同族経営の「骨肉の争い」を解決する方法
プレジデントオンライン / 2019年5月31日 9時15分
※本稿は、ジャスティン・クレイグ他著『ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論』(プレジデント社、6月13日発売)の解説を再編集したものです。
■日本企業の9割以上が「手探り」で経営している
数年前に『ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論』の著者、ジャスティン・クレイグ教授が来日された際、ファミリービジネスに関する特別授業をされました。縁あってわたしも参加させていただきましたが、そのとき実感したのは、ファミリービジネスの経営者が悩んでいることの多くは、すでに体系化された理論やモデルを使うことによって効率的に解決できるということです。
わたし自身、1914年に創業したファミリー企業の四代目ですが、かねてよりファミリービジネスには固有の経営理論が必要であると考えていました。なぜならそれが「埋もれた資源」の活用に直結するからです。ファミリービジネスというと一般的にイメージするのが町工場や飲食店、商店、旅館、酒蔵などですが、病院、学校、税理士事務所などもファミリー企業が意外に多い。そして、農業や漁業も家業という形態が主流です。
実際、日本で法人登録している企業の9割以上はファミリー企業です。日本の経済産業において中心的役割を果たしているにもかかわらず、そのマネジメントは体系化されているとは言いがたく、それぞれが手探りでやっているようなところがあります。まだまだやるべきこと、できることが多く残っている。つまり、体系化した理論で学ぶことによる伸びしろは大きいわけです。
今後日本は人口減少によって経済成長が鈍化していくことが予想されているなかで、この伸びしろは未開発の貴重な資源といってもいいでしょう。しかもファミリー企業の多くは地方に存在していますから、その経営者や後継者がプロフェッショナルな経営を身に付けることは地方経済の中長期的な活性化にもつながるはずです。また、こうした理論をファミリー企業の家族がともに勉強できる場があれば、後継者不足による廃業や、いわゆる「お家騒動」による経営危機を未然に防げる可能性が高まると思います。
クレイグ教授はオーストラリアでホテルを経営するファミリー企業の一員として育ち、家業を経験したのちに研究者に転じたという異色の経歴の持ち主です。本書がファミリービジネスの経営者の目から語るという独特のスタイルで書かれているのも、彼自身の体験を含め、最新の研究成果を「最も必要とする人たち」に確実に届けたいという思いからでしょう。
■「企業を成長させる」より「手放す」ことが重要
ファミリー企業にとっての最重要事項は家業の「継続」です。本書でもファミリー企業が直面する3つの重要な問題を「一に後継者、二に後継者、三に後継者」という言葉で表しています。世代交代をどうやって計画実行するかという知識はきわめて重要です。
非ファミリー企業の場合は一定の評価制度のもとで競争原理が働き、比較的短期間で経営者が交代していきますが、ファミリー企業ではそうしたメカニズムは働きません。ファミリービジネスの先行研究では、承継計画、準備期間の存在が承継後の企業パフォーマンスに対して好影響を与えるということがわかっていますが、ほとんどのファミリー企業では、承継計画をつくって次世代に権限委譲するといったプロセスは存在せず、また、必要であるという認識もないのが実状です。
ファミリー企業の経営者の多くは、非ファミリー企業の経営者と同様に「企業を成長させること」が最も重要な役割だと思っていますが、実はそれと同様かそれ以上に重要なのが自分の仕事を「手放す」ことです。それを見事にやってこそファミリービジネスの経営者としての仕事が完成するのです。
本書の第6章では、ファミリー企業経営者の成長過程を説明していますが、その最終段階を「手放すことを学ぶ」としています。そのうえで、ファミリー企業の退任スタイルを次の4つに分類しています。
②将軍型 退任するものの、いつかカムバックすることを企んでいる
③大使型 職務の大半は次世代に委譲し、「外交的な」役割に徹する
④ガバナー型 任期が決まっており、決められた退任日がある
こうして見ると、あの会社の経営者はこのタイプだとか、自分の会社はこうなっている、といったことがわかってきます。本書はこうしたモデルやフレームをいくつも提供しており、自社の状況をそこに当てはめて考えることができるようになっています。言うまでもなく、承継の成功度が高いのは③大使型か④ガバナー型ですが、この退任スタイルを実現するためには、CEOが元CEOになったときの役割を含めた引退計画をあらかじめ決めておくことが必要です。
■問題解決よりも「問題の予防」に役立つ
経営職を継ぐだけがファミリーの役割ではありません。ファミリー企業でも規模が大きくなってくれば、経営はプロに任せていく部分が増えてきます。そうなった場合のファミリーの役割とは何か。これまではそうした本質的な問題にも手探りで考えていくしかありませんでした。実際、ファミリー企業どうしで経験や知識を共有することはまずありません。
そうしたある種の秘密主義も、同族経営に「骨肉の争い」は不可避であるかのような印象を生んでいるのだと思います。こうした「骨肉の争い」になると、当事者は往々にして「わが家・わが社に特有の問題」と思いがちですが、実はファミリービジネスにおいてはむしろ「ありふれた問題」であり、理論やノウハウである程度解決できるのです。
ただ、だれしも自分や家族の問題について客観的に見ることは難しい。そうしたとき、「ケーススタディ」で学ぶといったアプローチが役に立ちます。本書には、規模や業界の異なる数々のファミリー企業のケーススタディが掲載されており、そのいくつかに目を通すだけでも、いま自分が直面している問題はファミリー企業に共通するものであることがわかるでしょう。さまざまなケースから導き出された理論的フレームワークは、問題を解決するというよりもむしろ問題を予防するのに役立つと思います。
わたし自身もファミリービジネスのマネジメント理論の構築に少しでも寄与したいと思い、日本中のさまざまなファミリー企業を訪ねて対話を重ねてきていますが、他社の事例を知れば知るほど、答えがないと思い込んでいた問題に実は答えがあるのだ、ということを確信するようになりました。
■ファミリー企業の経営者とは「駅伝選手」である
この本の原書には「長期的スチュワードシップのためのベストプラクティス」という副題がついています。「スチュワードシップ」というのもまたファミリー企業に特有の概念です。詳しくは本書の第5章、第7章をお読みいただきたいのですが、なかなか日本語で説明するのが難しい言葉でもありますので、少し補足的に説明したいと思います。わたしなりの言葉で表現すると、スチュワードシップとは「自らを駅伝の選手のような者として捉える感覚」にあたります。
ふつうの会社の場合、株主はリターンを最重視するので、役員に対して利益を高めることを求め、それによって役員の報酬も決まります。ファミリービジネスの場合は短期的な利益の上昇よりも長期的なサステナビリティが重視されます。駅伝において「区間賞をとること」よりも「たすきをつなぐこと」のほうがより高次の目標であることと同じです。
もちろん区間賞はとれるにこしたことはありませんが、体調不良や悪天候のなかで記録にこだわりすぎるとブレーキや棄権のリスクも大きくなります。そこで迷わずたすきをつなぐことに集中できる――これがスチュワードシップの精神だと思います。ある企業にとって成長できるときは今ではなく次世代かもしれない。その場合、無理をしてでも利益を出すことではなく、いちばんいい状態で次につなげることのほうが長期的に見ればずっと意味のあることです。
スチュワードシップのある人は、「たすきをつなぐ」というファミリー企業としての目的が自身の目的と一体化しているために、自分の区間でどういう役割を果たせばよいのかをはっきりと自覚しています。区間が決まっているからこそ、その役割をよりよく果たせるという面もあります。区間賞をとるほど調子がいいからといって次の区間も走ることは許されない。だからこそ「つなぐ」ことに集中できるのです。
■家業を引き継ぐことは「リスクの軽減された起業」である
本書では、ファミリービジネスにおける起業家精神についても述べられています。ファミリー企業の後継者は「伝統か、変化か」というジレンマを常に抱えていますが、このジレンマを乗り越えるには「伝統も、変化も」という捉えなおしが必要です。そこで欠かせないのが起業家精神です。家業を可能な限り最高の状態でつなぐことがファミリー企業経営者の使命ですが、創業者から代が下っていくにつれて「ただつなぐだけ」になってしまいがちです。事業と同様に起業家精神もつないでいくことが求められるのです。
ここからはわたしの持論ですが、ファミリー企業における起業家精神を醸成するには、制度的な後押しも必要だと思います。ただ受け継ぐだけでなく受け継いだものを活用して地域活性化に貢献させるための制度的な仕組みです。
わたしはよくファミリービジネスの承継は「リスクの軽減された起業」という言い方をします。ベンチャー企業が躓く最大の要因は創業直後の短期的資金繰りに行き詰まることですが、すでにキャッシュが回っているファミリー企業はその点有利です。
一方で、ベンチャー企業にはないリスクもあります。ファミリー企業の後継者は銀行に個人保証を入れながら権限はなく、株式譲渡に伴う相続税にも備える必要があります。キャリアパスが見えないだけでなく、経済的な負担も覚悟しなくてはなりません。ファミリービジネスの理論を親子で学べる環境を整えるとともに、家業を引き継いで伸ばした人が報われる仕組みがあれば、日本経済の「埋もれた資源」であるファミリー企業を地域活性化や経済の底上げに活かす道が開かれることでしょう。
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星野リゾート 代表
1960年、長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、コーネル大学大学院修士課程修了。91年に家業である星野温泉の4代目代表に就任。社名を星野リゾートに変更し、日本各地でホテルや旅館の運営を行う。
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(星野リゾート代表 星野 佳路 撮影=大槻純一)
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