生保トップが"エアロビクス"を始めた理由
プレジデントオンライン / 2019年6月7日 9時15分
■30代までは「仕事漬け」
現場・現物・現実の「三現主義」が仕事に向かうときの信条です。何か問題が起きたときには本社の会議室で知恵を絞るよりも、現場へ足を運んだほうが解決策は浮かびやすいと思うのです。この考えは大学時代から一貫しています。
忘れられないのは、卒業前に1人でインドを旅したことです。日本では想像もできないような貧困に触れたことで、私の世界観は大きく変わりました。ありがたくないことに強盗被害にも遭いましたが、それだけの貧困がインドには蔓延していたということです。
社会人になってからも「現地を見てみたい」「実地で経験したい」という思いは変わらず、むしろ大きく膨らみました。若い頃は配属先で仕事を覚えると別の部署のことも知りたくなって、1年か2年で異動願いを出す、の繰り返しでした。30代半ばにはいわゆるMOF担(金融機関における旧大蔵省担当者)として、官僚や同業他社、異業種など社外の人々の発想や行動原理を学ぶ機会にも恵まれました。
ただ、その間は文字通りの仕事漬けです。MOF担時代などは、毎日深夜まで働いていました。
「これだけでいいんだろうか?」
ふと、そんなことを考えたのは、本社の企画課長になった40歳のときです。
平均的な日本人男性が80歳まで生きるとしたら、40歳はちょうど折り返し点。余生を考えると、仕事とゴルフくらいしかやることがないのでは少々寂しいと考えました。
そこで私は、未経験に近い10の趣味をリストアップし、それらを本格的に始めることにしました。列記すると次のようになります。
①エアロビクス、②ペット飼育、③趣味としてのクルマ、④寺社巡りと仏像鑑賞、⑤食べ歩き(「B級グルメの会」)、⑥教養としてのワイン、⑦クラシック音楽鑑賞、⑧暮らしと文化に触れる海外旅行、⑨西洋史を中心にした世界史、⑩写真。
エアロビクスやB級グルメの食べ歩きがリストに入っていることからもわかるとおり、とりわけ「高級」「高尚」なものを始めようとしたわけではありません。定年後も長く続けられ、健康や教養につながりそうなことを選んだのです。
■フランスのデモ「長期化」を予知
知識の習得という点でいかにも教養らしいのは、寺社巡りと仏像鑑賞、教養としてのワイン、クラシック音楽鑑賞、暮らしと文化に触れる海外旅行というあたりでしょう。
寺社巡りの過程では、国宝に指定されている京都や奈良の仏像はほとんどすべてを拝観しました。ワインについては40歳のときはまったくの初心者だったのですが、いまではソムリエと意見交換できるくらい詳しくなりました。
クラシック音楽は、とにかく挑戦してみようと、その道に詳しい部下に初心者向けのCDを紹介してもらって聴いているうちに、だんだん良さがわかってきました。ただ聴くだけではなく、作曲家の育った時代や環境、生涯などの周辺情報が大事で、そういうものがどんどん蓄積するうちに、何を表現しているのかがわかってきて面白くなるのです。
海外旅行は、西洋史や東洋史を学ぶこととセットです。旅をするときは古代ローマや近世のイスラム、インド哲学や仏教文化に関連する本を積極的に読むようにしています。すると今度は、そこに書かれている別の場所にも行ってみたい、という気持ちが起きますから、自然と海外旅行の回数が増えるのです。
個人旅行の場合、私は現地で信頼できるガイドを雇って案内してもらいます。すると、その国の庶民の本音がわかるのです。
2018年、フランスを旅行しました。そのときのガイドは、マクロン大統領に対して激烈な不満を述べていました。日本で新聞や識者の解説を読む限り、フランスの大規模デモ「黄色いベスト運動」はどれだけ深刻なものなのか判断しにくいところがありますが、私はフランスの庶民感覚を肌で感じ、黄色いベスト運動の背景には根深いものがあるだろう、という見立てを早くから持っていました。先日も、そのことについてフランスの経営者と意見交換をしたところです。
■多様な人たちと触れ合うメリット
ところで、そもそも教養とは仕事に役立つものなのでしょうか。10の取り組みは、特に仕事に役立てようとして始めたわけではありませんが、やはり「役立った」と思えることはあるのです。
たとえばワインです。実は企業経営者にはワイン好きの人が多いのです。好きなワインや訪れたワイナリーの話で意気投合して、その後の話がスムーズに進んだといったことは少なくありません。とりわけワイン文化が浸透しているヨーロッパの方が相手だと、その国のワインの話ができれば、それは間違いなく大きな武器になります。
クラシック音楽も、相手先との関係づくりに役立ちました。
ある地方銀行に頭取を訪ねたときの話です。営業目的だったこともあり、最初はよそよそしい雰囲気でした。ところが、その銀行が日本公演を協賛している海外のピアニストの話をした途端、頭取は身を乗り出してきて、そこからクラシック談義に花が咲きました。
ほかにも「役立った」と感じるのは、趣味を通してさまざまな方と触れ合ったときです。たとえばエアロビクスのためにスポーツクラブへ行くと、ご一緒した方との何気ない会話から、生命保険や保険会社が契約者からどう思われているかを知ることができます。
生命保険会社の経営では、庶民の感覚をビジネスに生かしていくことが重要であり、そのためには、肩書を外してさまざまな方と気楽にお付き合いすることが大事なのです。これは海外旅行で現地のガイドから、その国の庶民の暮らしぶりや考えを聞くことで理解が深まることに似ています。
仕事一筋もいいのかもしれませんが、それだけでは経営者にとって大事な感覚をなくしてしまうおそれがあります。私も知らないことがたくさんあり、まだまだ勉強しなければなりませんが、その感覚を磨くために、趣味や教養を極めてみることも大切だと思います。
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朝日生命保険会長
1949年、東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後の72年、朝日生命入社。金融法人部長、営業企画部長などを経て2004年取締役常務執行役員営業企画統括部門長に就任。同経営企画統括部門長を経て08年社長、17年より現職。
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(朝日生命保険会長 佐藤 美樹 構成=山口雅之 撮影=遠藤素子 写真=PIXTA)
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