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悠仁さま「刃物事件」で男を逮捕できた訳

プレジデントオンライン / 2019年5月28日 9時15分

秋篠宮ご夫妻の長男悠仁さまの机に刃物2本が置かれた事件で逮捕され、大塚警察署に入る住所、職業不詳の長谷川薫容疑者=4月29日、東京都文京区(写真=時事通信フォト)

■「防犯カメラ」の配線が切断されていた

「悠仁さまの机にナイフを置いた男は、どうやって捕まったか」

『週刊現代』(6/1号)は、元号が変わる前に逮捕せよと厳命を受けた警視庁が、あらゆる手を使って容疑者の長谷川薫(56)をいかに追い詰めていったかを詳細に報じた。

4月26日に長谷川はお茶の水大学付属中学の敷地内に侵入した。秋篠宮悠仁(12)の机の上に、長さ60cmの棒に括りつけた2本の果物ナイフを置いた。

悠仁の警護は皇宮警察と警視庁の警備部警衛課が受け持っているが、彼が授業中は同席しない。この時はたまたま体育の授業で教室にはいなかった。

リミットは4月29日。それ以降だと新聞などで大きく扱われ、令和の祝賀ムードに水を差すというのだ。捜査の主導は捜査一課が受け持ち、極左を担当する公安刑事、「捜査支援分析センター」(通称SSBC)という専門部隊も投入された。SSBCは今年2月に東陽町で起きた「アポ電強盗殺人事件」で犯人逮捕に貢献した。2009年4月に設置された警視庁刑事部の付置機関で、約120名、防犯カメラなどの画像収集、分析のスペシャリスト集団だ。

中学の入り口にあるインターホンからの映像を回収した。そこには午前10時50分ごろ、「水道工事の者です」と告げ、鍵を解錠させた不審人物が写っていた。この不審な男に絞る。その前の10時30分ごろ、キャンパスの北西側に2mほどしかない外壁があり、そこに設置されているはずの防犯カメラの配線が切断されていた。

■クレジット会社に「捜査事項照会」をかけて住所を把握

綿密に計画された犯行だった。逮捕後に長谷川は、「刺すつもりだった」といっているようだから、警備していた連中は冷や汗ものだったろう。

午前11時過ぎ、キャンパスから出てくる男を正門前のカメラがとらえていた。植え込みにヘルメットや作業服などを入れたビニール袋を捨てる。

男は東京メトロの茗荷谷駅に向かう。構内の防犯カメラが鮮明に男をとらえていた。

「SSBCは、様々な規格の映像を取り込むことができ、その映像を手配容疑者などの映像と顔照合ができる『撮れ像』と呼ばれる独自の機能を持っています」(ジャーナリストの今井良)。さらに、都内のどこに防犯カメラがあるのかという「設置データベース」も持っているという。

だが大型連休中で、防犯カメラの管理者と連絡が取れない事態が頻発した。

男は東京駅方面へ向かった。この際、切符ではなく交通系のICカードを使った。捜査員はすぐ東京メトロに「捜査事項照会」をかけ、ICカードの登録情報から長谷川薫という氏名が判明。同時に公安調査庁に極右、極左の活動家に同名の人物がいないかを確認。「該当なし」という返事。

長谷川は東京駅で降車、新幹線で新大阪に向かい、さらに大阪市西成区近辺に行ったことが駅のカメラなどで確認された。

ICカードや防犯カメラから、長谷川が事件前から都内のホテルに滞在していたことが判明。渋谷区の「東急ハンズ」で果物ナイフなどを購入していた。買い物をクレジットカードでしていたことがわかると、クレジット会社に「捜査事項照会」をかけ、銀行口座、登録している住所がわかった。

■短期間で、防犯カメラ、ICカード、カード情報を入手

長谷川は、再び新大阪から東京方面の新幹線に乗り込み、小田原で下車してJR東海道線の平塚駅で降りた。捜査員らは、長谷川が駅前の東横インにチェックインしたことを確認して逮捕状を取り、外出先から帰ってきたところを身柄確保した。

リミットまで残り3時間を切っていた。だが、肝心のナイフを悠仁の机に置いた映像はない。否認されると窮地に追い込まれる。長谷川は「中学校に侵入したことは間違いない」と認めたことで事なきを得た。

しかし、長谷川の動きを見ると、単独犯ではなく、共犯者がいる可能性が高いのではないだろうか。本来ならもう少し泳がせて行動を監視するのだが、今回はそれができなかった。

これを読む限り、短期間で、防犯カメラ、ICカード、クレジットカード情報を入手して犯人を逮捕した警察のやり方は見事というしかない。

だが、『週刊現代』は気付いていないようだが、何度も出てくる「捜査事項照会」というやり方に疑問を持つ読者も多くいるのではないか。

■「捜査上有効なデータ等へのアクセス方法」とは

『世界』(6月号)の「日本型監視社会」の中にある、共同通信社会部取材班による「丸裸にされる私生活」を読むと背筋がゾッとする。

共同は、最高検察庁が保管している「捜査上有効なデータ等へのアクセス方法等一覧表」をすっぱ抜いた。一覧表に並ぶ企業は少なくとも約290社、記載されたデータの種類は約360にも上る。

リストに記載されている項目は、データ等の名称、入手可能なデータの内容、保存期間、問い合わせ窓口、照会方法、照会・差し押さえ等に当たっての留意点など。

最初に来るのがANAマイレージクラブだそうだ。入手内容は、カード所有者の住所、氏名、生年月日、電話番号、勤務先、勤務先の連絡電話、マイルをためた実績も挙げられている。

ANAの保存期間は3年。照会方法は簡単だ。カード番号だけでなく、住所・氏名・生年月日・電話番号からできる。留意点として「クレジットの取引内容や使用履歴は回答していない」とあり、定形郵便で問い合わせ、返信用封筒には82円分の切手を貼るように指示されるそうだ。

リストに記載してある企業は、主要な航空、鉄道、バスなどの交通各社、電話、ガスなどのライフライン企業から、ポイントカード発行会社、クレジットカード会社、消費者金融、携帯電話、コンビニ、ガソリンスタンドからカラオケ、インターネットカフェ、ゲーム会社まである。

入手できる情報は、住所・氏名・生年月日・電話番号のほかに利用履歴、店舗利用時の防犯カメラ映像など。それらを手に入れれば、その人間の趣味嗜好から思想傾向までを丸裸にできる。

■取材班が「底知れない気持ちの悪さ」を感じたワケ

共同によれば、このリストは「警察の協力を得て作成した」そうだから、検察だけではなく警察がこの一覧を使って個人情報を取ることなど日常茶飯事なのであろう。

またリストの作成者には「法科学専門委員会」というのも名を連ねている。共同によれば、この委員会は厚生労働省の文書偽造事件で、局長の村木厚子が無罪になった際、大阪地検特捜部の証拠改竄が明らかになったのを受けて、2011年に最高検に設置されたという。

客観的な証拠の重要性が改めて認識され、検察にもDNAや薬物などの鑑定方法、サイバー、デジタルフォレンジック(電子鑑識)など幅広い知識が必要と考えたからだそうだ。

共同取材班は、リストに目を通して「底知れない気持ちの悪さ」を感じたという。さらに大きな問題は、リストに載っていた企業の多くが、捜査機関側から「捜査関係事項照会」をされれば、顧客の個人情報を提供すると“明記”していることである。

■照会を撥ねつける気概のある企業は多くない

「捜査関係事項照会」とは、刑事訴訟法197条に規定してある捜査手法のことで、捜査当局が官公庁や企業などに、捜査上必要な事項の報告を求めることができると規定されている。

家宅捜査や差し押さえなどは、裁判所の令状が必要になるが、内部手続きだけで照会をかけることができるが、報告を求められた側は照会に応じなくても罰則は受けない。だが、顧客のプライバシー情報が重要だと考え、照会を撥ねつける気概のある企業が多くあるとは思えない。

共同は一覧に掲載されている290社にアンケート取材を試みた。104社が回答を寄せ、そのうち91社が捜査関係事項照会による顧客情報提供があったことを認め、29社は、顧客向けの利用規約やプライバシーポリシーに、情報提供することを明記していないという。

回答を寄せた企業はまだこうした問題に気を配っているところで、中には、当局の要請に応えることをなぜ取材されるのか、訳がわからないというところもあったそうである。

■「個人情報の塊」を無断で提供してきたTポイント

CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)という企業がある。Tポイントカードを展開し、会員数は6788万人(昨年9月時点)だという。ポイントカード事業では最大手だ。

レンタルショップ、コンビニ、飲食店、ドラッグストアなど、あらゆるところでモノを購入するとポイントが付く。

ここは捜査当局にとって非常に有用だったそうである。ある事件の容疑者が、同じ時間帯に特定のコンビニへ来て買い物をすることが、Tポイントカードからわかり、防犯カメラの映像で本人だと確認し、待ち伏せて身柄を拘束できたという。

このCCCの「T会員規約」には、当局に対する情報提供についてどこにも明記されていなかった。したがって、捜査当局から求められれば、個人情報の塊を無断で外部に提供し続けてきたのだろう。呆れてしまう。

なおCCCは共同が報じた後、「個人情報保護方針を改訂いたしました」というニュースリリースを出している。

■「国と対立してまで顧客の個人情報を保護する意識がない」

携帯電話会社は、GPS機能を使えば、その人物がある時間にどこにいたかがわかる。位置情報は高度なプライバシー情報であるが、大手3社は「令状が必要」とリストに明記されているという。

だが、オンラインゲーム会社3社は、位置情報が取得可能だが、令状が必要とは記載されていない。

ある検察関係者は共同の記者に、「企業は国と対立してまで顧客の個人情報を保護する意識がない。当局となれ合い、情報を渡す」といい切ったそうである。

「この捜査官の言い分に、捜査関係事項照会で情報提供を頻繁に求められた経験のある人物は反発する。取材に『あるとき、なぜこの情報が必要なのか疑問に思ったことがあった。それで回答を拒んだら、捜査官に<そんなことを言うのはおたくだけだ>とすごまれた』という」(『世界』6月号より)

この捜査関係事項照会は、EUでも問題視されているという。なぜなら、日本の企業がEU市民の個人情報を取得すれば、裁判所の令状なしに日本の捜査機関に提供されてしまうからだ。

これに対して、日本政府は必至に弁明し、文書で「国民の意識の高まりを背景に、回答がより慎重になされる傾向が顕著」「警察は国家公安委員会や各都道府県公安委員会の監督を受けている」などと実情と違う説明をしているという。

■いまどきの中国人が財布を持たない理由

「近いうちに中国はプライバシーという言葉がなくなりますよ」

こういったのは、『週刊現代』の特別編集委員で、中国に詳しい近藤大介だ。彼は中国のキャッシュレス事情を話してくれた後、こう指摘した。

中国はIT先進国である。日本はまだAIが発達すると単純労働だけではなく、税理士や公認会計士までいらなくなると騒いでいる。だが、中国では既にAI弁護士が出現し、事件と類似する判例を見つけ出し、量刑を決めて判決文まで書くことができるようになってきているそうだ。

国民のほとんどの顔を登録しているから、大群衆が集まるイベントに犯罪者が紛れ込んでいても、監視カメラが顔認証で見つけ出す。犯人探しだけではない。コンビニは無人化が進み、客は欲しいものを籠に放り込み、店を出る時カメラに顔を向け、外に出るとスマホに購入額が表示されるという。

中国人は財布を持たない。日本へ旅行に行くときだけ現金が必要だと旅行会社から聞かされ、渋々財布を買うそうだ。日本が新札を発行するというニュースを聞いた中国人は、これからは現金など持ち歩かないのに、日本人はなぜそんなバカな投資をするのだと、笑っていたという。

■本当に「共産主義国だからできること」なのか

『世界』6月号で慶應義塾大学の山本龍彦教授が、中国の信用ポイントについてリポートしている。中国では10億人が巨大Eコマース「阿里巴巴(アリババ)」を利用している。この傘下の芝麻信用(セサミクレジット)では、利用者の個人情報だけではなく、最高人民法院が公表している「信用喪失被執行人リスト」も収録され、スコアが高い者は低金利でローンが組めたり、賃貸物件の敷金が不要になったりとさまざまな便益を享受できるが、スコアが低い者は、企業の採用で不利に扱われたり、婚活で冷遇されるなど、差別的な扱いを受ける。

共産主義国だからできることであって、曲がりなりにも民主主義国の日本ではそんなことはできはしない。

実際、住民基本台帳もマイナンバーも、何千億円というカネを使っても普及率は10%程度だ。政府や役人は、マイナンバーを東京オリンピックまでに行き渡らせ、それに銀行口座をひも付けして、個人の資産をすべて把握しようとしているようだが、もくろみ通りにいかないのは、日本人がプライバシーに関心が高いからだろう。

だが、本当にそうだろうか? 先の山本教授によると、みずほ銀行とソフトバンクが立ち上げた「J.Score」が、AIを用いて個人の信用度をスコアリングするサービスを開始しており、NTTドコモ、ヤフー、LINEなども参入を発表しているという。

■監視大国ニッポンは警察国家ニッポンへの回帰だ

ITの発達で企業が膨大な顧客情報という「ビッグデータ」を集めることができるようになったため、われわれのプライバシーは真っ裸にされているのだ。

さらに共謀罪ができ、こいつは怪しいと見れば盗聴や尾行ができる。その上、われわれがケチなポイントが欲しくて売り渡している個人情報を、検察や警察は令状なしに手に入れられるのである。プライバシーよりも安心・安全を優先させたために、日本の辞書からもプライバシーという言葉が消える時代が遠からず来ることは間違いない。

監視大国ニッポンは警察国家ニッポンへの回帰であり、このままいけば戦前よりもっと厳重に監視・管理され、個人のプライバシーなどぼろ雑巾のように扱われるに違いない。

令和という年がそうならないように願うが、残念ながら、この流れを止めるのは難しいと思わざるを得ない。(文中敬称略)

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元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)などがある。

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(ジャーナリスト 元木 昌彦 写真=時事通信フォト)

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