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欧米では3時間半の夕食で値踏みされる

プレジデントオンライン / 2019年6月17日 9時15分

ブリヂストンCEO 津谷正明氏

■海外のお客様を美術館に案内

ビジネスパーソンに教養は不可欠です。特にグローバルな場では、これが欠けていると本当の意味で相手の信頼を得て、長いビジネス関係を築くことはできません。たとえば海外に出張に出かけますと、ビジネスの相手と夕食を一緒にとります。これがヨーロッパでは3時間半。非常に長い。話題が豊富でないと場がもちません。しかもその会話で人間が値踏みされ、仕事に響きます。教養を身につけることは仕事の一部です。

私は入社してすぐに配属された部署の上司から、2つのことを言われました。1つは英字新聞を読むこと、英語の文学を読むこと。今では毎朝の英字新聞と、就寝前の読書が私の習慣になっています。もう1つは、これが重要なんですが、色々なことに関心を持ちなさいということです。それも仕事の一部だと言われました。

今では大好きな絵画も、最初はさして興味がありませんでした。しかし海外のお客様をお迎えしたとき、私が通訳として美術館にお連れする機会が多く、知らないというわけにはいかなくなりました。ある日、どうやって美術の勉強をするのがいいのかと、ブリヂストン美術館の館長に伺ったことがあります。すると「自分がまず好きな絵を見つけて、作品について少し勉強する。そんなふうに広げていけばいい」とアドバイスされました。また「専門家になるわけではないのだから、無理したらダメだよ」とも言われました。まず自分が好きかどうかが大切で、興味がないものを無理して学ばなくていいと教わったのはありがたかったです。

ブリヂストン美術館にはセザンヌなどの印象派の絵画が多かったのでそこから入り、その後いろんな美術館に行くようになって絵画の趣味も広がりました。ヨーロッパに駐在したときには、北欧ルネッサンスなども好きになりました。日本に帰ってきてからは、日本の芸術に関心が向いています。東山魁夷の淡い色調の日本の風景画は大好きですし、最近は若冲や琳派が気に入っています。北斎の版画なども若い頃は大して興味はありませんでしたが、今はシンプルな構図で迫力のある絵が素晴らしいと思うようになりました。久留米の美術館で開催された特別展を観に行って好きになったのが、髙島野十郎の写実画です。こうした画集を部屋に置いて、たまに眺めています。

音楽に関しても絵と同様に、自分の好きなものから少しずつ勉強しました。私は音楽といえばビートルズ、ローリング・ストーンズから入っていて、基本ロックが好きなんです。レディー・ガガ、コールドプレイ、マルーン5などもよく聴いています。ロックのほかにジャズも好きで、イギリスやアメリカで人に会うと、そんな話をよくします。先日もある人と、ダイアナ・クラールというジャズ・ピアニスト&歌手のことがお互いに好きだということで意気投合しました。ところが私が「彼女の旦那もいいよね」と言ったら「えっ?」と言う。じつはダイアナの夫はイギリスの偉大なロックミュージシャン、「エルヴィス・コステロ」ですが、その人はそれを知らなかったので教えて差し上げました。

■万里の長城も見たことがない

以前、北京への出張で、よく知った間柄の社員と一緒になったときのこと。私が紫禁城に行きたいと言うと「私は10回も中国に来ていますが、そんなところに行ったことなどない」と言いました。仕事熱心がゆえにそう言いたい気持ちもわかるのですが、私は「それじゃダメだ」とたしなめました。仕事をしている相手の国の市場、人、文化を知り、リスペクトする姿勢は大切にするべきだと。観光が主ではいけませんが、10回も中国に来て紫禁城も万里の長城も見たことがないというのは、むしろ怠慢だと言ったんです。

絵画に興味を持って少しずつ勉強●津谷氏は最近、日本画に関心が向かっているという。写真は所蔵する画集の一部。手前から時計回りに東山魁夷、伊藤若冲、髙島野十郎、葛飾北斎。

教養というのは、おもてなしの心とセットだと思います。そういう意味で、特に大事なのは食事です。世界には様々な料理があり、マナーも違えば、それに合うお酒も違います。それを知っておくことは大切な方をお迎えするときの大切な教養です。

そのことで私は今も忘れられない思い出があります。まだ私が入社して数年の頃、海外から大切なお客様を迎えて、会社の役員が一流ホテルの日本料理の名店にお連れすることになりました。そこに私も同席することになったのです。そのとき、天ぷら、すき焼き、しゃぶしゃぶのうち、お客様にお好みのものを選んでいただこうと、役員が私に「しゃぶしゃぶについて、教えて差し上げなさい」と言われたんです。ところが私は、しゃぶしゃぶを食べたことがなくて、説明できませんでした。当時、しゃぶしゃぶは今ほど一般的なメニューではなかったんです。

数日後、私はその役員にこう言われました。「津谷君、自分が知っている世界だけで生きていちゃダメだ。自分に投資するつもりでいろんなものを食べなさい」。以来私は、分不相応なお店にも予約を取って行くようになりました。そこでお店のマナーやお客さんの立ち居振る舞いを観察したのです。初めは料理を味わう余裕すらありませんでしたが、そうやって少しずつ世界の料理と、ワインやカクテル、そして日本酒を、失敗しながら一通り覚えてきました。私が一番投資したのは食事だといってもいいくらいです。おかげで今は、大切なお客様をお迎えしてのホスト役をそれなりに務められるようになりました。私は若い社員に「お客様にワインを選ばせるなんて、もってのほかだぞ」と言ったりしますが、彼らにも色々なことに関心を持ってもらいたいですし、特に食事には投資しなさいと言いたい。

ビジネスも人の営みですから、人への気づかいや心配りができるかどうかはビジネスを左右します。そういう知識や体験の積み重ねがビジネスパーソンとしてのレベルでもあります。今はたいていのことをスマホで簡単に調べられる便利な時代になりました。ただ3時間半という長い食事の時間を楽しく過ごせる話題というのは、自分の足や目や舌を使って、失敗を繰り返しながら、長い年月の中で勉強を積み重ねていくものだと私は思っています。

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津谷正明(つや・まさあき)
ブリヂストンCEO
1952年、東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業、シカゴ大学経営大学院修了。76年にブリヂストン入社。2008年取締役常務執行役員、11年代表取締役専務執行役員、12年代表取締役CEO就任。13年から取締役会長職兼務。

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(ブリヂストンCEO 津谷 正明 構成=大島七々三 撮影=的野弘路)

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