夢がない人は"宇宙飛行士"を目指すといい
プレジデントオンライン / 2019年6月10日 9時15分
※本稿は、山口揚平『1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■「天才性」に気づくかで幸福の半分は決まる
私は常々、人生の幸福を決める要素の50%は自分の天才性に気づき、それを発揮しているかどうかだと思っている。残りの半分は人によっては快楽かもしれないし、安らぎかもしれないし、アドレナリンかもしれないが、少なくとも50%は「天職」に就けているかどうかだと思うのだ。
冲方丁の『天地明察』(角川文庫)という小説がある。江戸時代前期の天文暦学者、渋川春海が数学や天文学とひたすら格闘し失敗を続けながらも、最後には暦を作るというストーリーだ。
この小説の冒頭は、「幸福だった。」という1行から始まる。ことごとく失敗をくり返した人生だったが、幸福だったと。それは渋川春海が数学や天文学という自分の得意な世界で天才性を発揮し続けることができたからである。
もし就職や転職を考えている人がいたら、自分が果たして何を得意としているのか、自己分析に徹底的に時間をかけるべきだ。
■安易に社会に出るとAIにこき使われる
私は先にも書いたように事業家として事業を興し、売却したが、事業を行うこととFXをすることはいずれも基本的にギャンブルである。でも違いはある。それは自分の天才性を含む「凹凸」という個性に着目し、多少なりとも他者よりも優位な状態で戦ったことにある。事業や仕事でも当然、運の要素は強いが、それでもやはり自分の凹凸に当てはめたほうが単純に勝率は高くなる。
一つひとつ読み解いていけば、必ず原石はある。それを見えづらくしているのは貨幣経済やタテ社会という重石だが、社会については及第点をとっておけば良い。
先ほどいち早く天才性に気づけと書いたが、逆に言えば自分の天才性に気づくまでは安易に社会に出てはいけない(もし安易に出てしまったら一度、社会から逃げて考えても良い)。特に日本では新卒の価値が高いので、できるだけ長く大学に留まりながらいろいろな経験をしたほうがいい。天才性に気づく前に社会に出てしまうと信用力を稼ぐ原資もないまま、ただただAIとロボットにこき使われるだけである。年齢は関係ない。私自身、いつだって自分はどこに取り柄があるのか、毎日探している。
アマゾンの倉庫ではかつて商品をピッキングしていた人たちがロボットにそのポジションを奪われた。今その人たちは、自分の仕事を奪ったロボットが正しく安全に動作しているかどうかの監視をしているという。しかし当たり前だが監視はロボットの得意分野であり、近い将来、その仕事も奪われる運命にある。
■「とりあえず働け」のロジックは古い
ヨーロッパやアメリカでは新卒チケットというものがないので、大学を出てから世界を旅したり、NPOなどで社会経験や実績を積んで25~28歳くらいで就職したりするパターンが一般的だ。
一方の日本では、一括採用文化の影響で自分の天才性に気づいていないのに就職してしまい、イメージとのギャップやモチベーションの維持に苦しむ人が絶えない。
ただ、こうした画一的な就職観はだいぶ変わりつつある。
私の会社で働くインターンを見ても、大学を休学して海外や企業で経験を積んだり、大学院に行ったりしながら20代後半でようやくどこかに腰を据えるというケースが目立つようになっている。
また、私の実兄が運営している日本人学生向けの海外ビジネスインターンシップ事業(武者修行プログラム)でも、在学中に海外でのビジネスを経験したいという志の高い学生が毎年1000人以上集まる。
こうした自由度の高いキャリアの作り方も、今後は普通のことになっていく。
「やりたいことがわからないならとりあえず働け」という正社員至上主義論や、「天職を探し続けても見つからない。やり続けたら天職になる」という天職昇華論は、あくまでも従来のタテ社会のロジックである。
■大学を卒業するまでに「20種類の仕事」を経験した
私は大学を卒業するまでにアルバイトを含め、20種類の仕事を経験した。工場のラインにも立ったし、引越し作業を終えた足で外資系金融のきらびやかなオフィスに出勤するようなこともあった。
当時は自分の不遇を嘆いたものだが、そうやって10代のうちからいろいろなことを経験していると、自己分析が苦手な人であっても自分の向き不向きは自ずと見えてくるものだ。だから社会に出るタイミングで少なくとも自分の得意なことを活かせるだろうという確信はあった。
60億人のワンオブゼムになるか、何かの分野のオンリーワンになるか。それを社会に出る前にある程度見極めておくことが大事である。
自分の個性(天才性)はできるだけ微細なレベルで知っておく必要がある。「自分は電通に合っていそうだ」といった「企業レベル」の話でも当然ないし、「広告業に向いているかもしれない」といった「業種レベル」でもない。または「英会話が得意」と言った「スキルレベル」でもない。
天才性とはもっと微細で、深いレベルの自分の強みのことである。
■接客業ではなく「FBI捜査官」でもいい
たとえば接客が得意な人であっても、接客を要素分解していけばいろいろな強みが考えられる。
中には相手のマイクロ・エクスプレッション(微表情)を見逃さないことに関して卓越した能力を持っている天才もいるだろう。そのような才能を持っているなら接客にこだわる必要などなく、FBI捜査官や税関職員になるという選択肢が出てきてもいいはずだ。
このように自分の武器が微細であるほど、さまざまな選択肢への応用力が増す。
私は思考力という武器を持っていて、それを活かせる領域としてM&A(企業分析)があった。周囲の人から「なぜ今はM&Aをやらないんですか?」と、さも人生の方向性を変えた人のように言われても困ってしまう。
思考力を活かせる局面はM&A以外にいくらでもあり、投資でもいいし、研究でもいいし、起業でもいい。
ただ、微細ということは知覚しがたいことでもある。
それに気づく最も効果的な方法は、自信を持つことだ。「自分には絶対に何かしらの取り柄がある」と信じることができれば、短い時間でそれを見つけることができる。ただ、これも言うは易しで、よほどいい人たちに恵まれないと自信を持つことはなかなかできない。
■子どもには肯定的なフィードバックを
そうなると現実的な方法としては、周囲からのフィードバックをどれだけ受けられるかだ。あなたが普段周りからよく褒められる要素は、まぎれもなく天才性のヒントとなると言っていい。
中でも、「ジョハリの窓」論が指摘するように「自分が知らない自分の姿」を知っていき、盲点の窓(blind self)を狭くしていくことで、自分の強みと弱みはより浮き彫りになっていく。
読者の中には、この本を自分の子どもの教育指針の参考として読んでいる人もいるだろう。そうした人にはぜひ、子どもの日々の行動を注意深く観察し、できるだけ肯定的なフィードバックを与え続けてもらいたいと思う。
たとえば子どもがダンス教室でいつも先生から褒められているとしても、「じゃあ将来はダンサーかな」とすぐに判断するのではなく、柔軟性、体幹、リズム感など、ダンスの要素を分解してみる。ダンスだけではメッシュが粗すぎるからである。その結果、子どもの天才性は表現力にあると気づいたら、それをしっかりフィードバックしてあげるのだ。
■父親に言われた「お前は色使いがうまいな」
私は子どもの頃、絵を描くことが好きだった。将来は美大に行ってデザインかアートの仕事をしたいと思っていた。自分としては絵を描くとき、線を取ることが一番得意だと思っていたのだが、ある日、父親から「お前は色使いがうまいな」と言われたことがある。
「あ、そうなんだ。でもそうかもな」と思うようになって、その後は着色するときに色使いをそれまで以上に意識するようになった。数多くの色の種類を記憶し、絵の具を増やしていった。カラフルな色使いはキャンバスをやがて超え、自分が起業してはじめて作った企業の状態を可視化するサービスに反映されて評価された。
父親がどこまで意識してその言葉をかけてくれたのかはわからない。そのフィードバックが正しかったかどうかもわからない。ただ、そうした些細な言葉がその後の私の意識の向き先を少し変えたことは事実だし、絵一つをとっても人の強みは何百個もあるということである。
だからいろいろな仕事を経験するのと同じ理屈で、子どもの頃は親の先入観にとらわれず、いろいろなことを経験させてみることが大事だと思う。そのほうが汎用的な武器を見出しやすい。
■夢がないなら「宇宙飛行士」を目指せばいい
自分には天才性などないとあきらめる人もいるだろうが、この世界にスーパーマンは存在しないし、存在してはならない。人間とは常に自分のわずかな個性を際立たせ、人と分かち合い、互いに分業することで繁栄していくことを生存戦略とした生物種だからである。お金の形態が変わろうが、お金自体がなくなろうが、それは変わらない。
よって大切なことは「自分とは何か?」という定義を深めていくこと。そして、新たに定義した自分を広く世界と分かち合っていくこと。それはつまり、自我を弱めつつ、同時に、自分自身が外に向けてのインスピレーターたることだ。
スペシャルな存在を目指すのではなく、ユニークな存在を目指そう。
本当に、夢がない、やりたいことがない、何をすればいいかわからないなら、とりあえず今は宇宙飛行士を目指せばいい。もちろん冗談ではない。
宇宙飛行士になれる条件は母国語を含めた2カ国語を話せること、理学部、工学部など自然科学系の大学卒業資格、自然科学系分野での実務経験(3年以上)、利他性や柔軟性といった性格の良さ、健康な心身、ユーモアがあることなど、地球上で存在するあらゆる職業の中で最もオールラウンドなスペックが求められる職業だ。しかも、2040年には宇宙飛行士になるハードルは人口の1%まで下がると予測されている。
実際に宇宙飛行士になることはないかもしれないが、やりたいことが何も思いつかないなら、地球一のハイスペックを目指せば、社会がどう変化しようと必ず仕事はあるということだ。何もしないよりはよほどいい。
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事業家・思想家
早稲田大学政治経済学部卒。東京大学大学院修士(社会情報学修士)。専門は、貨幣論、情報化社会論。1990年代より大手外資系コンサルティング会社でM&Aに従事し、カネボウやダイエーなどの企業再生に携わったあと30歳で独立・起業。劇団経営、海外ビジネス研修プログラミング事業をはじめとする複数の事業、会社を経営するかたわら、執筆・講演活動を行っている。
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(事業家・思想家 山口 揚平 写真=iStock.com)
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