星野リゾートがバリで日本旅館をやる狙い
プレジデントオンライン / 2019年6月4日 9時15分
■外国人のハートを掴む、日本文化の極め方
曽祖父が1914年に開業した星野温泉旅館は、中軽井沢という土地柄もあって、北原白秋や与謝野晶子といった文化人にも親しまれていました。そんな環境に生まれ育ったにもかかわらず、家族から教養を身につけろといわれた記憶はありません。
教養らしきものを最初に意識したのは、米コーネル大学ホテル経営大学院における最初のレセプションのときです。いつもはTシャツとジーンズというラフな格好で授業を受けていましたが、これには学生も正装で参加すると聞き、その日はスーツで登校しました。
ところが、会場に入ると、私以外の留学生は誰もが自分の国の伝統的な衣装を纏っているではありませんか。自国の文化に誇りを持っているならそれが当たり前なのに、日本人の私だけが、正装は西洋文化を真似ることだと思い込んでいました。クラスに日本人は私ひとりでしたから、みな日本人の正装を目の当たりにするのを私に期待していたのに、それを裏切ってしまったのです。
同じようなことは、大学院修了後にシカゴで就職してホテル開発をやっているときにも経験しました。まだバブル景気の真っ最中で、日本のホテル運営会社が続々と海外に進出を始めたものの、そのほとんどが数年で撤退を余儀なくされていました。
このとき私は現地のジャーナリストから、どうして日本はアメリカに来て西洋ホテルをやろうとするのかと質問されたことがあります。西洋ホテルならマリオットやハイアットやヒルトンがすでにあるのに、わざわざ日本から同じことをやりにくる理由がわからないというのです。
それはそうです。インド人が日本で店を出すといったら、どんなに彼が日本のことをよく知っているといっても、私たちが期待するのはやっぱり本場のカレー屋であって、決してすし屋ではありません。
ましてや世界の人たちは、日本には長い歴史と洗練された文化があることを知っているのですから、それらを踏まえたソフトやハードを提供すべきなのです。
■ホテルの再生に真の教養を活用
一方、自分たちらしさや、自分たちの価値は何かがわかっていないと、相手の期待に応えることはできません。そういう意味では、歴史、伝統、文化、生活といった自分たちのバックグラウンドを熟知し、それを相手が求める形で表現できることが、真の教養だとはいえないでしょうか。
アメリカで体験したこれら一連の出来事は、後に日本に戻って星野温泉の社長に就任し、日本各地の温泉旅館やリゾートホテルを再生していく際の、私の基本的な考え方のベースにもなっています。それは、地域をよく知り、その個性を経営に活かすのが成功の秘訣だということです。
2005年から当社が運営している青森県三沢市の古牧温泉青森屋では、従業員が全員津軽弁で接客します。ご存じのように津軽弁というのは方言の中でも特に難解で、何を言っているのか私でもよくわからず、理解しにくい部分があります。でも、お客さんにしてみれば、そういう独特の言葉でもてなされることで、青森の生の文化に触れたという喜びを感じることができるのです。
ほとんどのお客さんは、青森屋を選んだ時点で青森という地域に興味があると考えれば、喜んでもらえるのは標準化された西洋ホテルのサービスよりも、接客は津軽弁で、夕食後には従業員とお客さんがみちのくよさこい踊りを一緒に踊れるほうだと私は思います。
15年に運営を開始したロテルド比叡では、その立地から京都と滋賀両方のいいところを取り入れるという、当初支配人が持っていたコンセプトを一蹴し、滋賀だけを前面に打ち出しました。京都らしさを謳うホテルや旅館は中心部にたくさんあります。だったら滋賀に絞ったほうが、従業員だって力が入るはずです。
実際、ホテル内のフレンチレストランで滋賀の名物である鮒ずしをはじめ、地元の食材を使ったメニューを開発し、土産物にも延暦寺や日吉大社の厄除けグッズなど、滋賀ならではのアイテムを揃えたところ、客単価は倍以上に上がりました。
■価値を理解し期待に応える
17年にはインドネシアのバリ島に星のやバリをオープンし、星のやブランドでは初の海外進出を果たしました。私がここでやりたかったのは日本旅館。でもそれはハードのことではありません。長年日本で培ってきた日本旅館らしさのことです。
なので、星のやバリのプールサイドでは、プエルトリコ発祥のカクテル「ピニャ・コラーダ」は飲めません。その代わり、現地で暮らすスタッフが、バリを訪れたお客さんにはぜひこれを味わってほしいという飲み物を用意しています。フォーシーズンズと同じサービスは期待できないかもしれませんが、バリの文化や歴史を肌で感じることはできます。
私はこうした「日本旅館メソッド」こそが、真の教養に裏打ちされ、私たちの最大の価値を世界中から求められる形で表現したものだと思います。かつては東京でも上海でも、アメリカと同じようなベッドに安心して寝られて、いつもと同じサービスが受けられる、このアメリカがつくった西洋ホテルのスタンダリゼーションがホテルの最大の価値でした。
しかし、世界が標準化し、その価値は以前ほど高くありません。いま求められているのは、その場所でしか手に入らない体験です。日本旅館メソッドは、そんなニーズに確実に応えられるはずです。
それを証明するため、16年に東京・大手町に星のや東京を開業しました。エントランスで靴を脱ぎ、竹を編んだ靴箱に入れると、お客さんはその瞬間から日本という異空間に入り込みます。天然温泉、越前和紙の壁など、東京の真ん中で日本の美と伝統を心ゆくまで体験できます。
高級ホテルがひしめく東京で、日本旅館メソッドが受け入れられたら、それは世界で通用する商品であり、また教養に対する私の考えも正しかったことになります。
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星野リゾート社長
1960年、長野県生まれ。83年、慶應義塾大学経済学部卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院へ留学。91年、現職に就任。「星のや」「界」「リゾナーレ」の3つのブランドを中心にホテル・リゾート施設を展開。
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(星野リゾート代表 星野 佳路 構成=山口雅之 撮影=石橋素幸)
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