仕事と介護の両立は"育児と同じ"ではない
プレジデントオンライン / 2019年6月18日 9時15分
■「仕事と育児の両立」と「仕事と介護の両立」は違う
みなさんの会社には、10連休が終わって、仕事の勘が戻らない社員もいるのではないでしょうか。長期休暇は特別な話ではなく、それまでバリバリ働いていた人が、家庭の事情で以前のように働けなくなることもしばしば起こります。仕事と育児や介護の両立は、その最たるものでしょう。企業は育てた人材の離職を防ぐため、両立のためにさまざまな支援をしています。
しかし、仕事と育児の両立と、仕事と介護の両立への支援を、同じように考えている企業は少なくありません。実際には、それぞれに必要な支援はまったく異なります。端的にいえば、育児では本人が直接育児にかかわれるように支援するのに対して、仕事と介護の両立では、本人が直接介護にコミットしなくてもいい体制を整えるための支援、と考えるべきでしょう。それに伴い、会社として取るべき両立支援のアプローチはまったく異なってきます。
■介護の課題はいつまで続くかわからない
まず、仕事と介護の両立支援から見てみましょう。親や義父母にいつ介護が必要になるかは、基本的に予測できません。そのため、準備のないまま突発事態に対処することになりがちです。
たとえば、父親が転んで動けなくなり、救急車で搬送された。その後手術を経て、1カ月程度で退院できるめどが立つ。退院時は車いす状態で、半年間のリハビリが必要だという――。
ここで「1カ月後から半年間介護休業を取って、お父さんについていてあげなさい」と伝えるのは、よい上司といえるでしょうか。答えはノーです。そういう介護休業の活用方法では、結局本人が「介護離職」に至る可能性が極めて高いといわざるをえません。
介護が育児と根本的に異なる点は、介護の課題がいつまで続くかわからず、先が見えないことです。上記の例ではリハビリの期間が予想より延びる可能性もありますし、「生命保険に関する全国実態調査」(平成30年度)によれば、介護期間の平均は4年7カ月。10年以上に及ぶ例も全体の14.5%に達します。これだけの期間、仕事を休んでしまえば、現実問題として職場復帰は困難になるのではないでしょうか。
では、どうするのか。先ほどの事例でいえば、「1カ月程度で退院できる」と言われてすべきことは、「要介護認定の申請」や「ケアマネジャーを探して、介護サービス計画(ケアプラン)の作成を依頼」などです。そして退院後は介護休業を使って1週間ほど現地で様子を見て、うまく回っているのを確認してから仕事復帰するイメージです。
介護休業は、社員本人が介護にあたるためでなく、こうした仕事と介護の両立体制を構築するための一連の手続きや手配、その後の状況変化への対応のために使うべきものです。まずはそのことを、本人、上司、人事がしっかり認識しなくてはなりません。そして会社は社員に対し、実際に介護の課題に直面する前に、仕事と介護の両立体制の構築に必要な情報を、研修などで周知徹底しておくことが肝要です。
■両立支援は女性の「活躍」に結びついているか
次に、育児支援です。育児の場合は介護と異なり、いつ子供が生まれるかは予測できますし、出産休業や育児休業、時短勤務といった制度も整備され、すでにそうした制度の利用者が社内にいるため、その使い方についてもある程度情報があります。
問題は、そのことが本当に女性の「活躍」にちゃんと結びついているのかということです。女性が結婚・出産後も離職せずに仕事を続けられるという目的は、ある程度達成されているかもしれません。しかし、育児休業を長く取ったり、復帰後も長く時短勤務を続けたりすれば、能力向上につながる仕事の経験量はどうしても減ります。
さらに、残業や出張といった現場の要求に対応できないことで、上司に使いにくい社員と思われたり、サポート的な業務ばかり担当せざるをえなくなったりといったこともありえます。それが女性のキャリア形成を阻害したり、働く意欲をそいだりしている可能性にも注意を払うべきではないでしょうか。
仕事と育児の「両立支援」がある程度達成された今、新しい課題は女性の「活躍支援」です。女性が希望すれば、できるだけ早くフルタイム勤務に戻り、育児や家庭生活とも両立させながら時には残業もし、キャリアアップをはかっていける――。そういう働き方を可能にすることを、目下の「働き方改革」の中で企業はめざすべきでしょう。「働き方改革」のひとつの目的は、残業付きのフルタイム勤務ができないと活躍できない働き方を解消することです。
■保育園のお迎えに夫が行くべき理由
ここで重要になるのが、共働き女性社員の夫です。保育園への朝の送りを担当する父親は増えていますが、夕方のお迎えはほとんど母親が担当しているのが現状です。週に2回でも夫が定時退社してお迎えを分担できれば、女性社員が必要なときに残業できる余地が広がります。こうした夫婦での日常的な育児の連携は、夫がスポットで育休を取ることよりも大切なことです。
最近、花王やリコー、大成建設など一部の企業では、育休復帰時などに女性社員と上司、人事に加え、女性社員の夫の4者で、復帰後の仕事と育児の両立に関して面談を行う動きが始まっています。とはいえ、そうした企業はまだ少数で、当面は女性社員自身が「夫を巻き込まなくてはダメだ」という覚悟を決める必要があります。
そして企業も、女性社員にキャリア研修の中で、自分自身の仕事やキャリアを大事にするのなら、「あなた1人で子育てをすべて抱え込んではいけません」というメッセージを伝えていくべきです。男性社員に対しても、育休を取る効果的なタイミングや、カップルで育児や家事を担うことの重要性といった情報を提供し、継続的な育児関与に誘導するのが望ましいといえます。
■望むキャリアと生活をトータルでとらえる
働き方改革は、ただ残業を減らせという話ではありません。社員にも会社側にも必要なのは、働く本人がどういう生活を実現したいのかという視点を持つことです。介護や育児に加え、「平日に何日かは子供と夕食を食べたい」「社会人向けビジネススクールに通ってスキルアップしたい」など、自分の望むキャリアと生活をトータルでマネジメントできる、「ライフキャリア・マネジメント」の実現が、今取り組むべき目標です。そのためには、毎日残業を1時間するより、週に少なくとも2日以上は残業ゼロで定時退社し、自分のやりたいことに注力。別の日に残業はまとめてするといったメリハリのある働き方の実現が望ましいと思います。
ライフキャリア・マネジメントを大事にすることで、「仕事だけやっていてはダメ」という意識が社員の間に醸成されていくことは、企業にとってもメリットがあります。想定外の変化に柔軟に対応できる人材、つまり「変化対応力」のある社員が育つからです。
「変化対応力」の高い社員の行動を分析したところ、2つの体験が影響を及ぼしやすいことが明らかになりました。ひとつは、「価値観の違う人と仕事をした経験」です。女性の上司や外国人の同僚がいた、出向先の会社で出向元とは異なる職場文化の中で仕事をしたことがある……。そうした多様な体験によって、自分の価値観や考え方を相対化したり、柔軟に変えられるようになります。もうひとつが、「仕事以外に別の役割を持っている」こと。ビジネススクールの学生、マンション管理組合の理事長など、会社の役職が通用しない世界に身を置くと、おのずと「変化対応力」が高くなります。
仕事もきちんとこなしつつ、家事や育児や介護、または、地域活動などのさまざまな役割を果たしながら生きていける――。そんな社会や職場づくりが、今から5年後、あるいは10年後のビジネスの変化にも慌てない人材を育てることになるのです。
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中央大学 ビジネススクール 大学院戦略経営研究科教授
1981年、一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。雇用職業総合研究所(現・労働政策研究・研修機構)研究員、東京大学社会科学研究所教授などを経て、2014年10月より現職。東京大学名誉教授。著書多数。
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(中央大学 ビジネススクール 大学院戦略経営研究科教授 佐藤 博樹 構成=川口昌人 写真=PIXTA)
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