民間男性を皇族にせず天皇制を続ける方法
プレジデントオンライン / 2019年5月25日 11時15分
多くのヨーロッパの諸王国が女系継承を容認したのに対し、フランスはたびたび代をさかのぼって遠縁をたどってでも、男系継承を守り続けた――1594年2月27日のアンリ4世(図中央)の戴冠式(写真=Roger-Viollet/アフロ)
■「側室」の制度がなかったヨーロッパ
新しい天皇陛下が即位され、新しい元号・令和が始まりました。皇室への国民の関心が改めて高まるとともに、皇位継承に関する報道も増え、注目が集まっています。
現在、わが国では、皇室典範の規定により、男系男子にしか皇位継承を認めていません。しかし、男系男子の皇位継承者を永続的に多数、維持することは容易ではないため、男系男子以外にも皇位継承権を認めるかどうかという議論がなされています。本稿では、そのような議論をいったん脇に置き、男系男子継承がそもそも持続可能なものなのかどうかを、多数の王室が存在したヨーロッパの歴史から考えていきたいと思います。
「男系継承者の維持が難しいのは側室が置かれなくなったからだ」とする見解があります(日本の皇室では明治天皇の時代まで側室が置かれていましたが、それ以降は置かれていません)。この見解は正しいのですが、それだけが理由で継承者維持の困難さが生じているわけではありません。というのは、側室がいなくとも、男系男子の継承が長期間続いた例があるからです。フランス王室です。
ヨーロッパの王候貴族は側室を持たず、公妾を持ちました。側室と公妾が決定的に違う点は、その子が地位や財産などの継承権を持つか持たないかです。側室の生んだ子は継承権を与えられたのに対し、ヨーロッパの公妾の生んだ子は王の正式な子として扱われず、王位継承権や財産相続権も認められません(王から爵位を授かって、一貴族となるのが通例でした)。
ちなみに、公妾は公式な地位であり、フランス王ルイ14世の公妾マントノン夫人、ルイ15世の公妾ポンパドゥール夫人に代表されるように、王のブレーンとして、外交や人事、学芸の振興などに深く関わりました。公妾は単なる王の愛人ではなく、宮廷の政治や文化を支える廷臣でした。ルイ14世の王后マリー・テレーズの亡き後、マントノン夫人は事実上の王后として振る舞いました。
■女系継承を認めた結果「乗っ取り」が多発
アジア各国では側室制があったために、皇帝や王に何十人も子供がいるのは普通でした。皇帝や王自身が健康でありさえすれば、男系子孫をいくらでも残すことができ、継承者が途絶えることはありませんでした。側室制によって、男系子孫を絶やさないようにしたことは貴族や武家も同じです。
これに対してヨーロッパでは、前述のように公妾の子に王位継承権が認められなかったため、王統の継承は、皇后・王后の出産にかかっていました。当然、后によっては子供ができなかったり、女子しか生まれなかったりということがたびたび起こります。そういう状況で男系継承にこだわれば、王統は断絶してしまいます。そこでやむなく、女系継承を認めて王統の継承の安定を図ったのです。
しかし、女系継承を認めた結果、ヨーロッパ各国の王室では、婚姻政策による王位乗っ取りのようなことが頻発しました。有名な例が、ハプスブルク家の積極的な婚姻政策です。1496年、スペイン王女フアナはハプスブルク家の皇子フィリップと結婚しました。2人の間にできた長男が、カール5世(スペイン名:カルロス1世)です。
スペイン王国に男子の跡継ぎがなかったため、カール5世はスペイン王位を母フアナから相続します。こうして、ハプスブルク家は合法的にスペイン王国を「乗っ取った」のです。同様の手法でハプスブルグ家は諸国を乗っ取り、現在のオーストリア、ドイツ、オランダ、ベルギー、スペインに相当する、広大な領土を有する大帝国を築き上げました。
■フランスはなぜ男系継承を維持できたか
そうした婚姻政策が横行する中でも、フランス王室は男系男子の王位継承を800年以上も維持しました。987年にユーグ・カペーがフランス王位に就いてから、フランス革命で1793年にルイ16世が処刑されるまでの期間です。その後1814年からの復古王政で即位したルイ18世、その後を継いだシャルル10世もブルボン家の男系、7月王政で擁立された国王ルイ・フィリップも、ブルボン家の支流であるオルレアン家(ルイ14世の弟フィリップの子孫)の血筋でした。
1848年の二月革命によってルイ・フィリップは廃位され、イギリスに亡命。フランス王政はここで終わりました。とはいえ、フランス王統の男系男子の血筋は今日まで続いており、現在はオルレアン家の当主であるジャン・ドルレアンが、名目上のフランス国王ジャン4世となっています。つまり、王家の「血の継承」が1000年以上も続いていることになります。
フランス王室が男系継承を維持できた最大の理由は、直系子孫にこだわらず、遠縁の男系子孫にも王位継承権を広げたからです。フランス王室も嫡出の男子が途絶えることがあり、その度に代をさかのぼって王家の血を引く遠縁の男系子孫を連れて来て、王位を継がせました。
たとえば、カペー王朝は1328年に直系の男子が途絶えると、2代さかのぼった王の次男(ヴァロワ家)の嫡男をフィリップ6世としました。シャルル8世が1498年、嫡男を残さず逝去すると、やはり、4代さかのぼった王の次男(ヴァロワ・オルレアン家)の嫡孫がルイ12世に。ルイ12世も1515年、嫡男を残さず逝去したため、2代さかのぼった公爵の次男(ヴァロワ・アングレーム家)の嫡孫がフランソワ1世となりました。
1589年、アンリ3世が暗殺され、彼に子がなかったため、ヴァロワ朝は断絶します。この時には約300年さかのぼり、聖王ルイ9世の血統につながるブルボン家のアンリ・ド・ブルボンがアンリ4世となり、ブルボン王朝を開きました。このブルボン王朝から、17世紀に太陽王ルイ14世が出ます。
このように、フランス王室はカペー朝を開いたユーグ・カペーの男系子孫たちが、脈々と王位を継承しました。つまり、本家のカペー王家、分家のヴァロワ家とブルボン家の血筋により、男系継承を維持したのです。この例からも、側室制がない場合、男系継承の維持のためには、世代をさかのぼって分家から男系子孫を継承者に据えるという方式が有効であることがわかります。
■「女性天皇」と「女系天皇」の大きな違い
現在日本の皇室をめぐっては、とくに女性の天皇即位を認めるかどうかでさまざまな議論がなされています。その場合、一代限りの「女性天皇」を認めるのか、その女性天皇と民間人の夫の子にも皇位継承権を認める「女系天皇」までを是とするのかでは、皇位継承における意味が全く異なります。「女系天皇」までを是とした場合、ハプスブルグ家の婚姻政策のような、あるいは野心家の民間人男性による、皇統の「乗っ取り」の可能性を開くことにもなりかねません。
日本の歴史にはかつて8人の女性天皇が登場しましたが、これらの女性天皇はすべて、男性天皇の子、あるいは男性天皇の男系の孫・ひ孫などの「男系の女性天皇」でした。「女系天皇」は存在せず、今日に至るまで天皇家は男系を離れたことがありません。
天皇家は民間女性を皇后などに迎えて皇族にすることはあっても、民間男性を皇族にしたことはありません。民間の男性は皇族になれないのです。つまり、男系継承とは女性を排除する制度ではなく、むしろ皇族/王族外の男性を排除し、「王朝の交代」を防ぐ制度なのです。
■「フランス方式」を検討する意義はある
1000年にわたる男系継承を可能にしてきたフランス方式を、直ちに現在の皇室に当てはめることは困難かもしれません。文化や伝統の違いに加え、時代環境の差もあります。昔の后は現在ほど公務に追われることなく、出産に専念できましたし、フランス王室では、男子が産まれない王后と離縁し、再婚することもできました。いずれも、現在の日本の皇室にとって現実的ではありません。
それでも、今後の皇位継承を考えるうえで、フランス方式を検討してみる意義はあると思います。具体的には、戦後、皇籍離脱した旧皇族の皇籍復帰により、男系の皇位継承権者の範囲を広げるという措置になります。復活する宮家が2~3あれば十分かと思われます。「そもそも男系継承にこだわるべきではない」とする論者にとっては意味がないかもしれませんが、男系継承を維持するべきと考える人にとっては、最も妥当な措置であるのは言うまでもありません。
一方で、疑問の声もあります。臣籍降下(皇籍から離れ一般人となること)されたかつての宮家の人々はこれまで、われわれと同じように「俗人」として過ごしてきました。それにもかかわらず、ある日を境に皇族や皇位継承者になるということに、国民の理解が得られるのかどうか。ひとたび俗人となった人が皇族となって、崇敬されるのか。もし皇位継承者にふさわしくないような人物が含まれていたら、どうするのか――。こうした観点から、無理に男系継承にこだわることは天皇制をかえって危うくするという、女系継承容認の立場からの批判も根強くあります。
女系継承容認論を含め、どのような措置も百点満点とはいえず、またどのような制度改変にも困難や障害がつきまといます。であるならば、フランス方式も一つの選択肢として、より多くの国民の理解を得られる皇位継承制度を築くための議論を積み重ねていけばよいのではないでしょうか。
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著作家
1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。代々木ゼミナール世界史科講師を務め、著作家。テレビ、ラジオ、雑誌、ネットなど各メディアで、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説。近著に『朝鮮属国史――中国が支配した2000年』(扶桑社新書)、『「民族」で読み解く世界史』、『「王室」で読み解く世界史』(以上、日本実業出版社)など、その他著書多数。
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(著作家 宇山 卓栄 写真=Roger-Viollet/アフロ)
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