30万円でも落札「御朱印転売」の怪しさ
プレジデントオンライン / 2019年5月21日 9時15分
■改元記念の御朱印を求めて各地に行列
平成から令和への改元にともない、御朱印が話題になっている。平成最終日(4月30日)や令和初日(5月1日)の日付の入った御朱印をもらおうと、各地の神社仏閣に列ができた。伊勢神宮内宮では宇治橋を越えて御朱印を求める人が並び、明治神宮でも数時間待ちの行列ができたという。
宗教離れが言われて久しいが、改元という時代の区切りに、それなりの数の人が神社仏閣を訪れたわけである。ほかに行くところがないだけかもしれないが、そういう時に、わざわざ寺社に行くというのはやはり興味深い。
一方で、問題になっているのが御朱印の転売だ。筆者が確認したところ、伊勢神宮をはじめ、高野山、上賀茂神社、那智大社、日枝神社など、有名どころの御朱印がネットオークションなどに出品されている。特に目立つのが、福岡県太宰府市にある坂本八幡宮の御朱印だ。
■「令和」ゆかりの神社では氏子が対応
「令和」の典拠となった万葉集序文では大伴旅人の邸宅での宴会の模様が描かれており、坂本八幡宮は、その旅人邸の跡地とされる。現在、坂本八幡宮には神職は常駐していない。氏子が協力して御朱印を求めて殺到した人々に対応し、疲労で体調を崩す氏子がいたという報道もある。そうした御朱印が、高ければ数万円で転売されることに違和感を持つ人は多いだろう。
宗教者からの注意喚起もなされた。いわく、御朱印は納経や参拝の証しとして頂くものであり、それをもらうこと自体が目的ではない。スタンプラリーのスタンプとは違う――寺社の管理者側からすれば当然の主張だろう。
他方で、カラフルだったりデザイン性に富んでいたりと、凝った御朱印を頒布する寺社がある。季節ものの図柄をいれた御朱印を月替わりで用意している神社もある。ツイッターやインスタグラムで「#かわいい御朱印」「#カラフル御朱印」などと検索すれば、手の込んだ数々の御朱印を見ることができる。それゆえ、「寺社側こそが御朱印集めのスタンプラリー化を進めている」という声もある。
■“インスタ映え”対応を徹底する神社もある
ここでは、御朱印ブームを少し広くとらえて、御朱印を頒布する寺社側と購入する側の二つの面から考えてみたい。単に不謹慎と批判するだけでは済まされない事情がある。
近年、各地の寺社が御朱印や授与品も含めた自己表現に力を入れてきた。たとえば、ネットの転売サイトでは、有名な伝統寺社に交じって、熱海の來宮(きのみや)神社の御朱印が出品されている。古くからある神社だが、多くの人が訪れるようになったのは2000年代のパワースポット・ブーム以降だ。スピリチュアリストなどに紹介されることで知名度を獲得した。
來宮神社境内の各所には、インスタグラムで発信しやすいよう、写真撮影用の台が設置されている。天然記念物の大きなクスノキの周囲には歩きやすいように歩道が作られ、周囲は、木火土金水の五行の思想を大楠・明かり・砂利・鉄筋・湧き水で表現した「大楠五色の杜」として整備されている。
境内にはカフェもあり、季節ものの桜ラテからミネストローネ、オリジナルスイーツまで楽しめる。御守りなどの頒布所はホテルのロビーのようだ。社殿前の玉砂利には落ち葉でハートマークが作られ、それを入れて写真を撮りやすいようにやはり台が置かれている。
■生き残り戦略として情報発信は正しい
こうした状況を宗教の商品化として批判する声もあるが、それほど単純な話ではない。一部の超有名どころをのぞけば、一般的な寺社が地域外から人を集めることは難しい。
ビジネスに引きつけて言えば、寺院は檀家、神社は氏子という形で、家単位・地域単位の固定客を抱えており、その“取り引き”を中心に成り立ってきた。新宗教などが布教で新たな顧客を獲得してきたのに対し、伝統宗教である仏教・神道は新規顧客の獲得には熱心ではなく、その必要もなかった。だが、少子化・高齢化・都市化などで固定客は減少しつつある。家や地域コミュニティの解体と細分化が進み、固定客が増える見込みはない。
そうした状況下、各寺社がそれぞれ工夫を凝らして独自性を表現し、積極的に情報発信することで、新たな個人客の獲得を目指すのは必然だろう。時代の変化に合わせたビジネスモデルの転換であり、必要な生存戦略だ。
何もしなければ、建物も僧侶神職の生活も維持できなくなる。所有する敷地でマンションや駐車場を経営するよりも、その寺社の歴史や祭神と結び付けながら授与品や御朱印、境内のデザインに工夫を凝らすほうが本来的な取り組みだろう。
■ヤフオクでは「元号またぎ」御朱印が高騰
一方、御朱印を買う側の人々の心理も興味深い。たとえば「ヤフオク!」を検索すると、4月30日と5月1日の両日の明治神宮の御朱印が「元号またぎのレアモノ」として出品され、安くても4万円、高ければ30万円という価格で落札されていることがわかる(画像参照)。これは御朱印をもらう時に納める300~500円の金額とはかけ離れている。
30万円(売り上げ)から500円(仕入れ値)を引き算して利益を計算すると、違和感を覚えざるをえない。だが、こうした引き算をしてしまうこと自体、非宗教的な発想なのかもしれない。原価を知りつつ、それでも30万円で落札している人が存在するのだ。
落札したのは、お金があり余っている人かもしれない。あるいは、実際に現地を訪れて数時間並びたくはないが、何か改元の記念になるものを手に入れたい人が落札しているのかもしれない。いずれにせよ、改元の記念として御朱印を入手しようとすること自体、かなり宗教的な発想と言えるのではないか。
■四国遍路の納経帳も以前から転売されていた
御朱印がネットオークションに出品されるのは、今回の改元に限ったことではない。四国遍路の納経帳などは以前から出品されていた。四国遍路では、八十八カ所の札所(ふだしょ)と呼ばれる寺院をまわる。そして札所ごとに読経し、納経帳に御朱印をもらう。さらに、八十八カ所を巡った後、高野山奥の院にお参りするのが良いとされている。
ネットでは、高野山も「コンプリート」した89カ所の御朱印のある納経帳が数万円でいくつも出品されている。四国遍路では、納経帳だけでなく、掛け軸に御朱印を押してもらう「納経軸」もあるが、この場合はさらに高価になる。そして、ネット取引が盛んになる以前から、遍路が終盤にさしかかった巡礼者が納経帳や納経軸を盗まれるといった被害が生じていたのである。
■四国遍路の“代参サービス”もある
納経帳や納経軸を盗んで売るのは犯罪であり論外だ。だが、こうした犯罪が絶えないのは、他人が集めた御朱印を欲しがる人がいるということでもある。特に、四国遍路の納経帳は、葬儀の時にお棺に一緒に入れてもらうと極楽に行けると信じる人が存在する。宗教的な力を期待しているからこそ、他人の納経帳の売買が成立するのだ。
また、ネット上には、本人に代わって四国遍路をまわる代参サービスがいくつもある。代参費用は決して安くはない。御朱印代に加え、人件費・宿泊費・交通費などで20万~30万円になる。さらにはオプションで、フェリー代など数万円を加算すれば、高野山まで代参してくれるところもあるようだ。
代参自体は古くからある。病気や家庭の事情などで長旅に出られない人の代わりに寺社をまわるのだ。ただ、かつては家族や親族、地域の親しい人に代参してもらっていたのが、近年ではネットを介して契約が結ばれる。そうしたサービスが、ネットを検索すればいくつもヒットし、カタログで商品を選ぶようにして代参を購入できるのである。
単にかつては大切にされていたものが商品化されているわけではない。御朱印や納経帳に高額を支払う人々は、それを頒布する寺社に価値や魅力を見いだしているのである。
■一番の問題は転売で稼ぐ人たちだ
御朱印のネット転売は、伝統宗教を取り巻く大きな変化の一端でしかない。ちなみに、キリスト教では、日本から遠いヨーロッパの聖地にちなんだメダルや十字架が通販で売られるのは珍しくない。癒やしの効果があると信じる人もいるフランスの聖母出現地ルルドの湧き水なども、「直輸入」として販売されたりしている。
本来は参拝の証しである御朱印を、寺社がネットで頒布するのは難しいだろう。だが、「出世の階段」で有名な愛宕神社のように、遠方で来られない人のために、ウェブサイトに「ヴァーチャル参拝」を用意しているところもある。
むしろ、一番の問題は御朱印を転売する人だ。彼らは寺社と購入者の間に入って不当な利益を上げている。これからも御朱印熱を利用した転売が横行するのであれば、これを取り締まるためにも、寺社側がネットを通して需要に直接応えても良いのかもしれない。
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北海道大学大学院 准教授
1979年、東京生まれ。筑波大学大学院修了。博士(文学)。専攻は宗教学と観光社会学。著書に『聖地と祈りの宗教社会学』(春風社)、『聖地巡礼―世界遺産からアニメの舞台まで』(中公新書)、『江戸東京の聖地を歩く』(ちくま新書)、『宗教と社会のフロンティア』(共編著、勁草書房)、『聖地巡礼ツーリズム』(共編著、弘文堂)、『東アジア観光学』(共編著、亜紀書房)など。
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(北海道大学大学院 准教授 岡本 亮輔)
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