従業員が自発的に判断してお客様のために動く」ことを理想化します。

■日本企業型の採用手法はアマゾンでも

そして、高度なホワイトカラーを中心に、お金を払ったぶんしか働かない、契約書に書いていないことはしないといった「ジョブ型雇用」ではなく、給料以上に会社に貢献する働き方をいかにして導入するかという議論が盛んになっていきました。

鈴木謙介『未来を生きるスキル』(KADOKAWA)

たとえば、デビッド・シロタらの著書『熱狂する社員』では、アメリカ同時多発テロの直後に会社に出社してくる社員を高く評価していて、まるで「日本企業?」と思うほど。いまの日本なら「〈やりがい〉の搾取」(※)と言われかねないような、給料以上に会社に貢献する仕事や働き方が、アメリカでは80年代から90年代にかけて企業の大きな価値を生む源泉だとみなされるようになっていったのです。

そして現在、先進的とされる多くのIT企業が、働くことや会社に貢献すること自体を楽しく思わせるような仕組みを積極的に取り入れています。有名な例として、グーグルのオフィスでは、一人ひとりが自分の好きなレイアウトで働くことができたり、社員食堂もレストランのように充実していて、メニューも宗教やヴィーガン、ベジタリアンといったポリシーに配慮されていたりします。

まさに、かつての日本企業が社員の生活を丸抱えで支えてきたような、そんな経営スタイルの進化形へと向かっているようです。

また、グーグルやアマゾンは自社の採用基準を公開しています。以前のグーグルの面接といえば、とにかく難問奇問を出して、「天才でないと入れない」と言われて話題にもなりました。ですが、たとえば現在のアマゾンの面接で問われるのは、職歴や前職で経験したこと・学んだことといった具合で、こちらももはや「日本企業の面接?」という感じです。

結果的に、どんな人を採用しているかといえば、「仲間として働けそうかどうか」をひとつの基準として見ているのです。

その意味では、先端的なIT企業のコア人材の採用方針は、あきらかにかつての日本で行われていた人材の抱え込み方に似ています。終身雇用ではないところは違いますが、言ってみれば、「日本企業化」してきているのは、とても面白い現象ではないでしょうか。

※経営者が労働者に対して、金銭報酬の代わりに「やりがい」を強く意識させることで、労働力を不当に安く利用する行為・搾取構造のこと。社会学者の本田由紀氏が名付けた。

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鈴木謙介(すずき・けんすけ)
関西学院大学准教授、社会学者
1976年、福岡県生まれ。2004年東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。国際大学GLOCOM助手などを経て、09年関西学院大学助教、10年より現職。専攻は理論社会学。『サブカル・ニッポンの新自由主義』『ウェブ社会の思想』『カーニヴァル化する社会』など著書多数。06年より「文化系トークラジオLife」(TBSラジオ)のメーンパーソナリティをつとめるなど多方面で活躍。

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(関西学院大学准教授、社会学者 鈴木 謙介 写真=iStock.com)

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