ビジネスエリートが"教養力"を磨くワケ
プレジデントオンライン / 2019年7月8日 9時15分
(1)自分を賢くしてくれる教養とは?
■出口▼幸せな人生は「知識」×「考える力」でもたらされる
みなさんは「おいしいごはん」と「まずいごはん」、どちらを食べたいですか? もちろん大半の人が「おいしいごはん」と答えるでしょう。では、おいしいごはんを因数分解したらどうなるか。「食材」と「料理法」に分解できます。よい食材を上手に料理したときにおいしいごはんになるのです。
人生も料理と同じ。「おいしい人生」は「知識」と「考える力」に因数分解できます。フランシス・ベーコンは「知は力なり」と言っています。16世紀半ばから17世紀前半にかけて哲学、神学、法学などの世界で活躍した人です。
ただし、よい食材を集めるだけではおいしいごはんが作れないように、知識ばかりを集めてもおいしい人生は送れません。卓越した料理人がよい食材を素晴らしい料理に変える腕前に当たるのが「考える力」です。つまり教養とは「知識」×「考える力」と定義すると一番わかりやすいと思います。
知識を得る方法は「人、本、旅」です。多分野の人に会って新しい知識に触れて刺激を受け、本を読んで知識を吸収して著者の考え方や発想のパターンを学び、訪れたことのない場所に行ってその地域の風習や価値観を学ぶ。この3つ以外に人間が賢くなる手段はないと思います。
教養における「知識」と「考える力」の比率は3対7くらいで考えるのが妥当です。
考える力は「発想力」と言い換えてもいいでしょう。会話をする相手も、ただ知識だけが豊富な人では退屈します。発想がユニークで面白い人と話しているほうが何倍も楽しい。
もちろん知識はあるに越したことはないのですが、その知識をどう料理するかのほうがはるかに大切です。
自分の常識を破ってくれる相手に、僕自身も引かれます。
■竹中▼教養は、国を超えて人と人とをつないでくれる
勉強する目的の1つは、相手と戦い、勝つためです。経済の競争は厳しく、企業やそこで働く社員の生存競争も激しい。例えばフィンテックの時代に備え、金融工学を学ぶのは戦ううえで必要だから。英語を学ぶのはグローバリゼーションの時代に生き残るためです。
しかし勉強の目的は、戦いだけではありません。教養は人と人を結び付ける。英語をマスターすれば、世界各地で多くの人と会話ができます。ただし語学だけでは十分ではなく、政治や経済、歴史、文化などについて自分なりの見識を持てなければ話せません。例えば今、世界で勢いを増しているポピュリズムについて語ることができれば、「キミの国ではこんなことが起きているのか」と話題が広がり、深まっていきます。
日本では、知識が豊富な人が教養のある人といわれがちです。でも現代はインターネットでかなりの知識は得られるので、知識量はそれほど重要ではなくなりました。どのように考え、どうロジックを組み立てるかが、より重要になっています。
例えば安倍首相が2019年のダボス会議でデータガバナンスについてスピーチしました。18年は、ドイツのメルケル首相が、これからの経済競争は一にも二にもビッグデータの競争であると発言しました。ビッグデータをAIでどう活用していくかが国際競争の優劣を決める時代になっています。
まず、データが資産であることが理解されているのか。そしてデータは誰のものか。私がフェイスブックに書き込んだ内容は私のものだともいえるし、データを持つフェイスブックのものだともいえる。一緒に作ったものだから両者の共有物、さらには全人類の共有物ともいえる。そうやって本質を深く考えていくことが求められているのです。
■御立▼教養は「人を動かす」リーダーの基礎科目
英語で“Liberal Arts”と表現される「教養」は、中世ヨーロッパの大学の科目に由来します。今でも米国のアイビーリーグ(※)の大学は「リベラルアーツ・カレッジ」と呼ばれています。学生はリベラルアーツ・カレッジを終えた後、そこから医学部や法学部など専門領域に入っていく。つまり、教養とは、リーダーが修めるべき基礎科目の総称なのです。
その基礎科目は中世の後半に固まり、「自由7科」として定まります。なぜ「自由」とついているのかというと、親の職業を世襲的に受け継ぐのではなく、自分で職業を選択できる「自由人」であるためにマスターしなければいけない科目であるから。
自由7科はラテン語で“trivium”(トリヴィウム)3科と“quadrivium”(クォードリヴィウム)4科で構成されます。トリヴィウムは論理学、修辞学、文法の3科目で、自分の考えをまとめて他人に伝え、人々を動かすための科目、コミュニケーションに関わる学問です。かたやクォードリヴィウムは、幾何学、代数学、天文学、(数学的な)音楽理論の4科目。言ってみれば、どのように世界をモデル化して考えを進めていくか。その手立てとなる学問を指します。
例えば、経済学は経済すべてを表記することはできないので、モデル化して考えています。政治学は権力構造が存在するときに何が起きるのかをモデル化している。社会学はグループがどのような行動をし、それはコントロールできるのかをモデル化して社会を捉えます。
※ハーバード大、イェール大など米国北東部の名門私立大学の総称。
このように、世の中の現象をモデル化して理解することが、自らで考えるベースとして不可欠なのです。近年、新しく登場してきたAIや遺伝子工学、ナノテクノロジーもやはりモデルを使って考えることで理解が進むはずです。重要な分野のモデル化の基本こそ現代の自由7科であり、教養なのです。
(2)どの場面で、何が役に立つのか?
■出口▼イノベーションを起こすのに「教養」は必須
今、世界中の企業がイノベーションを起こそうと必死です。136年前オーストリア・ハンガリー帝国(現チェコ)に生まれた経済学者、ヨーゼフ・シュンペーターが提言したとおり、イノベーションは既存知の組み合わせであり、既存知の距離が遠ければ遠いほどイノベーションが生まれやすいといわれています。つまりビジネスばかりを勉強していてもイノベーションは生まれないということ。ビジネスと歴史、ビジネスと音楽など、学ぶ分野が大きく異なったほうがイノベーションは起きやすいのです。
象徴的な話では、世界の金融界のトップを走るゴールドマン・サックスの会長兼CEO、デビッド・M・ソロモン氏はビジネスマンでありながらプロのディスクジョッキーでもあります。最先端の金融業務とまったく関係のない世界があったからこそ、ビジネス界で立派な業績があげられたのです。
教養をつけることは個人だけではなく、企業のマネジメント上も非常に重要です。アイデアもイノベーションも本源的には人間の脳から生まれてくるのですから。
GAFAや、未上場のスタートアップ企業でありながら評価額が10億ドル以上と大きな可能性を秘めた「ユニコーン企業」は、会社ぐるみで必死になって脳科学や心理学を学んでいます。そういう会社のオフィスは原色で彩られていたり、部屋の形が曲がっていたりとほかのオフィスとは一線を画します。どういう部屋の形にして、壁や天井はどういう色を使えば、社員が自然とやる気を出すかを計算し尽くして、実際に試しているのです。
それに比べると、日本企業の多くではいまだに根拠なき精神論が幅を利かせ、精神訓話を振りかざして経営しています。脳科学や心理学などの学問をベースにして人間の可能性を引き出さないと、GAFAに比肩するどころか、どんどん差を広げられてしまうでしょう。
■竹中▼いまも守る先輩の「川を上れ、海を渡れ」という教え
私が若いころ、日本開発銀行から大蔵省(現財務省)に出向していたときに先輩から言われ、今も意識しているのが「川を上れ、海を渡れ」という格言です。「川を上れ」は歴史をさかのぼって考えてみろという意味。歴史上で起きた事件とまったく同じことが繰り返される例はないでしょう。でも、歴史はファクトの積み重ね。そこから得られる成功と失敗のエッセンスは次に起こることの予測に大変役に立ちます。その意味で、教養としての歴史が欠かせないのです。「海を渡れ」は海外の事例を知れということ。私たちが悩んでいることはたいてい海外の人も悩んでいて、解決を試みて成功した例もあれば失敗した例もあります。
私たちがビジネスで悩んでいることも、川を上り、海を渡ることによって学べる事例が見つかることが多いと思います。
ビジネスでは解が存在しない問題も多く、それにどうアプローチしていくかも重要です。マサチューセッツ工科大学(MIT)のメディアラボラトリーで最近、重要視されているのが、“learning over education”。“education”が教育によって知識を与えられることよりも“learning”つまり自ら学ぶことが大事だといっているのです。
日本人の場合、すぐに解を求めてしまう傾向があります。これは今までのマークシート主体の大学入試の弊害だと思います。入試問題ではほとんど解が用意されていますからね。
MITのメディアラボでは“compasses over maps”という思考法も注目されています。地図より羅針盤のほうが重要だということです。
地図は私たちが持っている概念。例えば、偏差値の高い学校を出て、一流企業に就職して管理職になり、やがて役員用のクルマと秘書が用意されるようになるといった人生の地図が存在しています。でも地図は永遠のものではありません。昨日まで一流ともてはやされた企業が一晩で潰れてしまうこともあります。だからこそ、地図より人に必要なのは羅針盤だといっているのです。羅針盤とは「自分はこれをやりたい」というパッションを指します。パッションを基に自分で何かを切り拓くために必要なのが教養で、その力がビジネスを成功させる原動力になるのです。
■御立▼成功するには分野の壁を越えなければならない
ビジネスパーソンがすべての領域で専門家になるのは難しい。しかし、多様な分野の専門家に質問できるレベルの教養は身に付けておくべきでしょう。例えば、近年コンピュータや医学などの専門家と一緒にビジネスのプロジェクトを進める場面が多くなっています。そのときビジネス言語だけでなく、専門家たちの使う言葉や思考のモデルを知っておかないと話が進みません。地政学の基本モデルや常識もある程度知っておかないとグローバルでのビジネスができないというのが典型的なケースです。教養は自分と専門家をつなぎ、ビジネスのプロジェクトを成功に導く重要な武器なのです。
「つなぐ」という意味では、分野と分野をつなぐことも重要です。例えばコンピュータサイエンスと遺伝子工学。双方の知識や技術を用いて遺伝子治療が大きく進んだように、もともとあった学問間の壁がなくなることで、新しいイノベーションが生まれます。データと数学、生命科学、あるいはマテリアルサイエンス。こういった領域は他分野との掛け算で価値を生む例がどんどん出てきています。
また、従来型の業界知識と経営学だけを知っておけば経営に十分という時代でもなくなりました。私がかつて在籍した航空業界などはその典型です。この20年、アジア通貨危機や9.11、リーマンショック、SARS、エボラ出血熱など、航空業界を揺るがす出来事が3~4年に1回の頻度で発生しています。エアライン同士の競争とは関係のないところで、業界の利益率が大きく変動するわけです。幅広い教養を身に付け、リスク回避策やレジリエンスを考えておかなければ経営への責任を果たすことができないのです。
(3)どうやって身に付ければよいのか?
■出口▼「エピソード」ではなく「エビデンス」で物事を見る
僕は教養を「知識」×「考える力」と定義しましたが、これから考える力のウエートがますます高まります。比率は3対7が2対8になり、1対9になって、より考える力を鍛えることが求められる。その力を養う1つの手法が、「エピソード」ではなく「エビデンス」で物事を判断することです。
先日、友人がヨーロッパ遊行から帰ってきて、一緒に飲んでいたら、「やっぱり日本人は優秀やな」と語りはじめました。僕が「なんでや?」と聞くと、向こうの百貨店では店員はニコリともしないし、商品を包んでもくれないというのです。確かに日本の百貨店ではどこに行っても、店員はにこやかで、商品をきれいにラッピングしてくれます。これはエピソードです。
エビデンスで考えてみましょう。友人が買い物をしたのはパリの有名百貨店「ギャラリー・ラファイエット」でした。フランス人のここ20~30年の年間労働時間は1300時間程度。その労働時間で経済は2%成長しています。同じ期間、日本人は年間2000時間働いて1%成長したにすぎません。日本の百貨店の店員は優秀かもしれませんが、それが生産性の向上に結び付いていないわけです。エピソードは自分の都合のいいように結論付けることができます。エビデンスで物事を判断しないと、全体像が正しく見えてきません。
常識を疑うクセを付けることも考える力を養ういい方法です。これもお酒を飲んでいるときの話です。ある大企業の役員が「最近の若者はわがままや。転勤が嫌やと言う。こんなんじゃ日本の未来は暗い」と話したので、僕は酔った勢いで「キミみたいなのが日本をダメにするんや」と言い放ってしまいました。その役員にとって、家は帰って寝るだけの場所。でも、若い社員は地域のサッカーチームで子どもたちにコーチをしていたり、パートナーが仕事を持っているかもしれない。
結婚している社員のパートナー全員が専業主婦(夫)だとは限りません。会社が社員の都合を聞かず意のままに転勤させるのは、社員と地域やパートナーとの関係を一切無視した非人間的な発想です。その役員は「希望者だけ転勤させたら過疎地やへき地へは誰も行くやつがおらん」と反論してきました。僕は「過疎地は何で困ってるんや。仕事がないからやろ。転勤に頼らず、現地で社員を中途採用したら、お前んとこの会社、人気出るで」とアドバイスしておきました。どこへでも転勤する社員が偉いなどという常識はごく狭い世界の中での見方にすぎません。それを喝破する力を付けることが教養を磨くということです。
■竹中▼先人の思考のプロセスを知り、自分の思考を広げる
世の中には考える素材は山ほどあり、参考文献を調べながら、先人はどう考えたかを知るプロセスを経て、自分の思考が広がっていきます。このプロセスを身に付けているかどうかが、教養人であるかどうかの違いです。
インターネットで検索し、知識という材料を集めるのは構いません。でも、答えまでも検索してしまっては教養が身に付きません。集まった材料を前に、じっくりと考える時間を持つことが大切です。
私はいわゆる団塊の世代で、大学進学率が高まった時代に幸い最高学府で勉強させてもらいました。一方で私の両親は大学を出ていません。それでも、大学を出ていない両親のほうが教養はあると確信しています。
何が違うかといえば、考える時間の違いだと思うのです。私たちは受験勉強をしたけれど、考える訓練を受けずに大学生になり、大人になって教養が身に付いていないと反省した世代でもあるのです。
今、教養番組や教養本の類いがたくさん出ています。ただ、それは知識にすぎません。例えば日本史の教科書を読んでいると江戸時代前期に上方で元禄文化が栄えたという話が出てきます。それを見たときに、「江戸時代前期、上方、元禄文化」と覚えるだけではなく、なぜ上方で起こって江戸では起こらなかったのかとか、その時代の年収はどれくらいで、普段の生活の中でどのようなことをしていたのかとか、より深く考えていくことで本質を捉える思考を鍛えることができるのです。
ヨーロッパのウィーン学派は「懐疑主義」で知られていますが、まさにすべてについて懐疑的に見る必要があるでしょう。本当にそうかと常に疑い、人間は本当に完璧な存在なのかとまで疑う。疑う中で教養も鍛えられるのです。
教養があることを示すうえではちょっとしたユーモアも大事です。これは政治家の先生が長けている分野です。森嘉朗・元首相がときどき使うジョークが、「私が好きなお酒は焼酎の『森伊蔵』です。『森いいぞ』と言ってるからね」。大半の政治家はそんな小ネタを持っているものです。
私も東洋大学の立て看板で「竹中は若者の未来を奪うやつだから教壇に立たせるな」と書かれたときは、ある講演で「私は東洋大学の看板教授になるつもりだったのに“立て看板教授”になってしまいました」とジョークで返しました(笑)。
■御立▼ネットワークを身近なところから広げていく
これから人と人、分野と分野を“つなぐ力”が重要になってきます。つなぐ力を身に付ける一番確実な方法は、その分野の専門家に教えを乞い、できれば一緒に仕事をすることです。
私の場合ですと、地政学の専門家であるイアン・ブレマー氏と一緒に本を書く機会を得ることができました。共同で本を作ると、疑問点をその都度質問でき、その分野を知ることができますし、彼の専門と私の専門のつながりがより見えてくる。ほかにも東京大学大学院経済学研究科の柳川範之教授とも経営戦略をゲーム理論で考えるというテーマの本でご一緒しました。
専門家につながるには、自分のネットワーク力、アクセス力を高めるしかありません。「人と会うこと」そして「信頼関係をつくること」。この当たり前のことが次の出会いを生み、ネットワークを拡充する一番確かな道だと思います。
たとえ話をすると、遠い親戚から50億円の遺産が入り、相続の相談をしたいとなったら、どうするでしょうか。インターネットで会計士や弁護士を探すだけではなく、知り合い、もしくは知り合いの紹介がある人を探すでしょう。そして実際に会って、相手が自分のニーズをわかってくれて、信頼が置ける人かどうかを判断すると思うのです。
ある程度キャリアを積んでくれば、高校時代からの友人や仕事関係の相手など、どこかしらに専門家につながるツテがあるものです。高校時代の同級にも別の専門で活躍している人たちがたくさんいます。身近なネットワークから一歩一歩広げていくことをお勧めします。
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立命館アジア太平洋大学(APU)学長
1948年、三重県生まれ。京都大学法学部卒。日本生命を経て、ネットライフ企画(現ライフネット生命)を設立。18年より現職。
竹中平蔵(たけなか・へいぞう)
東洋大学国際学部教授
1951年、和歌山県生まれ。一橋大学経済学部卒。現在はパソナグループ会長、慶應義塾大学名誉教授も務める。博士(経済学)。
御立尚資(みたち・たかし)
BCGシニア・アドバイザー
1957年、兵庫県生まれ。京都大学卒。日本航空を経て、BCGへ入社。2005年に同社日本代表に就任し、17年より現職。
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(立命館アジア太平洋大学(APU)学長 出口 治明、経済学者/東洋大学国際学部教授 竹中 平蔵 構成=Top Communication 撮影=藤原武史、市来朋久、大槻純一 写真=共同通信イメージズ、AFLO、iStock.com)
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