"こんまりメソッド"に世界が熱狂したワケ
プレジデントオンライン / 2019年5月26日 11時15分
近藤さんの片付け思想の根幹には、神道に根差した精神世界を垣間見ることができる――。ネットフリックスのリアリティーショー、『KonMari 人生がときめく片づけの魔法』のワンシーン(写真=Everett Collection/アフロ)
■アメリカ人の心をわしづかみに
“こんまり”こと近藤麻理恵さんが世界でブレイクしている。片付けコンサルタントとして活躍する近藤さんは、2010年、『人生がときめく片づけの魔法』を上梓して話題になった。2014年にはアメリカでも同書が出版され、大ベストセラーになるとともに一躍有名人に。時を経て“こんまりブーム”も落ち着いたかと思われたが、2019年、世界最大級の動画配信サービスであるネットフリックスで『KonMari 人生がときめく片づけの魔法』というリアリティーショーが配信されるやいなや、再び大反響を巻き起こした。
いまやアメリカでは「Kondo」という言葉が「片付ける」という意味で使われるほどの社会現象を巻き起こしており、『TIME』誌では近藤さんを「世界で最も影響力がある100人」の1人に選出している。単なる収納術や清掃スキルではなく、「ときめくかどうか」を基準に“断捨離”をするという独自の哲学が、アメリカ人の心をわしづかみにしているのだ。掃除という極めて日常的な作業のなかにも「おもてなし」や「ときめき」といった要素を見いだすことで、その人の働き方や生き方までも変えていく。そうした独自の着眼点に世界が熱狂しているのである。
ネットフリックスのリアリティーショーは、近藤さんがアメリカの一般家庭を訪問し、片付けによって家を大改造する内容で構成されている。極端に片付けができない人の大半がそうであるように、番組に登場する依頼人は、夫の遺品を手放せない女性や出産を控えたカップルなど、心に悩みを抱えていたり、人生の転換期を控えていたりする人たちが少なくない。
近藤さんはそんな彼らに独自の「こんまりメソッド」を伝授しながら、家の片付けだけでなく、彼らの内面にまで変化をもたらす。物の取捨選択を通して自らと向き合うことで、依頼人が前向きな気持ちを取り戻していく過程は、さながら「片付け」という名目の心理セラピーといっても差し支えないだろう。
■殺伐とした一軒家に妖精のように現れる
片付けが完了した家のビフォー・アフターを見て、依頼人や視聴者がある種のカタルシスを感じるような同番組の構造は、決して珍しいものではない。むしろ、日本国内でも海外でもありふれたジャンルといえる。しかし実際に番組を観てみると、そこには、特に外国人が引きつけられるような特別な要素があることに気づく。
その一つが、近藤さんのキャラクターだ。舞台はアメリカの一軒家。家のなかはひどく散らかっており、そこに住む人たちは常にイライラしている。そんな殺伐とした場に、満面の笑みをたたえた近藤さんが「ハロー!」といいながら現れる。いつもふんわりとしたスカートを身にまとい、大きな収納箱をいくつも抱えている。
近藤さんはとても小柄だ。大きなアメリカ人と並ぶと、その小柄さがいっそう際立つ。そんな近藤さんがつぶらな瞳をしばたたかせながらニコニコ笑っている様子は、まるでジブリに出てくるアニメのキャラクターか、不意に現れた妖精のようである。
「こんまりメソッド」のキモには、物を「ときめくかどうか」で判断し、心がときめかない物は減らしていくという理念がある。この「ときめき」は「Spark Joy」と英訳されバズワードになっているが、こうしたキラキラ感が近藤さんの“妖精っぽさ”に拍車をかけ、そのキャラクター性が人気を呼んでいるのではないか。
■自らを責める「片付けられない人」の救いに
もちろん、社会現象にまで発展したヒットの主軸には、「こんまりメソッド」の独自性がある。「ときめき」をはじめ、近藤さんの片付け思想には数々の独自のメソッドがあるが、その根幹には神道に根差した精神世界を垣間見ることができる。実際に『人生がときめく片づけの魔法』を読んでみると、片付けを「物と対話する作業」と位置づけ、物を擬人化するような表現が多い。
オフシーズンの服に対して、次の季節に「また会いたいか」どうかを考える。押し入れにしまいっ放しの物はすべて「寝ている」。家にある物はその「おうちの子」。新品のタグを取る作業は「『へその緒』をパチンと切ってあげる儀式」。物に精神性を求めるこのような発想は、八百万(やおよろず)の神の世界観に極めて近いものがあり、片付けを理論的な作業として捉える外国人にとっては新鮮なものだったにちがいない。またそうした哲学は、物を捨てられない、片付けられないことに悩み苦しみ、自らを責める人々の救いにもなっている。
愛着があるから捨てられないという人のリアルな心情を否定せず、それにどこまでも寄り添っていく。そんな近藤さんの懐の深さが、依頼者や視聴者の心を動かしている。もし「こんまりメソッド」がたんなる大量消費社会へのアンチテーゼにとどまっていれば、断捨離やミニマリズムの“妖精版”といった程度の評価で、これほど話題にはならなかったのではないか。
■外国人の琴線に触れたその精神性
近藤さんが作業着ではなく、常にスカートやジャケットといったフォーマルないでたちでいるのは、片付けを「家を出ていくモノたちの門出を祝うお祭り」と捉えているからだそうだ。片付けを「祭り」と表現するのも、どこか日本古来の自然崇拝的なバックボーンが感じられる。
実は近藤さんは、過去に巫女(みこ)として5年間アルバイトをしていた経験をもつ。なるほど「こんまりメソッド」の特異性は、そうした背景を考慮すればストンと腑に落ちる部分が多い。外国人の琴線に触れた近藤さんの精神性は、神道が培ってきた多様性や、落語に見る優しい世界観といった、『なぜ日本の当たり前に世界は熱狂するのか』で描いた日本独自の気質とつながっているのではないだろうか。
近ごろは、近藤さんの「アンチ」も発生しているという。本を「ときめき」で取捨選択して処分することに反発を覚えるインテリ層がいたり、はたまた近藤さんが英語を話さないことに対しての批判まで起きた。いずれにせよ、近藤さんの本を読んだ人、番組を観た人がそれを話題にしたくなる要素を大いにはらんだ世界的コンテンツを確立したという点で、「こんまりブーム」はまだまだ続きそうである。
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脳科学者
1962年東京生まれ。脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学理学部、法学部を卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程を修了、理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。「クオリア(意識のなかで立ち上がる、数量化できない微妙な質感)」をキーワードとして、脳と心の関係を探求し続けている。『脳と仮想』(2004年、新潮社)で小林秀雄賞を、『今、ここからすべての場所へ』(2009年、筑摩書房)で桑原武夫学芸賞を受賞。
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(脳科学者 茂木 健一郎 写真=Everett Collection/アフロ)
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