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これが本物の教養"アマゾン創始者の演説"

プレジデントオンライン / 2019年7月2日 9時15分

AFLO=写真

経営者はなぜ教養が必要なのか――。そしてカリスマ経営者たちは、自らの教養力をどう生かしたのだろう。

■スピーチからわかる、カリスマ経営者の「教養力」

「独自の価値基準を持つこと」――。これが私の「教養」の定義です。教養を身に付けていない人とは、たとえば「今こそ激動期だ。従来のやり方は通用しない。ビジネスモデルを大胆にチェンジしなければならない」と、会うと必ず演説をぶつビジネスパーソンです。私はそうした人のことを、密かに「激動おじさん」と呼んでいます。

50年、60年と遡って新聞をめくると、昔からずっと「今こそ激動期だ。従来のやり方は通用しない」と書いてあります。「激動期」がずっと続くことはありません。もちろん、表面に出てくる現象は刻々と変わっていくわけですが、その根底にあるビジネスや物事の本質は変わらないというのが本当のところではないでしょうか。

氷山のように海面上に出ているわずかな部分の変化だけを見て、「今こそ激動期だ。従来のやり方は通用しない」といったところで、有効な対策は打てません。私はこうした激動おじさんを信用しないことにしています。大切なことは、様々な変化に直面したときに、「独自の価値基準=身に付けた教養」にもとづいて情報を取捨選択して咀嚼し、「要するにこういうことだよね」と物事の本質を抽出することです。

よく誤解されますが、「教養がある=情報や知識が豊富」ではありません。情報や知識はもちろん大切ですが、それらを活用する価値基準を持たなければ、「教養がある」とはいえません。

経営者にはとりわけ教養が不可欠だと考えています。経営者には、外に向けた「戦略の意思決定」、社内組織をまとめるための「人心の掌握」という、大きな責務があります。2つの役割は、ここで定義する教養がなければ、果たせません。そこでまず、前者に教養がなぜ必要なのかについて考えましょう。

■才能の使い方を、教養にもとづき選択

競争のなかで企業が収益を持続的に獲得するためには、他社との違いを打ち出し、自社にユニークな価値をつくらなくてはなりません。そこで必要なのが、経営者の「戦略的な選択」です。経営者の教養が、その戦略的な選択を大きく左右します。戦略的選択が独自の価値基準に裏打ちされているほど、選択した内容がユニークになり、個性豊かな商品やサービスが生まれます。

その好例が、米国アマゾンの創業者であるジェフ・ベゾス氏です。アマゾンはeコマースとしては後発企業でした。eコマースの覇者になれたのは、先行する他社とは明確に異なる戦略を採ったからなのです。

インターネットが普及し始めた頃、情報通でちょっと知恵のある人なら、誰でも「ネット書店」の成長可能性を予見できました。無店舗なので書籍を安く販売できるし、顧客は自宅にいながらいつでもワンクリックで書籍を購入できるからです。そこで、ネット書店のベンチャーが、次々と設立されました。しかし、それらのベンチャーは「低価格」や「利便性」といった同じ土俵での厳しい競争に陥りました。

そうしたなか、「ちょっと待てよ」と考えたのが、ベゾス氏です。「低価格はeコマースの本質ではない」「eコマースは大きな自動販売機ではない」と考え、行き着いたのが、販売データを生かして、膨大な品揃えのなかから商品の選択・購買を支援するインフラをつくることでした。ネットで本を売るのではなく、本のような種類が多いものを消費者が探して見つけて選んで買うという「購買の意思決定インフラ」を売る会社にする決断です。これがほかのeコマースと一線を画すことになりました。そのベゾス氏は、こんな興味深いスピーチをしています。

「今日、私が皆さんにお伝えしたいのは、『才能』と『選択』の違いについてです。『賢さ』は才能ですが、『優しさ』は選択するものなのです。才能を使うのは簡単です。すでに生まれ持っているものですから。けれども、選択するのは難しい。気をつけないと、自分の才能におぼれてしまうこともあります。そうなると才能が、正しい選択をする妨げにもなりかねません」

才能は生まれ持って身に付いているものであり、選択は事後的に自分で判断して行動していくもの。誰しもが一定の才能を持っていて、それをどう使っていくかという独自の価値基準、つまり教養にもとづいて選択していくことが重要だと、ベゾス氏は指摘しているのでしょう。

■技術者としてのオリジナリティー

日本の経営者で、自らの教養を戦略的な選択に生かした代表といえば、本田技研工業の創業者である本田宗一郎氏です。本田氏は、高等教育を受けなかったのですが、経験と独学によって深い教養を身に付けました。とりわけ、本田氏がこだわったのが、技術者としてのオリジナリティーでした。

時事通信フォト=写真

本田氏の独自技術の結晶であり、日本の工業製品のなかで最高傑作の1つに数えられるのが、1957年に開発されたオートバイ「スーパーカブ」です。基本構造は変わらぬまま、現在でも販売されているロングセラーで、販売台数は累計1億台を超えて「世界で最も売れたモビリティー製品」です。スーパーカブがこれほど支持されている理由は、「ユーザーの使いやすさ」を徹底的に追求した点にあります。

たとえば、タイヤの口径を発売当時としては格段に大きい17インチにして、機動的に動けるようにしました。また、両手で操作するのが当たり前だった二輪車のクラッチを、片手でも操作できるように改良し、新聞配達などの作業が楽になるよう工夫しました。「モビリティーは自由で、人間の動きに自然に調和しなければならない」という本田氏のポリシーが、製品のすみずみにまで反映されているのです。同氏は、こんなコメントを残しています。

「変転きわまりない時代にあって、根本的に変わらないものが1つある。それは何かというと、飛躍した言い方になるが、思想であり、その根っこの哲学である」

本田氏の教養に裏打ちされた独自の価値基準、「人間の動きに自然に調和=使いやすさ」へのこだわりといった「哲学」があったからこそ、スーパーカブという製品が誕生したのです。

■教養によって、人間の本性を見抜く

次に、経営者にとって「人心の掌握」のために教養がなぜ必要なのかを見てみます。一言でいうと、それは「人間の本質を掴むため」だと考えています。

人間は二律背反の行動を取る、矛盾した生き物です。モラルの規範となるべき教員や司法官でも、ときとして犯罪といった背徳行為を犯してしまうことがあるのは、彼らも人間だからです。そうした多面的な人間についての深い理解がなければ、部下の考え方や感情がわからず、組織を動かせません。

人間を見抜く洞察力に優れていた経営者の代表が、松下電器産業(現・パナソニック)の創業者である松下幸之助氏です。松下氏も高等教育は受けていません。しかし、自己陶冶によって教養を積み、人間を深く理解できるようになったのです。松下氏が残した名言には、そうした教養が溢れています。

AFLO=写真

「素直な心というのは、何か1つのものにとらわれたり、一方に片寄ったりしない心である。私心なく、ものごとをありのままに見る心である」

なにも「偏見を持たないようにしよう」といっているのではありません。素直な心になれば、物事の真実の姿、すなわち「実相」が見えてくると主張しているのです。松下氏は教養によって、人間の本性を見極める心眼を養ったのだと思います。その証左として、松下電器産業は、事業部制や分社化をいち早く取り入れて成功しました。その背景には「人間は仕事を任されるとやる気が出る」という、松下氏が見抜いた人間の本性がありました。

■読書の最大の効用、事後性の克服

もう1つ重要な教養の意義があります。それは「事後性の克服」です。時間は過去から未来へ流れ、逆流はしません。つまり、経験していない将来のことはわかりようがなく、そうした事後性をいかに克服するかが問題になります。当然のことながら経営者は、未来に向けて仕事をしなければなりません。しかし、未来は誰にもわかりません。では、どうしたらいいのでしょう。

私は読書の最大の効用の1つが、この事後性の克服だと考えています。歴史書や大きな成果をあげた人々の評伝・回想録に記述された内容を手がかりにすれば、今後起こるかもしれない可能性をある程度予測し、その準備ができます。

そうした歴史への造詣が深い経営者としては、米国マイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツ氏が挙げられるでしょう。たとえば、95年当時に次のように述べています。

AFLO=写真

「グーテンベルク以前には、ヨーロッパ大陸全体で約3万冊の書物しか存在せず、そのほとんどが聖書もしくは聖書の注釈書だった。しかし1500年の時点では、書物の総計は900万冊を超え、ありとあらゆるテーマが網羅された」

ゲイツ氏は、現在のITによる「情報ハイウェイ」が、「グーテンベルクの印刷機が中世を変えたのとおなじくらい劇的な変化をわたしたちの文化にもたらすことになるだろう」と、現在の状況をすでに予見していたかのような見解も述べています。

米国アップルの創業者の1人であったスティーブ・ジョブズ氏も、事後性の克服について深く考えていた経営者でした。同氏が2005年に米国スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチから、そのことがうかがえます。

AFLO=写真

「将来を見据えながら点と点を結ぶということなど、皆さんにはできません。できるのは、振り返りながら点と点を結ぶということだけです。ですから、皆さんは、点と点が将来何らかの形でつながると信じるしかないのです」

ジョブズ氏のこの名言は、「一つひとつのアクションをつなげることが重要だ」と解釈されがちですが、「文明がどんなに進んでも、時間の流れる方向を変えることはできず、将来のことはわからない」といった事後性について述べているのだと考えています。そして着目すべきなのは、その事後性の克服のポイントとして、「将来を信じるしかない」と指摘していることです。

しかし、信じ続けるには、ある種の我慢が必要です。そのときの唯一の拠り所が「好きなこと」だと私は思います。ジョブズ氏も先のスピーチの後に「自分は何が好きなのかを知る必要があります」と指摘したうえで、「真の満足を得るための唯一の方法は、素晴らしい仕事だと自分が信じることをやることです。そして、素晴らしい仕事ができるための唯一の方法は、自分の仕事を愛することです」と助言します。

自分の仕事が好きだからこそ、点と点がつながる将来を我慢して待てるのです。そのときに重要なのが、どんな仕事が好きで、どのような仕事が嫌いなのかという自分独自の価値基準、つまり教養を身に付けていることです。

■頭を働かせ、突き詰めて考える

高度に発達したITのおかげで、私たちは膨大なデータを即座に入手できるようになりました。しかし、どんなにたくさんの情報や知識を得ても、考える力が備わっていなければ、それらの価値を判断する教養も身に付かないので、仕事に生かせません。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Rawpixel)

最も肝心なのは、「自分の頭だけを働かせて、物事を突き詰めて考える」という習慣を身に付けることです。PCもスマートフォンもシャットアウトして、自分の頭だけで考える。そうした時間をとれないでいる人が多い。

文明の利器の恩恵によって、現代人は、昔の人に比べて労働時間が大幅に減っています。考える時間が、本当はたっぷりあるはずなのです。しかし、便利な情報検索ツールに頼りきりになった結果、現在人は、自分で考えることを放棄するようになり、教養を喪失するという皮肉な成り行きです。

「衣食足りて礼節を知る」という格言があるように、ゆとりがなければ、教養を高めることはできません。一方で「小人閑居して不善をなす」という言葉もあります。要するに、余った時間をどのように有効活用して、教養を高められるのかを、今のビジネスパーソンは問われているのでしょう。

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楠木 建
一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授
1964年生まれ。92年、一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。一橋大学商学部助教授、同イノベーション研究センター助教授などを経て現職。『ストーリーとしての競争戦略』『すべては「好き嫌い」から始まる』など著書多数。

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(一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授 楠木 建 構成=野澤正毅 撮影=澁谷高晴 写真=AFLO、時事通信フォト、iStock.com)

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