外資エリートが"炊き出し参加"で得た衝撃
プレジデントオンライン / 2019年5月28日 15時15分
■上野公園の炊き出しボランティアでショックを受ける
J.P.モルガンではボランティアの募集が頻繁に行われており、多くの社員がさまざまな形で参加している。近年では日本でもボランティア活動がさかんになりつつあるが、実は私はこうした活動にあまり関わってこなかった。
弊社では社員ボランティアの募集は全社員メールで行われている。海岸や街の清掃から高齢者、貧困層、障がい者の支援に関するものなど、実にさまざまなボランティア機会が用意されており、社員が自分の都合に応じて参加しやすいよう、平日のものもあれば週末のものもある。その中に上野公園での炊き出しボランティアの募集を見つけた。ちょうど予定の無い週末だったのでこれに申し込み、出かけてみることにした。
まず午前中に向かったのは、倉庫のようなところにある狭いキッチンだった。そこで食材の調理・箱詰めなどをする。そのうえで、お昼から上野公園の路上生活者に食事を配給する。
この豊かな日本、東京で、300人近くの人たちが食事を求めて列を作っている光景はかなりショックだったが、それよりも考えさせられたのは、ボランティア活動に参加している人の顔ぶれだった。ほとんどが、外国人か、または人生のほとんどを海外で過ごした帰国子女。私のような日本で生まれ育った日本人はかなりの少数派であった。
■50年の人生で初めて聞いた「プロボノ」という言葉
自分もそうだったので偉そうなことは言えないが、日本人はこうしたボランティア活動にあまり積極的ではないように思える。なぜなのだろう? 労働時間が長過ぎて余裕がないからだろうか。それとも恥ずかしがり屋だからだろうか?
いずれにしても、そうした状況が気になり、もっと積極的に関わってみようと思い立ち、CSRの担当者にJ.P.モルガンが行っている企業責任・フィランソロピー活動について話を聞くため、ミーティングを設定してもらった。
J.P.モルガンは、JPモルガン・チェース財団を通じて、就労支援、スモール・ビジネス支援、金融リテラシー向上につながる取り組みを支援するために2023年までに17.5億ドルを拠出することを約束していると知った。
本社のある米国における最大の取り組みは『Invested in Detroit』である。自動車産業の中心地であったデトロイト市の財政破綻を受け、2014年から立ち上げた支援で、2019年までの5年間に1.5億ドルという大型拠出を約束している。私がボランティア、と聞いて想像するものをはるかに超える規模だった。
このデトロイト支援の話の中で「プロボノ」という言葉がでてきた。デトロイト復興支援では、世界中から選抜された弊社社員がデトロイトのNPOに一定期間出向し、おのおのの経験や知識を用いてその地のインフラ再建や職業訓練等の就労支援、マイノリティの起業支援などを行っている。
つまり「プロボノ」とは、社会人が自らの職業上の専門知識やスキルを活かして行うボランティア活動のことである。プロボノ? 間違いなく私の過去50年間の人生で一度も聞いたことも見たこともない言葉だった。
■必要なのは職業上の専門知識より学生時代の知識
炊き出しのボランティアも意義あるものだったが、自分の経験や知識を活かして行うボランティアに私は興味を持った。するとCSR担当者が、「デトロイトとは規模や内容は違うけれど、日本でもプロボノ活動はできますよ」と、ある活動を紹介してくれた。キッズドアというNPO法人が経済的に苦しい家庭の高校生の学習支援を行っているので、市場調査部としてそのサポートをしてみないかと言うのだ。
確かに、われわれは金融市場に関する専門知識を有する集団なので、その分野なら大いに貢献できると思い、早速キッズドアの職員の方とお会いし、どのような形で貢献ができるかを相談してみた。
当初私は高校生に、経済とは何か、為替や株式市場とは何かを教えるということを想定していた。そして、幾つかアイデアを提案してみたが、キッズドアの反応はあまり芳しくなかった。そこで、逆にどのような貢献を望まれているかとお尋ねしたところ、「学校の宿題や試験に向けた勉強を教えてもらえるのが一番助かる」とのことだった。
なるほど、それは確かにそうだろう。高校生も金融経済の知識を持っておくに越したことはないが、その前にまず目先の宿題・試験を乗り越える必要がある。そう考えてみると、われわれ市場調査本部の中には、学生時代に家庭教師のアルバイトをしていた者が何人もいる。こうした同僚を引き連れて、試験前の高校生たちの試験勉強を手伝ったら、喜んでもらえるのではないか、と考えた。
私は早速、高校生たちの試験期間直前の日程を設定し、「J.P.モルガン・デー」と銘打って、何人かの同僚と共に高校生が集まる場所に出かけて行った。夕食を持ち込み、午後6時から夕食を一緒にとり、2時間ほど一緒に勉強をするという企画だ。当初、高校生たちが素直に聞いてくれるか不安だったが、差し入れの夕食をうれしそうに食べる彼らの無邪気な笑顔を見ていると心配は消えていった。
■日本の子供の7人に1人が貧困という現実
厚生労働省の調査によると、日本の子供の7人に1人が貧困状態にあるそうだ。保護者一人・子供一人の2人家族の場合は年間173万円以下、3人家族では212万円以下で暮らしている状態だそうだ。現在の日本にそのような貧困状態にある子供が7人に1人もいるなどとはとても信じられなかった。それだけに、そうした家庭の子供はどのような子供なのだろうと、正直実際に会うまではやや緊張していた。
しかし、実際に会ってみると、見ためでは彼らが貧困状態にあるとは全く分からない。一緒に食事をしながら談笑している彼らは、普通の素直で明るい高校生である。ただ、次第に打ち解けてきて、話が進むと彼らの置かれている厳しい状況が少しだけ見えてきた。
まず、皆当たり前のようにアルバイトをしているようだ。学校に行く前に朝早くからコンビニで働き、学校が終わると夜遅くまで居酒屋で、と朝晩かけもちしている子もおり、育ち盛りの彼らがきちんと睡眠をとれているのだろうか、と心配になるほどだった。稼いだお金を家に入れたり、将来の学費のために貯めたりしている子もいる。
■十代で家族を養うという現実
夕食の時間が終わり、勉強の時間になって、高校生が勉強を始めると、われわれは何気なくそれをみて回り、自分が教えられそうな高校生の横に座って、徐々にアドバイスを始める。
特に決まり事はないが、理系の同僚は率先して物理や数学を勉強している高校生の横に座る。文系の私は社会や英語を勉強している高校生の横にしか座れない。最初はどんなふうに声をかけようか迷ったが、高校生たちは意外にも素直にアドバイスを聞いてくれる。むしろ声を掛けてくれるのを待っているのではないかと思われるくらいだ。
高校3年生で就職が決まっているからと、勉強はせずに、ボランティアの女性社員と話し込んでいる女子高生もいた。化粧やおしゃれに興味を持つ一般的な女子高生のように見えたが、後で聞いてみると、仕事を持たない親兄妹を、アルバイトで養っているという子もいたそうだ。まだ十代の彼女らが、家族を養い、満足のいく教育機会を得られず、漠然と未来に不安を抱えていると思うと心が痛んだ。
■勉強の方法が分からなかったり、ゆっくり勉強できる時間が少ないだけ
高校生が自分で勉強しているところを見ると、やはり勉強の仕方が分からない高校生が多い。例えば、試験問題をそこから出すと学校の先生に配られたという、穴あき問題がたくさん書いてあるプリントの穴あき部分に教科書からそのまま答えを写しているだけの生徒がいた。他には、誰かがくれたという妙に難しい参考書に弱々しく下線を引いて読んでいるだけの生徒もいた。
「答えや内容を覚えてる?」と聞くと、「いえ、覚えてないです」と素直に明るく即答する。そこで、覚え方のコツを教えたり、問題を出してあげたりすると、どんどん覚えていく。要するに頭が悪いわけではない。勉強の方法が分からなかったり、じっくり勉強をする機会や時間が少ないだけなのだろう。
キッズドアの渡辺理事長が『子供の貧困』という著書で書かれているが、困窮家庭の子供の学力が低いのは塾などの有料教育サービスが受けられないからという理由ではなく、生活環境が悪く、勉強するのに適した環境ではないケースが多いのだ。
狭い部屋に家族みんなで暮らし、子供部屋どころか勉強をする机すらないという家庭の子供も珍しくない。そんな環境では満足に勉強をする時間さえ取れないだろう。ましてやアルバイトもしなければならないのだから。
■自らの知識や経験を使った日本の未来のための投資
こうした高校生たちにわれわれがしてあげられることはそれほど多くないが、前回のJ.P.モルガン・デーの時に日本史を一緒に勉強した高校生が今回も来ていたので、「試験はどうだった?」と聞いたら、ガッツポーズをしながら「80点取れた!」と言ってくれたのを聞いた時には、私もとてもうれしかった。
誰が言ったかは忘れてしまったが、「資産は奪えるが、教育を受けた事は奪えない」。日本は今後も少子化が進み、人口が減少していくことが予想される。そんな中で日本に住む子供たちは未来の日本にとって重要な存在だ。
日本の未来にとって重要な子供たちの7人に1人が経済的に苦しい環境に置かれ、満足に勉強もできない状態となっていることは日本の将来にとってかなり深刻な問題だ。将来の日本経済を支え、われわれの年金を払ってもらう世代を育てなければならないと考えれば、われわれが行っている活動は未来への投資とも考えられる。
オフィスからは少し遠いため、われわれもそれほど頻繁に行くことはできない。さらに言えば、正直なところ、テスト前だけ出かけて行っても、その直後のテストの点数を少し押し上げる程度の貢献しかできないかもしれない。
しかし、より多くの日本に住む社会人が、こうした活動を行うようになり、日本の子供たちの未来のために、自らの知識や経験を使って投資をするようになれば、厳しい環境に置かれている子供たちに本当に役に立つ教育をしっかりと授けることができ、それが最終的には将来の日本経済発展のために役に立つのではないだろうか。少々壮大な野望のように聞こえるかもしれないが、この活動を始めてみてその思いは強くなっている。
■子供の貧困問題は、良い大人との出会いから改善していく
キッズドアの渡辺理事長によると、日本の子どもの貧困問題を改善していくには、経済的な支援もさることながら、社会関係資本=良い大人との出会いが重要だと言われているそうだ。確かに子どもたちの話を聞いていると、ボランティアスタッフを信頼し、心を開いているように思えた。私たちJ.P.モルガンの社員ボランティアに対しても、少しずつ打ち解けてくれているのが分かり、うれしく思うとともに責任の大きさを感じる。
中学生の頃からこの場所に通っているという高等専門学校生の男の子は、将来、自動車や航空機の研究に関する仕事に就きたいので流体力学を勉強している、と言う。とても具体的な夢を持っていると思い、よく聞いてみると、ボランティアスタッフに教えてもらったのだという。
「車が好きで、車に関わる仕事がしたいと思っていたが、どんな勉強をすれば良いのか、どういう仕事があるのか、知らなかった。ここで勉強を教えてくれたスタッフの方から、車や飛行機の研究の仕事の話を聞き、興味を持つようになり、専門的な勉強をするため高校ではなく高専に進学することに決めた」
勉強だけでなく、将来のことも相談できるのがうれしい、悩んでいた時期に背中を押してもらえた、と言う。さまざまな事情で機会や可能性が限られてしまう彼らに、少しでも未来の可能性を広げてあげる手助けができれば、と思う。
われわれがわずかながら関わりを持った高校生たちが、私たちとの会話から、大人になること、教育を受け進学し、仕事に就くことへの期待や希望を持ってくれるかもしれない。教育機会の不平等によって、本来すべての子どもたちが持つべき未来への道を閉ざされぬよう、地道な投資としてこの活動を続けて行きたいと考えている。
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JPモルガン・チェース銀行 東京支店 市場調査本部長
1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に『インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?』『弱い日本の強い円』など。
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(JPモルガン・チェース銀行 東京支店 市場調査本部長 佐々木 融)
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