「いただきます」に該当する外国語はない

プレジデントオンライン / 2019年5月21日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/byryo)

「いただきます」に該当する外国語はない。食文化史研究家の永山久夫氏は、「外国人と接する際にも、日本食の決まりごとやしきたりを話すことができると、コミュニケーションが円滑になる。ぜひ学んでほしい」と説く――。

※本稿は、永山久夫監修『ビジネスエリートが知っておきたい 教養としての日本食』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■「いただきます」は日本特有の挨拶

2018年に来日した外国人の延べ人数は約3120万人。2008年が約835万人ですから、10年間で3倍以上の急増です。おのずと、外国人と接することが多くなりました。ときには、外国人から「日本人のアイデンティティは何か?」と問われることもあるでしょう。

そんなとき、拠りどころのひとつとなるのが日本食です。「食」はその国の風土が生み育んだ文化のひとつであり、日本食を語れるようになると、日本人としてのアイデンティティを築くことができます。グローバル化が進み、外国人とビジネスをする機会も増えた今、日本の食にまつわるテーマを普段からインプットしておくことは、ビジネスマンにとって大事なことです。

外国人に日本食のことを話すとき、知っておくと役立つことの代表に「作法」、すなわち、「決まりごと」や「しきたり」があります。作法を説明することは、和の心を伝えることになるからです。

たとえば、日本では両手を合わせて「いただきます」と言ってから食事を始めますが、この挨拶には日本らしさが表れています。食事を始めるとき、フランスでは「ボナペティ」と声をかけますが、これは「召しあがれ」という意味で、日本の「いただきます」という挨拶とは異なる発想です。じつは、食前の「いただきます」は日本特有の挨拶であり、まったく同じ意味の言葉は外国のどこを探しても見当たりません。

「いただきます」の「いただく」という言葉の意味は、山の頂に宿る稲作の神様への感謝の心を表す言葉に由来します。神様が宿るとされる山の頂上や頭のてっぺんを「頂」と言ったため、「頂く」「戴く」は大切なものを頭の上にうやうやしく捧げ持つ言葉へと発展しました。

■頭上に捧げ持って「押し戴く」から生まれた

さらに中世以降、位の高い人から物をもらったときや、神仏にお供えしたものを食べる際には、頭上に捧げ持つ「押し戴く」動作をしてから食べたため、「食べる」「もらう」の謙譲語として「いただく」が使われるようになります。この言葉がやがて、食事前の挨拶「いただきます」として定着していきました。

ですから、「いただく」というのは、米や野菜、魚、肉などすべての食材には命があると考え、その命をいただくことで、自分が生かされていることに感謝する言葉なのです。

もうひとつ、「いただきます」は、食材を育てる人や運ぶ人、食事を作る人、配膳する人など、その食事を整えるのに携わったすべての人に対する感謝の心を示す意味もあります。

また、命を分け与えてくれた食材や、食事が出されるまでに関わったすべての人々に対して、敬意をはらい、感謝する言葉なのです。

■お通しは日本人のサービス精神のあらわれ

居酒屋でお馴染みの「お通し」も、海外にはありません。そのため、お通しを前にして「注文していないのに……」と戸惑う外国人は多くいます。さらに、お通しは多くの店で別料金をとられますが、ほとんどのお店でメニューに表示されていません。そのため、会計時にその料金を請求された外国人客とお店の間でトラブルになることが増えています。

お通しは、注文を受けてから料理が出るまでの時間つなぎとして、「注文は帳場に通しました。料理が出るまでこれをつまんで先に一杯やっていてください」という意味で出す酒菜のことです。客の注文を店側が了解した証として提供され始めたため、「注文を通した」という意味から、お通しと呼ばれるようになりました。お通しには、日本人のサービス精神や律儀さが見て取れるのです。

■蕎麦の風味は音を立てるから堪能できる

近年、「ヌードル・ハラスメント」、略して「ヌーハラ」という言葉が使われるようになりました。背景には、海外の食事マナーと日本の食事マナーとの違いがあります。

海外では、基本的に音を立てて食べることはマナー違反とされています。スープを飲むときやスパゲッティを食べるときに音を立てる人はいません。そのため、日本人がラーメンやうどん、蕎麦などを食べる時の、「ズズズッ」と麺をすする音が訪日外国人に精神的苦痛を与えているとして、「ヌーハラ」だと言われるようになったのです。日本人にとって麺をすするのは当たり前の食べ方のため、ハラスメントと非難されても戸惑ってしまいます。

外国の麺料理はスプーンやレンゲ、フォークなどを使って、巻きつけたり、すくったりして食べます。それとは異なり、日本は箸だけで食べるため、どうしても吸い上げる必要があるのです。

とくに蕎麦は、音を立てて食べることが、おいしく食べる最善の方法です。風味を大切にする蕎麦は、挽き立て、打ち立て、茹で立てという「三立て」の状態で味わうのが最も風味を楽しめる食べ方とされています。この時に、麺と空気を一緒に吸い上げてすすることで、より深く蕎麦の豊かな香りや味わいを堪能できるのです。

音を立てないよう、口に無理やり押し込んだり、蕎麦を途中で嚙み切ったりすれば、蕎麦の風味を十分に感じることができなくなってしまいます。そのため蕎麦の場合は、音を立てて食べるのが粋とされているのです。

このように、日本の麺料理を食べるときに音を出すのは不作法ではありません。むしろそれが料理の特性に合った食べ方なのです。

■寿司の歴史を知れば、手で食べるのが自然

永山久夫監修『外国人にも話したくなる ビジネスエリートが知っておきたい 教養としての日本食』(KADOKAWA)

外国人にも人気のある日本食といえば、真っ先にお寿司を思い浮かべる人も多いでしょう。外国人と一緒に接待や会食の席で食べる機会も多い料理ですが、その時にお寿司を箸と手、どちらで食べるか迷う人も多いのではないでしょうか。

寿司が手で食べられるようになったのには、お寿司の歴史が関係しています。寿司という名前は、「酸っぱい(酸し)」という意味からつけられました。その名の通り、お寿司は魚の保存性を高めるために、塩とご飯のなかに魚を漬けて発酵させた保存食として誕生しました。これは「なれずし」と呼ばれ、酸っぱくなった魚だけが取り出して食べられ、ご飯は捨てられていました。

今の握り寿司に近づいたのは江戸時代の文政年間(1818~1830)のこと。せっかちな江戸っ子がさっと気軽に食べられるものをと考え、発酵期間を省いた寿司が考え出されました。それが今の握り寿司の原型でもある、ご飯に酢を混ぜて酢飯を作り、その上に生魚をのせて食べる“早寿司”です。

■寿司はもともとファストフードだった

早寿司は高級食ではなく、小腹が空いたときに気軽に立ち寄ることのできる屋台で、好きなネタを手でつまんで食べるという形式で売られていました。初期の握り寿司は、大きさがひと口半からふた口で食べるほどもあり、箸でつまむのは難しかったのです。そこで手でつまんで食べるようになりました。

つまり寿司は、そもそも手でつまむファストフードとして誕生したのです。手で食べるほうが、シャリが崩れにくいというメリットもありました。

手で食べる際は、親指と中指で寿司の両脇を挟み、人差し指でネタを軽く押さえて裏返し、ネタの先端に少しだけ醬油を付けます。ご飯に醬油をつけるとほぐれてしまうからです。そしてネタを上に元に戻して一口に食べるのが美しく食べる作法です。手で食べた後には、おしぼりで手をぬぐっておきます。

外国人にこうしたことを説明し、手で食べてみせれば、抵抗なく真似をしてくれるかもしれません。

----------

永山 久夫(ながやま・ひさお)
食文化史研究家、長寿食研究所所長
1932年、福島県生まれ。平成30年度文化庁長官表彰受賞。和食を中心に長寿食を研究し、各地の長寿者の食事やライフスタイルを取材。日本の古代から明治時代までの食事の研究に長年携わる、食事復元研究の第一人者でもある。著書に『日本古代食事典』(東洋書林)、『和食の起源―刷り込まれた縄文・弥生の記憶』(青春出版社)、『世界一の長寿食「和食」』(集英社)など。

----------

(食文化史研究家、長寿食研究所所長 永山 久夫 写真=iStock.com)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング