山口真帆を追い出した"AKB商法"の行く末
プレジデントオンライン / 2019年5月21日 6時15分
■新潟の地域アイドルから「日本のアイドル」になった
NGT48の山口真帆の卒業公演が終わった。
山口を含めたった3人だというのに(後から5人が加わったが)会場はファンで埋まり、会場周辺ではネットのライブ中継に見入るファンが多くいた。
暴行事件については語らなかったが、欅坂46の『黒い羊』を歌ったことで、山口は運営側や、襲って来たアイドルハンターといわれる連中と通じていた元仲間への痛烈な批判を込めたようだ。
歌詞には、「黒い羊 そうだ僕だけがいなくなればいいんだ そうすれば止まっていた針はまた動き出すんだろう?」というフレーズがある。その内容を受けてスポーツニッポン(5月19日付)は、「山口は応援してくれたファンに感謝し『これからの夢に向かって力強く歩んでいきたい。またみなさんとお会いできるように頑張ります』と前を向いた。目を真っ赤に泣きはらして『ありがとう』と手を振り、アイドル人生にピリオドを打った」と書いていた。
この事件をきっかけにして、山口は新潟の地域アイドルではなく、日本のアイドルへと飛翔した。23歳の女性が凄いことをやってのけたものである。彼女は女優やモデルをやってみたいと考えているようだが、引く手あまたであろう。
■若い女の子たちを餌にする「AKB商法」の必然的な結末
一方、哀れなのは残されたNGT48のメンバーたちである。今後の活動については白紙状態で、来月以降もめどが立っていないと報じられている。ラジオやテレビのレギュラーも終了して、広告契約もすべて打ち切りになったそうである。
元はといえば、運営側の事件に対する認識の薄さ、対応のまずさがこうした結果を招いたことはいうまでもない。若い女の子たちを餌に、男たちからカネをふんだくろうという"商法"が行き着いた必然的な結末であろう。
だが、これですべてが終わったわけではない。AKB48も人気に陰りが見え、10年続いた総選挙というバカ騒ぎも中止になってしまった。
山口の事件で明らかになった、こうした商法の危うさを考えれば、ここで区切りをつけるべきだと思うだが、不思議に、そうした声が上がらないのはなぜだろう。
■応援したい気持ちだけでは、芸能界は生き残れない?
気になる記事がデイリー新潮(5月19日)に出ていた。
「芸能記者は言う。
『運営側を告発した度胸、そして事件以来、高まる発言力は、今後の彼女の強みとなるでしょうね。彼女がNGTのメンバーでなければ、指原のようになれた可能性も……。ただ、あの事件のおかげで、彼女が注目を浴びたのは紛れもない事実。話題性は十分ですから複数の芸能事務所が触手を伸ばしていると報じられたのでしょう』(中略)
業界関係者はどう見ているのか、聞いてみた。民放プロデューサーが言う。
『彼女を応援したい気持ちはわかります。しかし、それだけでは芸能界は生き残れません。まず、劇場の運営会社であるAKSは、彼女の所属事務所でもある。ああした形で袂を分かった以上、事務所を離れざるを得なかったわけですが、そんな彼女を引き受けるところがあるでしょうか。
AKSの設立メンバーの1人である秋元康さんは、すでに運営には携わっていないと、指原も擁護していましたが、AKSの松村匠取締役が"(秋元さんに)叱責されました"と会見で語ったように、今も厳然たる影響力を持つ実力者であることに変わりありません。当然、業界はAKSに対して忖度するでしょう。秋元さんが関わっているテレビ番組ってどのくらいあると思いますか。AKBグループの冠番組は無論ですが、オンエア中の番組だけでも、日テレではドラマ「あなたの番です」(原案・企画)、フジでは「ミライ☆モンスター」(企画協力)、テレ朝では「無料屋」(企画)、テレ東も「電脳トークTV~相内さん、青春しましょ!~」(企画・監修)、「青春高校3年C組」、他にノンクレジットで参加している番組もあります。普通に考えたら、これらの局はまず出せないでしょう』」
芸能事務所だって彼女には声を掛けませんよというのである。
■これほど見事な戦い方を、たった一人でやったのか?
今時、そんなバカな話がと、私は思う。だが、安倍晋三首相に忖度して公文書を改ざんする役人までいた。秋元も安倍とは親しいと報じられていることを考えると、そういう人間がいることを全否定はできないのかもしれない。
幸い、山口の所属先は、こうした秋元やテレビ局に忖度するプロダクションではないところに決まったようだ。
彼女のこれからの前途が洋々たることを願うが、以前から不思議に思っていることがある。なぜ、山口は、今も天下の秋元の支配下にあるであろうAKSを向こうに回し、あれほどの戦いができたのだろう。
ツイッターなどのSNSを駆使すれば、今の時代、それほど難しいことはないと、ものしり顔でのたまう輩はいる。だが、事件を自ら公表して以来、次々と繰り出すつぶやきは、AKSの支配人の首をすげ替え、大人たちの保身しか考えないやり方をことごとく暴き、追い詰めていったのである。これほど見事な戦い方を、山口は一人でやってのけたのか?
■「秋元康の関係者」が私に対して語ったこと
そんなことを考えている時、秋元康の関係者という人間が、私に会いたいと、知人を通じていってきた。知人への義理もあるので、詳しくは話せないが、5月の某日、その人間と会って話をした。
最初、会いたいという趣旨は、私の書いていることに「事実誤認がある」ということだった。何をいわれるのかとやや突っ張って出向くと、拍子抜けするぐらい和気藹々とした雰囲気で終始した。
詳細は相手との約束もあるのでここには書けないが、要は、もはやAKB48と秋元康はまったく関係がなく、今回のNGT48についても、何らかの関係があるといわれるのは、秋元にとっては迷惑とはいわなかったが、そのような趣旨であった。
事件発覚後、支配人が「秋元さんからお叱りを受けた」と発言したではないかというと、心配した秋元が電話を掛けただけなのに、怒られたというようないい方をされ、当惑しているということのようだ。
私から関係者に提案したのは、今やAKBビジネスに秋元が全く関係ないのであれば、それを堂々と会見で明らかにするか、メディアのインタビューを受けて話すべきだということであった。
どうやら、山口のバックに誰かいるというのは、私の思い過ごしだったようだ。なおさら山口は凄い。
■性的欲望がはち切れそうな連中の前に女の子をさらす商法
説明責任などといういい古された言葉は使いたくないが、社会問題化したNGT事件の大本はAKB商法にあるこというまでもない。
このAKB商法には始めから危うさが付きまとっていた。握手券を買えば、好きなアイドルと握手ができる、触れられるというのだ。週刊誌で伝えられるところによると、このやり方はキャバクラから発想したといわれる。
性的欲望がはち切れそうな連中の前に女の子をさらす商法など、普通は批判されるはずだが、テレビ局も出版社もレコード会社も、この商法に乗ってバカ騒ぎしたため、当初は省みられることがなかった。
2014年5月25日に岩手県滝沢市で開かれたAKB48の握手会イベントで、のこぎりを持った男がグループのメンバー2人とスタッフ1人を切りつけ、ケガをさせた事件が起きても、こうしたことを止めろという論調は広がらなかった。
だが、しょせん人気商売である。人気があるうちはいいが、落ち目になれば、今回のNGT48のように批判が殺到し、これまで沈黙してきたメディアも、自らを省みることなく批判を浴びせてくる。
■秋元康の「解散宣言」こそが、生み出した人間の責任
詳しくは知らないが、秋元がプロデュースした「おニャン子クラブ」も、人気に陰りが出て解散したのであろう。
AKB48も、人気を支えていたメンバーも次々に卒業していって、CDも視聴率も下降線をたどっている。このままいけばAKB48やその類似グループも雲散霧消すること間違いない。
これ以上不祥事を起こさないうちに、秋元が「解散宣言」してやるのが、生み出した人間がやるべきことではないのか。
なかにし礼という作詞家がいる。作家としても『長崎ぶらぶら節』で直木賞を受賞している。私の好きな作詞家だ。
■作家なかにし礼が一つだけ触れてほしくない過去
サンデー毎日(5/5・12号)に巻頭詩「新しい時代の人々へ 平和を愛する友たちと歌う鎮護歌と賛歌」を寄せている。
現実とはまず逃げること 家を棄て街を棄て命以外の全てを棄てて 避難列車を奪い合う群衆を尻目に 軍人退却用の列車に潜り込んだ」
満州に生まれ育ったなかにしが、ソ連の爆撃を逃れ、様々な辛苦を味わい日本へ流れついたところから始まる。終戦後の焼け跡に「リンゴの唄」が流れ、すべてを失ったが、民たちは解放された喜びをかみしめていた。新しく公布された憲法には「基本的人権・国民主権・戦争放棄というかつて見たこともない文字が輝いていた」と歌う。戦争なき時代を奇跡などとせず、当然のこととして継続させようと呼びかけ、
と高らかに歌い上げる。引揚者という経験をした彼でなくては書けない、格調高く、しみじみと胸にしみ込む詩である。
日本を代表する作詞家・作家であるなかにし礼だが、彼には一つだけ触れてほしくない過去がある。
■このままでは日本を代表する作詞家の唯一の汚点になる
週刊ポストの1971年8月23日号に掲載された「芸能界相愛図事件」がそれである。ポストの記者が2人、なかにしのところへ取材に行き、なかにし自らが話したという仕立ての記事になっている。
だが、なかにしは、取材に応じなければ私生活を暴くといわれたと告訴し、記者2人が神保町の路上で逮捕されたのである。
その後、2人は不起訴になる。私はこの事件について取材し、2010年9月30日号のアサヒ芸能に署名原稿を書いた。
私はなかにし礼にも話を聞いた。もちろん本人は全面否定で、そのことを取り上げることもよしとはしなかったと記憶している。
当該の記者には話を聞けなかったが、当時の担当編集者には話を聞くことができた。誌面で私がどう書いたのかをここでは詳(つまび)らかにしないが、功成り名を遂げた彼にとって、思い出したくもない人生唯一のシミのようなものなのだろう。
今やなかにし礼と並んで、日本を代表する作詞家である秋元康にとって、AKB商法が彼の光り輝く人生の唯一の汚点にならないか、心配である。
私の好きな与謝野鉄幹の「人を恋うる歌」の一節を秋元康に贈りたい。
友を諌めに泣かせても 猶(なお)ゆくべきや絞首台
(文中敬称略)
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ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)などがある。
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(ジャーナリスト 元木 昌彦 写真=時事通信フォト)
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