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なぜ1回の投薬で3000万円もかかるのか

プレジデントオンライン / 2019年5月30日 9時15分

白血病などの治療薬「キムリア」の保険適用を了承した中央社会保険医療協議会=2019年5月15日、東京・霞が関(写真=時事通信フォト)

■過去最高の薬価となった治療薬「キムリア」

厚生労働省は5月15日、血液がんの白血病などに効く新しい治療薬「キムリア」に公的医療保険を適用することを決めた。その薬価(公定価格)は3349万3407円と3000万円を軽く越える。しかも1回分の価格だ。過去最高の薬価である。

公的医療保険が適用されると、患者の負担は少なくて済む。だが、薬価の高い薬は医療保険の財政を圧迫し、日本の医療を支える国民皆保険制度を破壊していく。抗がん剤を中心に最近、抗がん剤の登場が相次ぎ、大きな社会問題となっている。

キムリア(一般名・チサゲンレクルユーセル)は、これまでの薬と全く違う新しいタイプの薬だ。

患者の血液から免疫細胞(異物を攻撃するT細胞)を取り出してその遺伝子を操作し、がん細胞に対する攻撃力を高めてキムリアを作り出す。遺伝子操作された免疫細胞(キムリア)は、点滴によって静脈から患者の体内に戻される。

CAR-T(カー・ティー)療法と呼ばれる新タイプの免疫療法薬だ。世界トップクラスの製薬会社ノバルティスファーマ(本社・スイス/以下、ノバ社)が開発した。

■薬というより、遺伝子操作による治療

キムリア製造の流れはこうだ。まず日本国内の特定の病院で患者のT細胞を分離して冷凍保存する。その冷凍T細胞をアメリカのニュージャージー州にあるノバ社の施設に送り、そこで遺伝子操作を施してキムリアを作る。その後で日本に運ぶ。

投与は1回で済むが、投与までの全行程に2カ月はかかる。患者ごとにその患者だけに使うキムリアを作って治療するオーダーメイド医療である。キムリアは薬というより、遺伝子操作による治療といったほうがいいかもしれない。

製薬や治療に高度な技術と専門的知識が求められ、その結果、薬価が跳ね上がるというが、それにしても1回の投与で「3000万円超」は、高すぎるのではないか。

■適用疾病が拡大すると、医療費が増大する

キムリアが投与できる疾病は、がんの一種である「B細胞性急性リンパ芽球性白血病」と「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」のうち、これまでの薬が効かなくなった難治性のものだ。ノバ社によると、患者の数は最大で年間216人。だが今後、キムリアの適用が拡大されて対象の疾病が増えると、それに比例して患者数と医療費も増大する恐れがある。

薬代を含めた医療費の患者の自己負担割合は、1割~3割だ。さらに所得などに応じて払い戻される高額療養費制度が適用されるから、年収500万円の会社員の場合、キムリア投与の自己負担額は40万円程度になる。

つまり高額医薬品の支払いに充てられるのは、国民皆保険制度のもとで私たちが蓄えた保険料だ。国民医療費は2014年度に年間40兆円を超え、その後も増え続けている。医療保険の制度が壊れてしまう前の対策が、必要である。

■年間3500万円だったオプジーボは4分の1まで下がった

「3000万円超」という薬価の決め方も不透明だ。キムリアは免疫細胞を使ったまったく新しい薬だけに、比較できる類似薬がない。そのため薬価は製薬研究などでかかった費用を積み上げて導き出されたが、ノバ社は詳しい内訳を示していない。キムリアの公的保険適用を審議した中央社会保険医療協議会(中医協、厚労相の諮問機関)でも、製薬の透明性の欠如が問題視された。

私たちが支払う薬価に透明性がないとは、驚きである。

最初に高額医薬品として問題になったのは、がんの免疫治療薬「オプジーボ」である。オプジーボは2014年に皮膚がんの治療薬として公的医療保険が適用された。その時点で、患者1人あたりの総医療費が年間3500万円かかると、高額な薬価が注目にされた。それでも患者数が470人ほどで少なく、医療費圧迫には至らなかった。

ところが翌年に一部の肺がんの治療でも保険が適用されると、医療費が増大し薬価の見直しが進められた。2017年2月に薬価が半額まで引き下げられるなどしてオプジーボの薬価は現在、当初の4分の1となっている。

■2年に1回だった薬価の改定は、1年に4回に増えた

この「オプジーボ効果」で、2年に1回だった薬価の改定は、1年に4回に増えた。また今年4月からは費用対効果の評価による薬価引き下げの新制度もスタートした。

こうした制度を柔軟に作って適用し、高額の薬価を引き下げてくことが大切だ。キムリアについても早期に薬価の引き下げを検討すべきだ。そしてキムリアのように製薬会社の「言い値」で薬価を決めるような事態は避けたい。

ちなみにオプジーボを巡っては、京大特別教授で昨年のノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑(ほんじょ・たすく)氏と、オプジーボを開発した小野薬品工業(大阪市)とが、特許の対価の問題で対立が続いている。

■製薬会社が主張する「高額薬価」を鵜呑みにはできない

「高額ながん治療薬 適正な価格をどう決める」との見出しを掲げるのは、5月25日付の毎日新聞の社説である。

その毎日社説はこう主張する。

「超高額の新薬は今後も続々と承認されることが予想される。薬は医療費全体の約2割を占める。保険財政が破綻しないよう対策を講じなければならない」

遺伝子の組み換えなどバイオ技術が進み、それを応用した医薬品が次々と開発されている。医薬品の高額化はそれに伴うものである。難病の患者が治ることは良いことだが、それによって医療財政がパンクするようでは元も子もない。

毎日社説が主張するように対策を講じていくことが求められている。毎日社説はキムリアの高い薬価が認められた理由に触れる。

「患者本人から免疫細胞を採取して凍結保存したものを米国に送って加工し、がん細胞を攻撃する力を高めて患者の体に戻す『オーダーメード』の薬だからである。通常の薬のような大量生産はできない。1回の投与で完治が期待されており、長期間服用し続ける治療薬と同列に考えることはできないだろう」

オーダーメードであれば、大量生産はできないだろう。一定の期間で投与される既存の抗がん剤とも比較できない。だからと言って高額薬価をうのみにはできない。

■新薬の研究開発に着手しても販売に至るのは3万分の1

製薬会社の視点から毎日社説は「製薬会社にとっては、新薬の研究開発に着手しても承認されて販売に至るのはわずか3万分の1という事情がある。最近は免疫機能の活用や遺伝子組み換えが必要なためコストがかかる薬が多い」とも指摘する。

しかし、次のように指摘する。

「ただ、原材料費や研究開発費などの情報があまり公開されていないため、薬価を決める中央社会保険医療協議会では『製薬会社の言い値だ』との批判も出た。他の血液がんに適用を拡大していけば患者数は増え、さらに保険財政が圧迫される可能性がある」

「言い値」「適用の拡大」など前述した沙鴎一歩の意見と同じ意見である。

保険財政への圧迫を避けるにはどうすればいいのか。

毎日社説はその後半で「保険財政を守りつつ、患者が求める新薬の開発を進める方策を考えなければならない」と訴える。まさしくその通りである。だが、その道は厳しい。対策を練ってその対策を講じていく。これを繰り返して歩み進んで行く以外、方法はないと思う。

■患者に恩恵を届けつつ、いかに医療費の膨張を抑制するか

5月21日付の読売新聞の社説もこう書き出す。

「医療の進歩に伴い、効果が高い一方、極めて高額な治療薬の登場が相次ぐ。必要とする患者に恩恵を届けつつ、いかに医療費の膨張を抑制するかが重要な課題である」

毎日社説と同じ訴えである。読売社説は「ただ、今後も超高額薬が増えていけば、医療保険財政を圧迫する懸念が拭えない」と指摘し、こう主張する。

「大切なのは、薬価が妥当な水準なのかどうか、検証できる体制を整えることだ」

見出しも「高額医薬品 価格の妥当性を見極めたい」である。

まず、製薬会社の「言い値」とまで批判されるような薬価の設定を廃し、薬価決定までのプロセスの透明化を図ることである。キムリアに関しては、ノバ社に製薬費用の詳細を求め、それが適切かどうかを専門家らが分析して議論する必要がある。最後に読売社説は主張する。

「公的医療保険で超高額薬をカバーしつつ、制度の持続可能性を維持するためには、軽症用の薬をどこまで保険給付の対象とするかを考える必要がある」
「湿布やビタミン剤など市販品で代替が可能な薬は、保険適用から除外する案も浮上している。議論を深めていくべきだ」

公的保険はどうあるべきなのか。国民医療費が増え続けるなかで、難しい課題が突きつけられている。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)

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