自治体が街中に"ブロンズ像"を増やすワケ
プレジデントオンライン / 2019年6月8日 11時15分
■バラマキ地方創生、なぜ街中にブロンズ像をつくるか
2019年は統一地方選挙の年であり、多くの地方自治体で地域の未来を決める活発な議論が行われている。有権者にとっては選挙カーの喧しい音を耳にする時期が来ただけかもしれないが、それでも地味だけれども私たちの生活にとっては非常に重要なイベントだ。
本稿では統一地方選挙に際して読者諸氏に地方自治のあり方自体を考えるきっかけを提示したい。そのため、一見して常識となっている地方活性化、特に地方創生を巡る前提をゼロから考え直してみるのはよいことだろう。
■日本創成会議の増田レポートは事実誤認
まず、14年に発表された日本創成会議のレポート「ストップ少子化・地方元気戦略」(座長・増田寛也氏、以下増田レポート)の中で議論されて、その後に様々な地方移住促進政策の根拠になった「人口過密の大都市では、住居や子育て環境等から出生率が低いのが一般的であり、少子化対策の視点からも地方から大都市への『人の流れ』を変える必要がある」「『東京一極集中』は、少子化対策の観点からも歯止めをかける必要がある」という主張を取り上げたい。
実は、この主張を事実誤認であると断言する研究者がいる。八田達夫・アジア成長研究所理事長(政策研究大学院大学元学長)は、増田レポートを真っ向から「事実誤認」と否定している。
「たしかに、都市の中心部は出生率が下がります。しかし、それは結婚して子どもが生まれた場合に郊外に移り住むだけのことです。これは東京、福岡、仙台でも共通に観察されたモデルです。東京都の場合は都道府県を越えて周辺自治体に移り住む範囲が広がっただけです。首都圏全体で見た場合の出生率で考えるべきです」と八田氏は主張する。
つまり、東京都の出生率が低いこと自体は事実であるものの、それは子育て世帯が住環境を変えるために、千葉、埼玉、神奈川などに引っ越しをするだけのことでしかないのだ。したがって、出生率を上げるために、若者を単純に地方に移住させる政策には必ずしも妥当性はないということになる。
■こういう政策は、角栄時代からあった
八田氏は言葉を続ける。
「僕が事実確認をするべきだとある媒体に書いたとき、当時の石破(茂)地方創生相はショックだったと思います。向こうの担当者が来ていろいろな弁解をしたけれども、要するに全く反論はないということでした。それを基盤に政策をスタートしたものだから随分いい加減なものになりました」
では、なぜ誤った事実による地方創生政策が推進されたのであろうか。この点についても八田氏の見解は明瞭だ。
「要するに地方バラマキ政策は昔からあるわけです。田中角栄首相のときに、国土の均衡ある発展と言って頑張ったわけですね。また、農業の補助などで生産性が高い都市から税金を取り上げて地方にばらまく行為は1960年代から行われています。今回は目先を変えて、その名目として出生率を使っただけです。地方にばらまくことが目的なので、それが失われれば別な理由がまた出てくるでしょう。だから、僕は怒りまくっているわけです」
増田レポートを受けて全国の地方自治体では「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を策定し、人口目標などを設定してきた。その根幹のあるべき姿を見直す議論が必要なのかもしれない。
■74%の自治体で、市町村民税総額が人件費を下回る
地方自治体は、なぜこのような中央政府からのバラマキ政策を無批判に受け入れるのか。国政における地方偏重の議席構造などはあるものの、その手掛かりは地方財政の現状からもうかがい知ることができる。
地方財政の現状は中央政府からの財政移転がなければ、そもそも全く成り立たない設計となっている。16年度の地方自治体の決算カードによると、地方自治体は職員人件費すら自前の税収で支払うことが厳しい状況となっていることがわかる。
たとえば、全国1741市区町村のうち、地方税総額(市町村税)を上回る人件費を支払っている地方自治体は約29%、市町村民税総額(個人・法人合計)を上回る人件費を支払っている地方自治体は約74%となっている。最大で地方税の約8倍、市町村民税の約20倍の人件費が支払われている地方自治体も存在し、住民が毎年納めている地方税を職員給与のために支払っていることも、ザラだ。
これらの地方自治体は中央政府からの財政移転である地方交付税や国庫支出金によって、自治体運営の資金の多くを賄っている。日本の地方財政は地方自治体が中央政府に依存することを前提とした仕組みとなっている。
もちろん地方自治体が財政的に破綻することなく運営されているので、現状の日本のような地方財政の仕組みを採用することも1つの考え方と言えるだろう。しかし、地方自治体の中央政府への財政依存は、地方自治の精神を確実に蝕むとともに、地方自治のあり方そのものを根幹から事実上の骨抜きにしている。
日本の地方自治体が住民らに課している地方税には標準税率が設定されている。財政的に中央政府に依存する地方自治体は、地方税を標準税率以上に上げることはできるが、それを引き下げることは極めて困難である。
標準税率を下回る地方税率を設定しようとした場合、地方債に関する制度上のペナルティや地方交付税を受け取りながら減税をすることに対する世論の風当たりなどをクリアしなければ減税政策を実現することはできない。そのため、首長や議会の非常に強いリーダーシップが必要とされることは言うまでもない。
地方税の税率は地方自治の根幹となるものだ。地方分権が徹底している米国の場合、地方税率を引き下げることは、地域の競争戦略や行政改革を推進する手段として重視されている。
■「鉛筆舐め舐めできるようにしてある」
様々な行政需要が発生して行政コストがかかる都市部の税金が高いのに対し、地方は相対的に税金が安いため高税率を嫌った人々や企業が移ることもある。税率とは地域の戦略的意思そのものだと言えるだろう。
前述の八田氏によると、地方交付税の根拠となる地方団体の財政需要を合理的に測定するためにつくられた基準財政需要額にすら問題があるという。
「これはそもそも積み上げて計算できるようなものではなく、実際には鉛筆舐め舐めできるようにしています。全国で確保しなければならない警察や教育などはモデルを決めて国が全額を支払うべきです。そのうえで、地方交付税は人口や面積で明確に算出するとともに、それ以上の公園や公民館などのようなものは地方自治体が自分でやることが当然です」
八田氏の見識は問題の本質を突くものと言えるだろう。統一地方選挙は、国全体で地方自治とは何か、そして地方財政のあり方そのものを議論するよい機会だ。
■地方創生は、規制改革で実現される
地方自治体が中央政府に財政依存する中で、地方を活性化させるための方法にはどのようなことが考えられるのか。そのための方法として規制改革によって地域の自由度を高めることは極めて有効である。
安倍政権は国家戦略特別区域会議を創設し、19年2月14日までに全国で315認定事業を実行している。都市再開発やコンセッション方式導入などの派手な案件から、NPO法人設立手続きの迅速化のような地味な案件まで、その内容は様々である。
これらの全国にばらまかれた規制改革の果実は、補助金のばらまきとは対照的に中長期的に多くの果実を結んでいくことになるだろう。地方にとっては自らが発展していくための自由な環境を得ていくことに直結する。
しかし、規制改革を断行することには既得権者の抵抗もあるため、それらが政治的な支持を得ることは容易ではない。かつてはアベノミクスの第3の矢として位置づけられた規制改革であるが、第1の矢である金融緩和などと比べればとても大胆に進められているとは言えない。特に最近は、規制緩和は過当競争を招くとして、何でも無闇に反対するような一部の世論すらもある状況だ。
そのため、規制改革の果実を一部の狭い範囲の関係者だけでなく、多くの人に感じられる政策を進めるべきだろう。たとえば、筆者は海外に出かける際にUberを利用するが、米国でもカタールでも同サービスは利用することができる。類似のライドシェアサービスも次々と誕生しており、インドでもOlaというライドシェアサービスがUberを上回る普及率を誇っている状況だ。
一方、Uberの利用は日本では禁止されており(※)、出前サービスのUber Eatsしか使えない。これは時代遅れで極めてナンセンスな規制の1つであり、多くの国民が規制緩和の意義を実感する機会を奪うものと言えるだろう。
※編集部註:タクシーに準じた営業は認められているが、自家用車で乗客を運ぶ「ライドシェア事業」は認められていない。
■地方の発展には、自由な発想が不可欠
また、規制緩和についても日本のやり方は非常にスピードが遅い。たとえば、米国では、トランプ大統領は17年の政権発足早々に「2対1ルール」と呼ばれる大統領令を施行した。これは新しい規制を1つつくる場合、いらない規制を2つ廃止することを義務付けるものである。
その結果として、17年12月のホワイトハウスの発表によると、僅か1年の間にトランプ政権は新たな規制1本につき22本の規制を廃止するという驚異的な成果を生み出している。また、連邦政府は計画されていた1579本の規制について、635本を撤回し、244本が無効化され、700本が延期された。これらの改革によってトランプ政権は17年だけで将来にわたる81億ドルの規制による経済損失を回避したとされている。
地方が発展していくためには、自由な発想を生かした自治体経営が不可欠だ。それは地域における新たな産業を生み出すとともに、積極的な経済効果を生み出していくことにもなるからだ。統一地方選挙に候補者を立てている主要政党はどの規制を廃止するのかを明示するべきだろう。
そうでなければ地方議員が政党から公認・推薦を受けることが単なる党派を示すだけで政策的な意味がないこととなってしまう。有権者も首長や議員候補者らに対して、どのような規制を廃止する提案するつもりがあるのかを積極的に問うべきだ。
■ふるさと税問題は、返礼品合戦だけではない
総務省はホームページ上でふるさと納税について「地方で生まれ育ち都会に出てきた方には、誰でもふるさとへ恩返ししたい想いがあるのではないでしょうか。育ててくれた、支えてくれた、一人前にしてくれた、ふるさとへ。都会で暮らすようになり、仕事に就き、納税し始めると、住んでいる自治体に納税することになります。税制を通じてふるさとへ貢献する仕組みができないか。そのような想いのもと、『ふるさと納税』は導入されました」と謳っている。
しかし、ふるさと納税の現実は非常に厳しい。改正地方税法が通常国会で通過し、19年6月からふるさと納税は事実上の総務省による認可制になることとなった。
背景には一部の地方自治体がアマゾンギフト券などの金券を返礼品として配るなどして多額の寄付を集めたことなどもあり、疑問に思った多くの国民から制度のあり方自体に根本的な疑問が投げかけられたことがある。また、ふるさと納税制度は返礼品問題に見られたモラルハザードだけでなく、さらに根深い問題を内包している。
第一の問題点はふるさと納税の使途の妥当性である。たとえば、震災からの復興を目指す福島県飯舘村などは17年に村のホームページ上に「村では、復興の拠点として村のほぼ中心地に、いいたて村の道の駅 までい館を整備し、その復興拠点に、家族・愛・絆を感じる彫刻を復興のシンボルとしてぜひ建設したいと考えています」としている。
充実した返礼品のラインナップによって同村は18年度に9700万円のふるさと納税による収入を見込んでいる。しかし、道の駅に設置された彫刻(ブロンズ像)の購入費用として2990万円が使用されることを実際に知っていた寄付者は多くないであろうことは想像に難くない。
復興という観点から同村独自の理屈があるのだろうが、控えめに言ってもその妥当性については様々な意見があるものと思う。ふるさと納税は1度地方自治体側に渡ってしまえば自主財源となるため、首長一任などの形で事前に利用使途が明示されていないケースもある。今後、同制度の健全化を図るため、寄付者に対する使途のアカウンタビリティを確保することが課題となる。
■地方自治は、民主主義の学校という虚実
第二の問題点は減収自治体に対する地方交付税による補填である。地方交付税交付団体は減収分の75%が地方交付税による埋め合わせを受けることができる。つまり、ふるさと納税の利用者の懐が減税で潤うと同時に、本来は税金が流出しているはずの地方自治体に中央政府から資金が追加で流れ込んでいるということになる。
もちろん、25%は税収が減少するために同自治体の全体の税収は減少するものの、当該住民はできるだけふるさと納税を使い倒したほうが中央政府からの補填というばらまきを得るという構造がある。このような財政上の緩衝システムがアマゾンギフト券などを返礼品とする地方自治体に寄付する歪な構造への批判が起きにくい状況を間接的に生み出してきているのだ。以上のように、ふるさと納税には問題も多いため、その制度のあり方を根本的に見直すことが必要である。
「地方自治は民主主義の学校」と呼ばれているが、現在の日本は学校の理念やその運営が滅茶苦茶な状態になったまま放置されている。19年は統一地方選挙だけでなく参議院議員選挙も予定されているが、我々は本当に大人として投票するだけの学びをしてきたのだろうか。新元号「令和」が始まる年、地方自治運営に関する真剣な議論が行われることに期待したい。
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早稲田大学招聘研究員
国内外のヘッジファンド・金融機関に対するトランプ政権分析のアドバイザー。都市政策についても研究をしている。
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(早稲田大学招聘研究員 渡瀬 裕哉 写真=時事通信フォト、Aflo)
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