巨大IT企業の市場独占が止まらないワケ
プレジデントオンライン / 2019年5月24日 9時15分
■巨大IT企業への規制強化の動きが日本でも浮上
プラットフォーマーと呼ばれる巨大IT(情報技術)企業に対する規制が大きな焦点になっている。グーグル、アマゾン・ドット・コム、フェイスブック、アップルの頭文字を取って「GAFA(ガーファ)」と呼ばれるプラットフォーマー企業は、無料サービスとの引き換えに個人データを集積し、それを武器に旧来型の産業を駆逐しながら巨大化を続けている。EU(欧州連合)では独占禁止や課税逃れ、個人情報保護の観点から規制強化を叫ぶ声が強まり、米国では分割論も浮上している。
そんな中、日本でも、こうしたプラットフォーマーへの規制強化の動きが浮上している。
自民党の競争政策調査会(伊藤達也会長)が4月18日、プラットフォーマーに対して、契約条件の明示などを義務付ける「デジタル・プラットフォーマー取引透明化法(仮称)」の制定などを政府に求める提言をまとめた。
ネット通販などのIT大手と取引する中小企業などが、一方的に契約内容の変更を迫られたり、著しく不利な条件で契約させられたりするケースがあるとして、適切な情報開示や取引条件の変更の事前通知を義務付ける内容だ。
また、公正取引委員会に対し、独占禁止法の「優越的地位の乱用」を適用できるように、夏までに運用指針(ガイドライン)を見直すよう促した。さらに、新しい技術を開発したベンチャー企業を圧倒的な資金力を持つプラットフォーマー企業が買収するケースも相次いでおり、企業のM&A(合併・買収)の審査基準の見直しなども要望している。
■自民党の議員を動かした商店会からの「悲鳴」
自民党の議員が動き出したのには理由がある。
「アマゾン」や「楽天市場」「Yahoo!ショッピング」といったオンラインモールや、アプリストアなどによって、既存の小売店の存立基盤が大きく揺らいでいる。地方の商店会などは言うまでもなく自民党の支持基盤だけに、こうした商店会からの「悲鳴」を無視できなくなったのだ。
また、実際にオンラインモールを利用する小売店などの事業者も大きな不満を抱いていることが明らかになっている。
前日の4月17日に公正取引委員会が中間報告として公表したアンケート結果にも、それがはっきりと表れている。
オンラインモールを利用した事業者に規約の変更について聞いたアンケートでは、運営事業者から「一方的に変更された」という回答がアマゾンで72.8%、楽天市場で93.2%、ヤフーで49.9%に達し、その規制変更の中に「不利益な内容があった」とした回答はアマゾンで69.3%、楽天市場で93.5%、ヤフーで37.7%に及んだ。
また、運営事業者が出店や出品を不承認とした際に、その理由について「説明はなかった」とした回答が、アマゾンで64.0%、楽天市場で70.0%、ヤフーで85.7%に達し、その理由に「納得できなかった」とする回答もアマゾン66.7%、楽天市場69.2%、ヤフー16.7%と総じて高かった。
さらに、運営事業者に支払う利用料は「一方的に決定された」という回答が7割から9割を占めた。
■対象企業への規制権限が複数の省庁に分かれている
また、アップルやグーグルの「アプリストア」についても同様のアンケートが採られ、「一方的に変更された」という回答が前者では81.4%、後者では73.8%に達していた。
この中間報告で公取委は、今後の調査・検討の「視点」として、独禁法上、「利用事業者の事業活動を不当に拘束していないか,といった点が論点になり得る」とした。また、競争政策上の観点からも、「オンラインモール運営事業者と利用事業者の間における取引条件の透明性が十分に確保されていることが望ましい」としたうえで、「オンラインモール運営事業者による運用や検索アルゴリズムの不透明さなどといった点についても論点になり得る」と指摘していた。
「論点になり得る」ということは規制に乗り出すということか、というと、どうもそうではない。
プラットフォーマー企業に対する規制権限は、日本の場合、いくつかの省庁に分かれている。通信事業者などを監督する総務省や、産業育成などで一般企業を担当する経済産業省、そして競争政策を受け持つ公正取引委員会が主な規制官庁だ。欧米は伝統的に競争政策を担う独占禁止当局の力が強く、今回のGAFA規制でも独禁当局が主導権を握っている。
■公取委の力は、経産省や総務省より弱い
ところが日本の場合、霞が関内での公正取引員会の力が弱く、経済産業省や総務省など業界とつながった各省庁に政策的な主導権が移りがちになっている。
5月21日に、経産省と総務省、公正取引委員会が発表した「プラットフォーマー型ビジネスの台頭に対応したルール整備に関するオプション」は、そうした力関係が鮮明に表れた。
今後のルール整備に向けての「基本的な視点」から、当初の規制議論の色彩が一気にトーンダウンしている。こんな具合だ。
「デジタル・プラットフォームは、これを利用する事業者・消費者に効率性や安全性等の多大な便益をもたらすものであり、今や事業者・消費者の社会経済生活において不可欠な存在となっている」
「こうしたデジタル・プラットフォーム経済が更なる発展を健全に遂げていくためには、消費者との関係はもちろん、事業者との関係も含め、利用者層それぞれとの間で公正な取引慣行を構築することで、社会的信頼を勝ち取っていくことが重要である」
もはやプラットフォーマー企業は必要不可欠な存在だとしたうえで、規制についてもこう述べている。
「過剰な規制によって未知の新たなイノベーションに対する抑止となることのないようにしなければならない」
■「独禁法の事業規制では意味がない」のか
さらに、独占的な事業者に対する規制と同様の規制を行うべきだという指摘に対して、「伝統的な『不可欠施設』の運営者に対する規制のような厳しい規制を新たに導入することは、以下の理由より適切であるとはいえない」とまで言っている。ちなみに「不可欠施設」とは電力ガスや鉄道などの公共性の高いサービスを提供する独占事業者のことだ。
そのうえで、2つの理由を記している。
「デジタル・プラットフォーマーの多くは自由競争とイノベーションによって成長を遂げた民間事業者であり、基本的には政府の保護・監督の下で発展した伝統的な独占的な事業者とはその性格が異なる」
「デジタル・プラットフォーマーに対しては、参入規制を設けその中で監督を強めるよりは、むしろ競争環境を整備して、デジタル・プラットフォーム間の競争によるイノベーションを促した方が、その効用を最大限に発揮できると考えられる」
プラットフォームの運営事業者が、利用事業者に不利な契約変更を求めていることなどに対しては、「独占禁止法の不公正な取引方法(優越的地位の濫用等)や私的独占の規制を当てはめる余地がある」としているものの、続けてこう指摘している。
独禁法違反として排除措置命令などを出すことは、厳格な事後規制なので、審査に相当程度の時間を要する。さらにプラットフォーマーが相手の場合、審査が困難で一層の時間を要する。しかも、対応が遅れた場合の被害も大きなものとなりかねないというのだ。つまり、独禁法の事業規制では意味がないと言っているのである。
■プラットフォーマーだけを規制できない事情
そのうえで、ガイドラインの制定や事業者団体の組成などを検討すべきだとしている。自民党の調査会が求めた、ガイドラインの制定でお茶を濁そうとしているようにみえる。
欧米のような「契約社会」と違い、日本は中小企業など「下請け」企業や業務請負の労働者の権利はなかなか守られない。強いものがその立場を利用して取引条件を決めるケースが少なくないが、公取委が「優越的地位の乱用」で強者を処罰することはほとんどない。
自動車メーカーの下請けに対する締め付けは有名だが、下請け企業が青息吐息でも巨大メーカーは巨額の利益を上げてきた。そんな下請けとの取引関係についても本格的にメスが入ったことはない。そんな中で、GAFAなどプラットフォーマーだけを「優越的地位の乱用」で規制するわけにはいかないのだろう。
巨大な企業がどんどん肥大化し、富を独占していく今の資本主義に、欧米諸国は危機感を持っている。そんな中で、日本はいつまで大企業優先の政策を続けていくのか。公取委の奮起を期待したい。
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経済ジャーナリスト
1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸 写真=時事通信フォト)
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