コカ・コーラでの仕事が酢に生かせた理由
プレジデントオンライン / 2019年6月13日 9時15分
飯尾醸造 5代目当主 飯尾彰浩氏●1975年、京都府生まれ。東京農業大学へ進学。同大学院修了後、東京コカ・コーラボトリングに入社。営業企画や営業教育に携わった後、04年に飯尾醸造へ入社。12年6月より5代目当主に就任。
京都の飯尾醸造は125年の歴史を誇る老舗の「お酢屋」だ。漫画『美味しんぼ』に取り上げられるなど、高品質のお酢を造る醸造元として知られる。5代目の飯尾彰浩氏(43歳)は、6年前に父・毅氏から事業を継承。主力商品のプレミアムラインを作ったほか、地元に酢を使ったイタリアンレストランをオープンするなど、新しい仕掛けに積極的だ。
『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』の著者である佐宗邦威氏は、飯尾醸造を日本の中小企業の「リブランディング」の成功例として注目する。「モテるお酢屋。」を目指す飯尾醸造のチャレンジの中身とは――。
■地元も活性化させる「体験価値デザイン」
▼デザイン思考
飯尾醸造の飯尾彰浩さんは、先代までが培った質の高い酢造りの土台をうまく活用しながら、お酢の価値を向上させる経営をされています。今回は「デザイン思考」の観点から、老舗企業のリブランディング成功の4つのポイントを解説していきます。
リブランディング1つ目のポイントは、経営理念をベースにしたPull型の経営です。多くの日本の中小企業は「いいものを作れば売れる」という発想から、取引先企業との付き合いを大事にし、商品ができたら積極的に売りに行くというPush型の経営を取ることが多い。
しかし、飯尾醸造は逆の発想で、ステークホルダーが幸福になる価値を提供することで、自然と自社に還元されるというPull型の経営を行っています。そもそも、飯尾醸造の経営理念は「モテるお酢屋。」。彰浩さんはこう話します。
「モテる、という言葉は2年前に私が使いはじめました。父の代はもう少し硬い言葉を使っていましたが、根本にある理念は変わっていません。味の良い酢を造る。お客様の健康を大切にする。生産者の方々に貢献する。社員の幸せを考える。飯尾醸造ではずっとそれを大切にして、お酢を造ってきました。それを今の世の中にわかりやすく伝えられるのが、『モテる』という言葉だったんです」。
この経営理念は6つのステークホルダー(図)を可視化し、理念に共感してくれる組織や人が集まってくるという経営です。実際、飯尾醸造には営業専任の社員はいません。「矢印が私たちのほうを向くようにすれば、自分たちから無理に押し出す必要はありませんし、より時間をものづくりに向けられます」(彰浩さん)。
■地元が盛り上がれば、いつか自分たちにも返ってくる
ただ、この「内向きの矢印」を維持するための努力は欠かしません。端的な例の1つが、自社でのイタリアンレストラン「aceto(アチェート)」の運営です。明治時代の町家を改装したレストランでは、はちみつ紅芋酢で割ったビール、地元の海の幸や山の幸とお酢を組み合わせた前菜、お酢の原料の米を熟成させて作ったリゾットなど、飯尾醸造のお酢を使った料理を味わうことができます。彰浩さんがレストランにこだわったのは、地元が抱える課題への挑戦でした。
「丹後は天橋立で知られる観光都市ですが、すごく疲弊しているんですね。年間540万人の方が訪れる反面、客単価が3000円しかない。一方で、京都市内は約2万円。どこで差がつくかというと、宿泊をしているかどうか。泊まっていただくには、景色がいいだけではいけません。夜しか開いていないお店が必要だと思ったんです」(同)
彰浩さんはレストランだけではなく、お客様に向けて丹後半島を案内するツアーを組んだり、棚田での田植えや収穫の体験、醸造所の見学なども行っています。実際に、海外からも10カ国以上の方が訪れたといいます。
デザイン思考には「体験価値デザイン」という考え方があります。お客さんの体験前、体験、体験後を総合的にプロデュースするという考え方ですが、彰浩さんの取り組みは、まさにこれを体現していると言えます。
地元が盛り上がれば、いつか自分たちにも返ってきますから――彰浩さんは「地元への投資」と当たり前のように、訥々と口にします。利益を地元に還元するのではなく、地元に貢献することで、自分たちのビジネスもうまくいく。地元が抱える社会的課題を解決しようとすることで、結果的に共感を呼び、ファンの獲得につながっていく好例と言えます。
■富士酢の倍の価格の「富士酢プレミアム」
「体験価値デザイン」を行う一方で、本業である「価値による値決め」も行っています。これが第2のポイントです。
いくらPull型の経営を行ってもステークホルダーからモテようとするだけでは、ビジネスとして成り立たない局面が出てきます。お客様のためと言って商品を安く売り、生産者のためと原料を高く買い取っていれば、当然利益は出ないからです。その疑問をぶつけると「父は良いものを安く、農家にも優しくという人で、これまでうちの値決めは上手くなかったと思います」と彰浩さんは率直に話してくれました。
そこで、彰浩さんは富士酢の倍の価格の「富士酢プレミアム」というプレミアムラインを販売しました。さらに販売面でも、直販の比率を高めることで、富士酢の値段を維持。製造原価は考えながらも、より価値に合わせて価格を決めるように転換していきます。
付加価値のある商品づくりを支えるのは、いち早く新カテゴリーをつくり、大手に真似してもらう「弱者の戦い方」があります。これが3つ目の成功のポイントです。
弱者の理論の背景には、彰浩さんのキャリアが大きく影響しています。彰浩さんは地元の高校から東京農業大学を卒業した後、東京コカ・コーラボトリングに就職します。「いずれ飯尾醸造を継ぐと、子供の頃から自然と考えていました。その前に、大手メーカーの内側を見たい、技術営業を学ぼうと思ったんです」(同)。
その経験を持って「お酢屋」を継いだ彰浩さんが、中小企業の経営者として働くなか見出したのは、「大手と真逆のことをすれば、生き残っていける」ということでした。
「大手は模倣の繰り返しでシェアを奪っていきます。たとえば、伊藤園さんの『お~いお茶』をほかの大手メーカーが後追いすることでお茶市場が拡大しましたし、缶コーヒーもUCCが初めて作った商品ですが、今では販売力でコカ・コーラの『ジョージア』がトップシェアになっています」(同)
彰浩さんは「だからこそ中小企業は、大手メーカーに真似される商品を作るべき」と言います。つまり、大手に模倣される商品を作れば、自社のシェアが小さくなったとしても、マーケットそのものが大きくなることで、十分売り上げのある商品になるというわけです。その考え方のもとで開発、発売したのが食材を漬けるだけでピクルスができる「富士ピクル酢」でした。
「ピクル酢は、冷蔵庫に残った野菜をピクルスにすることで廃棄食材を減らす『エコな酢』として社会的な価値をアピールしました。その結果、多くのメディアに取り上げられたんです。つまり、社会性がある商品こそが世の中に伝わるんです。今は、社会的意義を新商品開発の条件にしています」(同)
あるとき、とある大手が、同じコンセプトで似た名前の商品を販売する際に、「ピクル酢」の商標を持つ彰浩さんのもとに「名前を使っていいか」交渉に訪れました。普通なら商標権でフィーを取るビジネスにするところです。しかし、彰浩さんの返事は「どんどんお願いします」と答えたそうです。実際、1年ほど経つと、他社もそのコンセプトを真似た商品を次々と販売しはじめ「ピクル酢」の売り上げも拡大していきました。
■「BtoC」の比率は、3%から24%に
そして、最後のポイントが、社員の働く意義を高めるためのユーザーとの接点づくりです。先代までは卸店経由の販売が9割を超えていましたが、彰浩さんは直販の比率を拡大していきます。利益率が上がることはもちろんですが、従業員のモチベーションの向上、そして雇用にも役立っています。
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米、酒、酢と自社で造る純米酢
1.自社の棚田で作った米で、2.もろみ(酒)を造り、3.米酢を造る。「静置発酵」と呼ばれる伝統的な製法でお酢を製造。一般的な酢メーカーでは1日で発酵を終えるのに対し、80~120日かけて発酵させる。4.宮津の町家を改築したレストランでは、酢を使用したイタリア料理を味わうこともできる。
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■口コミ重視のネット通販にシフト
「かつてはお鮨屋さんに売り込んだりしていましたが、効果が少ないのでやめました。お店から『使いたい』と言っていただけるいいものを造っているほうがいいんです」(同)。問屋を介した有名百貨店での販売から、口コミ重視のネット通販にシフトしているのも、時代に合った戦略と言えるでしょう。
「この20年で、BtoCの割合は、3%から24%に上がりました。問屋を通さない直販は手間がかかるため、社員の数も倍以上に増員した。売り上げは10から20%しか上がっていないのですが、BtoCになった分、利益も上がっているので、人件費を増やしても大丈夫なんですよ」(同)
東京へ社員旅行に行き、そこでお客様と富士酢を使った「手巻き寿司パーティ」を行うなど「お客様の顔が見える」「美味しいという声を直接聞ける」ことが、従業員のモチベーションのアップにもつながっています。これも、BtoCの効果でしょう。
さらに、お鮨屋さんの無償コンサル業も行っています。「そのお店らしい個性のあるシャリの相談に乗っています。このネタなら、このシャリが合いますよ、という具合で3回繰り返すと、理想のシャリができ、そのレシピをお渡しします」。すると、その店が富士酢のファンになり、顧客になるというわけです。2018年10月には、鮨職人を集めてシャリ作りの腕前を競う「世界シャリサミット」も行うといいます。
デザイン思考に、「ユーザー共創」という考え方があります。作り手とユーザーが直接接点を持って一緒に考えることで、新たな機会を見つけたり、商品アイデアについてすぐにフィードバックを得ることができる。経営者としてはそういう場を作ること自体が、企画のヒントをもらう意味でも、社員のモチベーションアップという意味でも重要なのです。
▼デザイン思考のポイント:直販比率の大幅アップで実現した「高品質」への追求
●本社所在地:京都府宮津市小田宿野
●資本金:20,000千円
●売上高(2017年):394,779千円(前年比101%)
●従業員数:32人
●沿革:明治26年創業。初代が日本一のお酢を造りたいと富士酢と命名。3代目が1964年から無農薬米によるお酢造りに転換。2017年7月よりレストラン事業を開始した。
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BIOTOPE代表 京都造形芸術大学客員教授
1980年、東京都生まれ。東京大学法学部卒。P&Gジャパンに入社し、ブランドマーケティングに携わった後、ソニーを経てBIOTOPEを創業。米国イリノイ工科大学にてInstitute of designを修了。18年8月より大学院大学至善館准教授。
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(BIOTOPE代表 京都造形芸術大学客員教授 佐宗 邦威 構成=伊藤達也 撮影=福森クニヒロ 写真提供=飯尾醸造)
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