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日本企業が韓国エリートを積極採用する訳

プレジデントオンライン / 2019年6月22日 11時15分

撮影=安宿緑

お隣の国、韓国は長らく不況が続く。学歴社会で勝ち抜いてもなかなか、理想の職にありつけない。一方、日本は空前の人手不足。そんな職にあぶれた韓国エリートを日本の大企業が青田買いしている。日韓両国の現状を取材した――。

■世界で最も高学歴な貧困者が多い国・韓国

1997年のIMF通貨危機を境に韓国経済が斜陽となり、若年層の失業問題は長年韓国社会を悩ませてきた。

少なくとも2000年から現在に至っても改善の兆しはなく、17年2月には青年失業率(15~29歳)が過去最悪の12.3%を記録。一方で、激しい受験戦争でも知られる韓国は、韓国統計庁によると、05年の82.1%をピークに大学進学率が70%台で推移し、高学歴者が国民の8割近くを占める。

ただ、大企業と中小企業の賃金格差が激しく、ほんの数%に満たない大企業に入ることができなければ年収200万~300万円台の中小企業で働くか、アルバイトに甘んじるしか道がない。

アルバイトもムン・ジェイン政権が最低賃金を18年の7530ウォン(約742円)から19年は8350ウォン(約823円)に大幅に引き上げ、競争率が激化。ますます職にあぶれる若者が増えたとされる。

まさに世界一、高学歴貧困者が多いといえる韓国の実情に迫った。

■就職活動で鼻を美容整形したが、いまだ“成果”出ず

地方都市出身でソウルの小売会社に勤めるソ・テギョンさん(仮名・30歳)は、韓国では中の上程度の大学を卒業するも就活は全敗。高卒枠で大手スーパーマーケットにようやく拾われ、月に120万ウォン(約11万8300円)を得るのがやっとだった。今の会社に入れたのは、政府が若年層雇用促進のため打ち出した「青年追加雇用奨励金」制度を受けて入社した。満15~34歳までの青年を正社員として雇用した企業に対し、政府が企業規模に応じて採用者1人につき最大2000万ウォン(約197万2000円)負担する制度だ。支給されるには3年間在職する必要があり、企業側にとっても低賃金で労働力を繋ぎ留めておけるため好都合である。

現在の月収は、交通費込みで手取り140万ウォン(約13万8000円)。家賃は弟と折半しているが、どんなに節約してもほとんど残らない。あと数カ月で支給される奨励金が当面の頼みの綱だ。

「それでも、この会社にいる限り昇給は望めません。僕は弟と一緒だからソウルに暮らせていますが、単身で上京している人たちは悲惨。地方にたいした仕事がないから否応なくそうなりますが、職を探すまでは極貧生活。一日にカップラーメン一食だけという人もいます」

韓国の忠清道にある高校から、ソウルの大学に入学するため上京したユン・エリさん(仮名・26歳)もその1人。「故郷に帰っても、農業や観光業で細々と暮らす未来しか想像できません」という。大学ではTOEIC800点と難易度の高いIT系の資格を複数取得したが、就活には何の効力もなかった。

(左)韓国の駅に掲げられる「将兵よ! 職(JOB)を摑め」と書かれた看板。(右)街には、疲れ果てた若者の姿が多い。

「エントリーシートはもう400枚書きました。それに、たとえば国内業務しかないリフォーム会社でもTOEICの点数が高くないと早い段階で落とされる。ただただ疲弊する毎日です」

就職活動とアルバイトを掛け持ちし、週4回働いて月に80万ウォン(約7万9000円)。「もう何カ月も、食パンとキムチと水しか摂っていません。もしこの先も就職できなかったら、と思うとゾッとしますね」と話す。

同じく韓国で学力レベルが上位10校に入る大学を卒業し、アルバイトをしながらデザイナーを目指すコ・ヒョナさん(仮名・26歳)は、就職のために鼻を美容整形した。注射器でフィラーと呼ばれる半固形の物質を入れて鼻筋を通す施術で、約半年で元の顔に戻る。

「就活生はほとんど横並びのスペックなので、強力なコネでもない限り就職は本当に難しい。だから、少しでも面接官の印象に残るようにするんです」

整形の“成果”はまだ出ていない。

■300社に応募し内定勝ち取るが、数日で辞める

30歳のチョン・ドヨンさん(仮名)は、エントリーシートを300枚書き、ようやく採用された病院の事務の仕事を数日で辞めた。

「事務で入ったのに、3D画像を作れと言うんです。できないものはできない。だから辞めた」

その後、殊勝にも就業学院で30万ウォン(約2万9600円)の3D制作コースを履修中という。そうやってつまずくたびに就業学院でスキルを身に付け、より良い職を求める。いつ終わるかわからない旅路だ。

「韓国の中小企業では、意味のない業務もやらされる。放送局に入った知人は、番組制作ではなく1年間コピーや配達をさせられたと言っていました。日本人は下積みとして受け入れるのかもしれないけど、今の若い韓国人には理解できないと思いますね。堪え性がないといえば、そうかもしれないけど……。大卒者という自意識が強すぎて、そうなる人もいるのかも」

中小企業は、募集要項と実態が違うことも多い。採用後、募集時に言っていた年俸を大幅に下げるといった例もあり、若者に避けられる原因にもなっている。

一方、就活戦争を勝ち抜いたエリートにもそれなりに悩みがある。

■英語と中国語を含む4カ国語が堪能なエリートの悩み

韓国でも指折りの食品系大企業に勤めるウォン・ソンジェさん(仮名・38歳)は、英語と中国語を含む4カ国語が堪能で、日本語も中級程度。韓国で上位3校に入る一流大学を2度留年したが、語学力や保有資格の多様さ、課外活動が評価され入社に至った。エントリーシートを50枚出し、そのうち採用に至ったのは大企業を含め5社とかなりの打率だ。高スペック人材の偏りを示す事例ともいえる。しかし、業務内容が思っていたより地味だったことにウォンさんは不満を漏らす。

食品系大企業に勤めるウォン・ソンジェさん(右)と受験戦争で燃え尽きた無職のパク・チャンホさん(左)。それぞれ悩みを抱える。

「食品業界は保守的で、他業種との接点もなく、1度売れた商品がずっと売れ続けるだけにイノベーションがあまりないんです。現在勤続8年目で、抜け出せなくなる前に転職したいのですが、僕の年齢では厳しい。半ば諦めています」

受験戦争で燃え尽きるケースもある。パク・チャンホさん(仮名・25歳)は卒業生に国際機関のトップも輩出する名門校を卒業。一時期ほどではないが、就職しやすさは国内でも指折りで、船舶関連企業で一定年数働けば兵役も免除されるという破格の扱いだ。

だが、パクさんはそのすべてを捨て、若くして一日6万~8万ウォン(約5900~7900円)の日雇い労働者となった。いずれ日本でも働きたいという。

「父は僕が名門大学に通っていることが自慢だったので、すっかり呆れています。実家暮らしですが、もちろん親にお金を渡していますし、僕が母や姉から小遣いをもらうこともあります」

それでも高校時代の成績はつねにトップだった。

「狂ったように勉強しました。志望校への合格しか眼中になかった」

■「肩身は狭いけど、奴隷のように生きるよりマシ」

地方の全寮制進学校で、毎朝6時に登校し、授業が始まるまで自習。放課後も深夜まで居残り勉強をする日々。休み時間は眠気覚ましのため鉄棒にぶら下がり、授業中は2冊のノートを開き「右手で授業の内容を、左手では英単語を書き取っていた」と言う。努力が実りめでたく合格するも、同時に学業への意欲は消えてしまったという。

「吹っ切れたのは、最終学年での船舶実習で暗く狭い部屋で数カ月も過ごしたときです。もう、抑圧にもほどがあるんじゃないかって」

すでに就職していたり、就業準備に追われる同級生からは、当然ながら異端児として扱われているパクさん。だが、彼は微笑みながらこのように話す。

「確かに肩身は狭いけど、奴隷のように生きるよりマシ。いざとなったら、同級生が職を斡旋してくれると思うしね。僕の座右の銘は『人事を尽くして天命を待つ』。自分に正しく生きていれば、明日はきっと良くなります」

強烈な同調圧力をすり抜けるパクさんのようなしたたかさが、韓国社会に風穴を開ける日が来るだろうか。

■政府は国を挙げ、海外就労をバックアップ

若年層の失業問題に詳しい、韓国・梨花女子大学経済学部のホン・ギソク教授は、人口的要因と景気変動的要因問題から指摘する。「まずは現在の青年層である91~96年生まれは韓国のベビーブームにあたる世代。単純に、高学歴者のインフレが起きて雇用市場を圧迫しているうえに大企業と中小企業の格差が激しい。さまざまな問題が絡み合って要因の特定が困難なのです」

老舗の就業学院(左)と、就業学院の看板(右)。韓国では就業学院に通って就職するのが一般的。中には10年通う人も。

大企業の数は全体の1%しかなく、中小企業との生涯賃金の格差が非常に大きい。中小企業だと大卒で年収200万~300万円台、出世しても500万円がやっとの世界だ。だから皆が必然的に大企業を目指しては落ち、人生を浪費する。大企業を目指す人は大学卒業後に就業学院という就活予備校に入り早くて1年、通常3~4年、長くて10年、志望する企業に入れるまで貧しいインターンやアルバイト生活をする。そして、大半が諦めて中小企業に落ち着く……というのが基本的な光景なのだ。

また、親世代に学歴信仰が強く残っていることも影響している。今の韓国の若者の親世代は、学を積めば立身出世が可能であると信じる人が多く、高卒から弁護士となった故ノ・ムヒョン大統領はそのモデルケースだった。

■ソウルの大学出身者は自己評価が高くなりがち

「今はそう単純ではなくなりましたが、多くの大卒者、特にソウルの大学出身者は自己評価が高くなりがち。ブルーカラーの仕事を忌避するなど、仕事をえり好みする傾向があるのは否定できません」

フリーランスで個人事業をするという選択肢はまだ一般的ではなく、起業する若者も少数派だ。自国のそうした同調圧力にとらわれず、30~40代で富を築く例も多くはないが存在する。その事例をまとめた書籍『韓国の若き富豪たち』(イ・ジニョン著)では、十分に成功したにもかかわらず、親に言えていなかったり、大企業に就職しなかったことを責められたりする例も記され、儒教的な圧力も韓国社会の重しになっていることが窺える。

韓国政府はこのような状況から、国を挙げ海外就労をバックアップしている。韓国雇用労働部らが推進する「海外就業定着支援金制度」では、海外企業に就労ビザを取得して正式に就職した場合、国別にそれぞれ400万ウォン(約39万4400円)と800万ウォン(約78万8800円)が段階的に支給される。

政府機関である大韓貿易投資振興公社(KOTRA)が推進する海外就労プロジェクト「K-move」が、民間企業と組んで行うエンジニア向けの日本就労研修では日本のビジネス習慣や日本語学習を10カ月ほど学ぶ。これにより、22年までに1万人の若者を日本で就労させるのが、目標だという。

一方で日本の有名企業も、韓国人材への触手を伸ばしている。

外国人エンジニアを採用しているソフトバンクでは「グローバル採用枠の中で韓国人は年に10人ほどで多い部類。アジア全般に言えることだが、仕事に対して意欲的で、日本で働くことに対して前向きな人材が多い」(広報)と話す。

韓国では最も割の良いホテルバイト。それでも時給は8000~1万ウォン(約790~990円)ほど。

グローバル人材の採用に注力しているみずほフィナンシャルグループ(FG)では直近4年間で採用した119人の外国人のうち36人が韓国籍。韓国人材にこだわっているわけではなく、同社の採用基準に照らして、「リーダーシップ素養」「変化志向」に加え、「創造的思考力」「問題解決力」を重視して公正公平に採用した結果であるという。

採用にあたっては現地の大学を訪問して説明会を開催しているほか、韓国語WEBサイトの用意やWEB面接も行うといった熱の入れようだ。選考については、一定レベルの学力に、日本語能力も重視される。

みずほFG広報は「韓国の学生は早くからグローバル企業への就職を目指して英語習得や学業、企業でのインターンシップなど自身のキャリア形成に主体的に取り組んでおり、優秀でハングリーな学生が多い」と説明する。

また、韓国籍社員を採用するメリットの1つとして「サムスンやLGといったグローバルに展開している韓国企業のRMとしての貢献が期待できる」ことを挙げる。「そういった企業を、北米や欧州に駐在しながら担当することもありうる」と話す。同社に在籍する採用5年目の韓国籍社員たちは現在、「M&Aなどの高い専門性が求められる部署や、海外拠点の専門部署といった第一線で活躍している」そうだ。

■若い世代は“反日感情”があまりない

日本の就職情報をどこよりも詳しく韓国語で提供している「月曜日の東京」というサイトがある。運営するHYPERITHMのイ・ウォンジュン代表(26歳)は「日本就労希望者は数年で2倍に増えた」と話す。

「月曜日の東京」の運営会社代表イ・ウォンジュン氏(右)と、共同運営者で外務省出身の西山洸氏(左)。

サイトでは日本企業への就労成功体験、生活体験、面接レポート、日本で働くうえでの心構えや企業文化についてなど、日本就労を目指す韓国人に欠かせないトピックスが網羅されている。楽天などに直接営業をかけて得た求人広告も掲載するほか、ヤフージャパン、東芝、デロイトトーマツコンサルティングなどに採用された韓国籍社員によるセミナーも開催している。サイトには月に約1万人が訪れ、関心の高さが窺える。

イ代表自身も、2年前に日本企業就職のため来日した。それを機に日本就労について個人的に相談されることが増え、需要の高まりを感じていたという。それで18年11月にサイトをオープンし、19年1月に就職斡旋事業として法人化した。共同運営者として、自らも日中韓台で就職情報サービスを展開する「シャングリラ」を運営し、これまで100人の韓国人を日本企業に就職させてきた外務省出身の西山洸氏も携わる。

■韓国の若者は、海外就労への心理的ハードルが低い

イ代表は「自国での就職があまりに困難な実情もあり、韓国の若者は海外就労への心理的ハードルが低い。それで、候補国の1つとして日本にチャレンジする人は増えています」と話す。

韓国人向け、日本企業就職情報サイト「月曜日の東京」。ネーミングは「月曜に東京で働いているイメージをしてもらうため」。画像は一部翻訳。

日本向け就職支援講座も開催し、30人の受講者のほぼ全員が内定を獲得した。サイト経由でなくても「韓国で50社落ちた人が日本では一発で就職できたという成功事例も出てきた」(イ代表)と言う。

もちろん玉砕する例もあり、今はとりあえずの挑戦者が多い段階。ケーススタディーが増えるのはこれからだろうと予測する。

内定獲得の決め手として外せないのが、日本語能力。日本語は高校の選択科目にある場合も多く、素地があるため習得が早い。半年で日本語能力試験最上級(N1)を取得する人もおり、日本就労を目指す人々のポテンシャルの高さを感じさせる。兵役中の人からも、問い合わせが来るという。

軍隊内でスマホの使用が解禁されたことも大きい。新卒だけではなく、30代の中途採用希望者からの問い合わせも増え、日本就労の選択肢が韓国でじわじわと存在感を増していると言える。

■韓国のコンサル企業は門戸が異様に狭く、学閥が固定化

ただ1つ、懸念されるのが、日韓関係がこじれるたびに報じられる反日感情の高まりだ。しかし西山氏は次のように話す。

「実のところ、韓国人の多くは“昔の日本”と“今の日本”を完全に分離して考えています。特に若い世代はその傾向が強く、日本人の考える“反日”感情を持っている人は実はそう多くありません」

むしろ、日本は韓国の就労希望者から見ると魅力的な点が多い。

「金融系でも韓国では経済経営系学部以外は受け付けないのに対し、日本は専攻をそこまで厳しく問わない。外資系コンサルも、韓国では門戸が異様に狭く学閥が固定化されていますが、日本はそうでもない。こちらのサイトにも、コンサルに行きたい高学歴者はかなりいます」(イ代表)

企業側にとっても、グローバル採用を通じて、各国であぶれたエリート人材にアクセスすることができ、需給がマッチしていると言える。

イ代表と西山氏は、今後はよりローカルで韓国人にわかりやすい就職情報を提供できればと話す。両国の問題は単独ではなく、人材交流の中で相互的に解決がなされていくのかもしれない。

(安 宿緑 撮影=安 宿緑)

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