負債2兆円超のJALを再生させた"飲み会"
プレジデントオンライン / 2019年6月13日 9時15分
■ドン底のJAL社員一人ひとりに声かけ
経営破綻に陥った日本航空(JAL)再建のため稲盛和夫さんが会長として着任したのは2010年2月1日のことだ。私自身20年近く、秘書として稲盛さんに仕えた関係から「私の考え方が一番わかっている君がついて来てくれないか。意識改革を主に担当してほしい」といわれ、ご一緒することになった。
着任初日、稲盛さんの意向を聞くと「とにかく現場に行きたい」と即答される。私も同感だったので、翌2日目には早速、羽田空港の職場を訪問した。社員との対話の場面だ。本社からも大西賢社長(当時)ほか数名の幹部が随行し、手短に状況を説明。そして「すぐに全員を集めます」という。だが、稲盛さんは「とんでもない」と、すぐに現場に入り、みずから机の間を回り「大変ですが、私も頑張りますから一緒にやっていきましょう」と一人ひとりに声をかけていく。社員が恐縮して立とうとすると「邪魔をしてごめんね。仕事を続けてください」と笑顔で話す。
超多忙なことを考えれば、非効率で一番面倒くさいやり方だ。20以上年下の私でも一緒に歩き回るだけでも疲れた。しかし、それを自然にできるのが超一流の流儀といっていい。目の当たりにした社員は、五感で「すごい!」と感じたはずだ。そこにいた経営幹部も驚いたと思う。はからずも「社員を大事にするとはこういうことだ」という手本になったに違いない。
文字どおり“言行一致”そのものだった。その効果は抜群で、噂はすぐに社内のすみずみまで広まった。当初は「功成り名を遂げた経営者がお飾りで来る」と冷めた目で見ていた社員たちの気持ちが「稲盛会長は違う」と変化し、実際に接した人は稲盛さんの愛情を感じ、感激したのである。
もちろん、負債総額2兆3000億円余り、事業会社として戦後最大の倒産ということを考慮すれば、再建そのものは厳しい道のりにならざるをえない。その再建を、稲盛さんは、フィロソフィとアメーバ経営で、しかも「3年間でやり遂げる」と公言していた。スピードが何より大事になる。
まず目指すのは、「アメーバ経営」の導入である。会社を小さな独立採算の組織に分け「売上最大、経費最小」を掲げた全員参加の経営がJAL再建の成否を握る。それには、稲盛さんから私に任された意識改革が不可欠になる。
私は、まずリーダー教育とJALフィロソフィの作成に力を入れた。前者は幹部対象で、着任4カ月後の6月にほぼ毎日17回にわたって行った。稲盛さんの経営哲学をどうしても理解してほしかったのである。稲盛さんにも無理をお願いし、5回講義してもらった。当初、一部の幹部からは「こんなに時間を取られたら安全が犠牲になる」といった苦情も出る。しかし、稲盛さんの鬼気迫る講義は、そんな彼らの意識をあっという間に変えていった。
■研修後のコンパで社員の心が1つに
稲盛さんの講義の後には、コンパが始まる。そこでは、講義内容に関する質疑は3分の1ぐらい。残り時間は、缶ビールを片手にしてのよもやま話。最初こそぎくしゃくしていたものの、回を重ねるごとに雰囲気は良くなった。稲盛さんは自分の意見を率直に述べる幹部を評価した。なぜなら、そこに真のやり取りが生まれるからだ。
確か3回目のコンパの席。企画畑出身のエースと呼ばれる人が手を挙げた。彼は「私がしてきたことは間違っていた。もっと早く稲盛さんの教えを学んでいたら、JALは倒産することはなかっただろう」と発言したのである。リーダー教育の雰囲気は一気に変わっていった。
一方、私はJALフィロソフィを年末には完成させようと考えていた。リーダー教育を受講した幹部10名を選抜。京セラフィロソフィを勉強してもらい、議論を深めることからスタートした。だが、当初彼らの大半は否定的だった。JALは、それまで何度も意識改革に取り組み、同じような施策も進めたが、効果はなかった。だから「そんなものには意味がないのでは……」という。そこで私は「以前の取り組みとはまったく違う」と主張した。借り物ではない、自分たちの言葉でフィロソフィをつくり、自分たちで教育を進めれば必ず効果があるはずだと。
JALフィロソフィといっても特別なものではない。稲盛さんが常に話している「全従業員の物心両面の幸福を追求する」を理念とし「美しい心をもつ」とか「常に明るく前向きに」等、人間として普遍的な生き方を書き込んで全体を構成した。
こうして自前のフィロソフィが出来上がった。教育を始めたときの出席率は99%超。まるで乾いた砂が水を吸い込むように、フィロソフィは全社員に浸透していった。
稲盛さんの社員との対話で印象に残っていることは、絶対にネガティブな発言をしないということである。JALの社員は「倒産をして、私たちは全否定された」とうつむいてしまっていた。とはいえ、現場は一生懸命だったし、大変な苦労もしている。稲盛さんは、現場を訪問しては、パイロットやキャビンアテンダント(CA)、整備、貨物、そして地方空港のカウンターの社員らに対し、それまでの努力に感謝するとともに、「再建に一緒に取り組んでいきましょう」と励ました。そのような行動と言葉は、彼らに誇りを持たせ、前向きな姿勢に変えていった。
■1年後には1800億円の営業利益
稲盛さんの対話術を一言でいえば、誠実であるということである。成功を重ねた経営者であるにもかかわらず、自慢話をしたり、知識をひけらかすことは微塵もない。自分の思いを自分の言葉で伝えようと懸命に話す。反対意見であろうと、じっくりと耳を傾ける。そして努力を惜しまず、言葉と行動は常に一致している。
そのような稲盛さんを中心に強烈な一体感が生まれ、1年後には1800億円の営業利益を挙げ、12年9月にはJALは再上場を果たす。そのとき稲盛さんは「謙虚にして驕らず、さらに努力を」というメッセージを贈ったのである。
Q:聞き上手になったほうがよいか?
A:聞き役に徹してばかりでは信頼は得られない
----------
JAL元会長補佐
1978年、京セラ入社。91年より京セラ創業者・稲盛和夫の秘書を務め、経営破綻に陥った日本航空(JAL)再建時は会長補佐を務めた。著書に『JALの奇跡』(致知出版社)。
----------
(JAL元会長補佐 大田 嘉仁 構成=岡村繁雄 撮影=石橋素幸、小倉和徳)
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
【新刊】大田嘉仁『運命をひらく生き方ノート』致知出版社より9月28日発売
@Press / 2024年9月18日 9時0分
-
KDDI共同創業者 ・千本倖生が語る「世界で通用する経営者の条件」
財界オンライン / 2024年9月17日 18時0分
-
日本を代表する経営者と言えば誰?【アンケート結果発表】
PR TIMES / 2024年9月12日 10時45分
-
感動に全身を貫かれた…頭を丸め素足に草履で長時間托鉢した65歳稲盛和夫に公園清掃の年配女性がした行動
プレジデントオンライン / 2024年9月11日 17時15分
-
スシローを運営「F&LC」で何が…プロ経営者として知られる水留浩一社長が交代
日刊ゲンダイDIGITAL / 2024年9月4日 9時26分
ランキング
-
1テレワーク継続で「社員に優しくしたのに」不満がなくならない……企業が見落としているコト
ITmedia ビジネスオンライン / 2024年9月25日 10時10分
-
2ついに動いた!任天堂vs.パルワールド訴訟の焦点 ポケモンに酷似?協業するソニーの出方は
東洋経済オンライン / 2024年9月25日 8時0分
-
3野村証券が国債取引で相場操縦の疑い、課徴金2176万円を科すよう金融庁に監視委勧告
読売新聞 / 2024年9月25日 20時2分
-
4百貨店売上高3.9%増=コメ値上がりでスーパーも増―8月
時事通信 / 2024年9月25日 16時42分
-
5雪印メグミルク、神戸工場閉鎖 京都に生産集約、雇用は維持
共同通信 / 2024年9月25日 14時44分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください