トランプ政権の"中国制裁"が逆効果なワケ
プレジデントオンライン / 2019年5月30日 9時15分
※本稿は、井上恵理菜『本当にわかる世界経済』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
■拡大する国際貿易
貿易とは、国と国のあいだで行なわれる商品の取引を意味し、他国へ商品を売る「輸出」と、他国から商品を買う「輸入」の2つがあります。商品は、財とサービスに分けられますが、一般に貿易収支を語る際には、財の取引のみを指します。
現在、日々口にする食べ物から、日常生活に欠かせない携帯電話に至るまで、輸入品を手にしない日はほとんどないでしょう。財の輸出入は、増加傾向にあり、貿易は、私たちの生活にとってなくてはならない存在となっています。
■貿易赤字とは何か
財の輸出入を国別にみると、輸出では、現代の「世界の工場」である中国の増加が著しく、2009年に米国やドイツを抜き去り、世界一の輸出国になりました。一方、輸入では、「消費大国」である米国が世界一の座を維持しています。
貿易収支とは、財の輸出から財の輸入を引いた差額です。輸出が輸入よりも大きければ貿易収支はプラス(黒字)になり、輸入が輸出よりも大きければマイナス(赤字)になります。
貿易黒字、貿易赤字の規模を国別にみると、貿易黒字は中国やドイツなど輸出主導型の国で大きい一方、貿易赤字は、米国や英国など消費主導型の国で大きい傾向にあります(図表1)。つまり、米国や英国は、国内の消費規模が国内の生産規模に比べて大きいため、他国から輸入することによって、国内の消費を賄っています。このように、国内の生産規模に比べて消費規模の方が大きい国で、貿易赤字が発生することになります。
■貿易赤字は悪なのか
米国のトランプ大統領は、貿易赤字は米国企業が外国企業との競争に負けている結果であるととらえ、赤字を減らそうとしています。このように、貿易赤字は悪いことであるという考えを持つ人が一定程度存在します。
しかし、貿易赤字は一概に悪いこととは言い切れません。なぜなら、外国でしか生産されない財や外国で生産された方が品質や価格の面で優れている財を輸入することによって、その国の消費者は利益を得ているからです。
たしかに、貿易収支よりも広い概念である、経常収支の赤字が問題となることはあります。経常収支とは、ある国が外国から受け取るモノから支払うモノを差し引いた概念です。このモノには、財のほか、サービスや利子・配当、所得などが含まれます。経常収支が赤字であるということは、国内のお金だけでは足りない部分を国外からもお金を借りて、国内の投資に回していることになります。
経常赤字国で、収益性の低い分野に投資がなされている場合や、過剰な投資によって国内が低貯蓄に陥っている場合には、その国の将来の所得が高まる見込みが小さいため、国外からの借入を返済できなくなるのではないかと懸念されます。
一方、現在の米国は、経常収支でも赤字国ですが、将来への成長期待が高く、他国から投資が集まっている状況ですので、経常収支の赤字が問題となってはいませんし、まして貿易赤字の部分だけを取り出して不安視する必要もありません。
■関税を課せば貿易赤字は減るのか
ある国が貿易赤字を減らす目的で、輸入品に対して関税を課しても、貿易赤字が縮小するとは限りません。歴史上、A国が自国への輸入品に対して関税を課すと、他国もA国からの輸入品に対して報復関税を実施する事態が頻繁にみられました。この場合、A国は輸入だけでなく輸出も減ることになるので、最終的に貿易赤字が縮小する保証はないのです。
2018年以降の米中貿易摩擦の場合でも、米国が中国に対して関税を課した際、中国の報復措置によって米国の中国向け輸出が減少し、2018年の米国の貿易赤字は拡大してしまいました(図表2)。
2018年の米国の輸出入みると、輸入は、米国経済が、減税などの財政拡張政策によって好景気となり、内需が増加したため、前年比+9%と大きく増えました。国・地域別にみても、主要な貿易相手である、全ての国・地域からの輸入が増加しています。
他方、輸出は全体では+8%でしたが、国・地域別にみると、大半の主要輸出国・地域向けで増加した一方、中国向けは前年比▲7%と大幅に減少しました(図表3)。
中国向け輸出が減少した背景には、①中国景気が国内で過剰債務の削減を狙ったデレバレッジ政策を行ったことにより、景気が減速傾向にあったこと、②中国の景気減速・米国の景気拡大によって、ドル高元安が進んだこと、③トランプ政権が中国からの輸入品への追加関税を課したことに対して、中国が米国からの輸入品に対する追加関税を引き上げるなどの報復措置を実施したことの3つがあります。
このうち、①中国景気と②為替レートを説明変数とする中国向け輸出の推計値をみると、2018年末から中国の内需減少やドル高元安によって輸出が大きく押し下げられたことが分かります(図表4)。もっとも、実際の輸出は推計値よりも大きく下振れており、それ以外の要因が大きな下押し圧力となっていることが示唆されます。
2018年に入り、米国のトランプ政権は、中国からの様々な輸入品に対し最大で25%関税率を引き上げるなど保護貿易政策を進めました。このため、中国政府は米国からの輸入品に対して幅広い関税を課したほか、大豆に関しては輸入を停止しました。加えて、中国国民による米国車の不買運動も起きました。こうした中国による一連の報復措置が、中国の内需減少やドル高元安に加えて、米国の中国向け輸出の減少に拍車をかけました。
■関税によって世界経済はどうなるか
一方、関税によって、景気を下押しする副作用が生じることも懸念されます。関税引上げによる輸入物価の上昇は、消費財の場合、家計の購買力低下につながりますし、企業が使用する中間財や資本財の場合、コスト上昇による競争力低下や投資の減少につながるためです。
トランプ政権は、5月13日に中国からの輸入品約3000億ドル分に、追加関税を課す方針を発表しました。この対中関税第4弾がこれまでの第1~3弾と異なるのは、対象品目に、携帯電話やパソコン、衣服、玩具など、多くの消費財が含まれていることです。
これまで、消費者物価の上昇は軽微にとどまっていましたが、第4弾が実際に履行されれば、消費者物価は最大で+0.5%ポイント上昇し、消費を下押しするとみられます。さらに、株価の下落などを背景に、家計や企業のマインドが悪化すれば、消費や投資の減速を招き、米国経済の実質GDP成長率は2%を下回る水準まで低下すると見込まれます。米国は「消費大国」ですので、米国の個人消費が減速すれば、世界各国の輸出が減少し、世界経済の成長も下押しされることになります。日本も、景気減速の波を免れ得ないでしょう。
より長期的な視点で見ると、物価が上昇することよりも深刻なのは、輸入ができなくなることです。私たちの生活では、日本における石油や天然ガスのように、自国では生産が難しい財も、生活必需品となっています。保護主義が深刻化することによって生活必需品の輸入が困難になれば、人々の生命が脅かされる危険が高まります、自国第一主義を掲げて保護主義に傾倒することは、自国民の生命を脅かす道への第一歩であることを忘れてはなりません。
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日本総合研究所 研究員
慶應義塾大学経済学部卒業。日本総合研究所に入社後、日本・米国・欧州のマクロ経済分析を担当。公益社団法人日本経済研究センターへの出向を経て、日本総合研究所に帰任。米国経済の現状分析と将来展望に関するレポートを毎月発行し、新聞・雑誌などで米国の経済情勢に関する解説を行っている。
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(日本総合研究所 研究員 井上 恵理菜)
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