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新1万円札での"特需"が期待できない理由

プレジデントオンライン / 2019年5月31日 9時15分

一万円札の顔は福沢諭吉から渋沢栄一に。つれて新札の印刷代やATMへの新規投資など特需への期待は高まるが……。※写真はイメージです(写真=iStock.com/castillodominici)

2024年を目処に1万円札などが刷新される。前回は「新札特需」に湧いたが、今回はどうだろうか。第一生命経済研究所の永濱利廣首席エコノミストは「キャッシュレス化の進展で、お金の流通量が減っていくだろう。GDPの押し上げ効果は限定的で、特需と呼ぶのは難しい」と指摘する――。

■新紙幣発行によって発生する直接需要は3種類

2024年を目処に千円、5千円、1万円紙幣がそれぞれ一新されることになった。前回の新札発行時には、「新札特需」という言葉が取り沙汰された。実際、紙幣識別機メーカー各社の2004年3月期決算で、日米の新札特需を追い風に、軒並み売上高、純利益とも過去最高を記録した。

しかし、今回の新札発行については、我々の試算によれば、景気に大きな影響を与える程のインパクトはなさそうだ。

新硬貨・新札特需を試算するに当たって、発生するだろうと思われる直接的なコスト(需要)として3つの視点がある。1点目が①新紙幣・硬貨の発行に伴う紙幣・硬貨の発行コスト、2点目が②新紙幣・硬貨に対応するため金融機関のATM、CDの改修、買い替えコスト、3点目が③自動販売機における改修、買い替えコスト、の以上3点である。

①キャッシュレス化が足を引っ張る

まず、日本銀行の通貨流通高のデータを元にして、各紙幣がどのくらい発行されているかを算出した。それによると、現在、1万円札の発行枚数が約99.7億枚、5千円札が約6.6億枚、千円札が約42.0億枚、500円硬貨が約46.6億枚発行済み(2019年3月時点)となっている。

これに1枚当りの発行コストを乗じれば、紙幣発行による直接需要が計算できるが、単価は参考文献(末尾参照)をもとに、現在の紙幣と500円硬貨の1枚当たりの平均コストとして1万円札25.5円、五千円札19.5円、千円札10.4円、500円硬貨64.5円をそれぞれ使用した。次回の新紙幣および硬貨は単価が変わる可能性があるが、現時点では正確に算出できないため、上述の通りとした。

以上より、現環境を基にすれば、新紙幣・硬貨製造には約6114億円程度の需要が見込まれる(図表1)。ただし、キャッシュレス化の進展に伴う貨幣流通量の減少が見込まれるため、実際はここまで特需が発生しない可能性が高い。また、そもそも既存の紙幣も定期的に入れ替えられるため、定期入れ替えのペースで新札も徐々に入れ替えられれば、特需とはならない可能性があることには注意が必要だろう。

②銀行の店舗数減少がマイナスに働く

紙幣の変更を受けて、ATM/CDも改修や買い替え等の対応が必要となってこよう。ATM/CDにおける直接波及に関しては、改修で済ませる場合と新規に買い換える場合の2パターンが考えられる。

しかし、ATM/CDの1台当りの値段は単機能なコンビニ向けで平均200万円程度、高機能の銀行向けは500~800万円程度と高価であり、低金利環境にあって収益が低迷している金融機関としては出来るだけコストを抑制するだろう。そこで、今回の試算ではATM/CDの買い替えは3割程度という前提で試算した。

一方、ATM/CDの総数は、金融機関で約13.7万台(出所:平成31年版「金融情報システム白書」(財)金融情報システムセンター)あり、これに2019年2月時点のコンビニ店舗数約5.6万店(出所:日本フランチャイズチェーン協会)にATMが一台あると仮定すると、約19.3万台に上る。このATM/CDの改修費用には幅があるが、今回は、センサーの改造、ソフトの変更、その他事務費等を含め、単価は前回のメーカーからのヒアリング等を勘案し、買い替え金額1割程度(金融機関65万円・コンビニ20万円)を想定した。以上より、ATM/CDの買い替え、改修費用は現環境が変わらないと仮定すれば、約3709億円と計算される(図表2)。

なお、ATMについては前回の新紙幣発行時からコンビニATM数が5倍程度に増加していることから、前回よりも多い更新需要が期待される。しかし一方、金融機関向けATMでは営業店舗数の減少など事業環境が変わることが予想されるため、実際はここまで特需が発生する可能性は低いだろう。

③自販機自体の減少がネック

自動販売機もATM/CDと同様に、買い換えまたは改修を加えなければならないだろう。買い換えの場合、1台あたりの値段は平均50~60万円程度と高価であり、流通業や中小企業等のコスト負担が大きくなる。したがって、こちらもメーカー側の過去の生産能力等を勘案して約3割程度を買い替えで対応するという試算とした。

全国で自動販売機は2017年12月末時点で約427万台設置されている(出所:「自販機普及台数及び年間自販金額」日本自動販売機工業会、図表3)。100円以下の硬貨のみの自動販売機も存在するため、全てを改修する必要はない。ただ、残念なことに紙幣の使える自動販売機の統計はなく、ある程度推測していく他はない。そこでメーカーにヒアリングしたところ、自動販売機に関してはほぼ使用可となっているようだ。ただし、自動サービス機のうち、コインロッカー・パーキングメーター他(約129万台)に関しては、紙幣・500円硬貨の使えるものは比較的少ないとの情報もある。

以上のことから、試算では、改修が必要な台数は自動サービス機を除いた自動販売機(約298万台)程度と仮定した。一方、改修の単価は、前回のメーカーからのヒアリング等から判断し、紙幣識別装置等の交換費用は5.5万円と仮定した。

以上より、現環境を基にすれば、自動販売機の買い替え、改修費用としては298万台×(55万円×30%+5.5万円×70%)=6064億円と計算される。しかし、自販機の普及台数が減少傾向にあることを加味すれば、実際の特需はこれを下回る可能性が高い。

■成長率の押し上げ効果はわずか+0.1%程度

結局、以上3つのコストを合計すれば、新紙幣発行による直接的な特需は現環境を基にすれば、約1.6兆円程度となる。

結果は、前回の新札発行時よりも紙幣の流通量が増えていることと、コンビニのATM数が前回の5倍近くになっていたため、事前の予想と比べて金額が膨張した印象を受ける。

以上のように算出された直接波及額(約1.6兆円)から、総務省の産業連関表(2011年)を用いて、関連のある産業への間接波及額も含めた生産誘発額を試算(新札発行は印刷・製版・製本、ATM/CDと自販機はサービス用機器の生産誘発係数をそれぞれ使用)すると、その額は約3.5兆円と計算される。また、同様に産業連関表を用いて、部門別の粗付加価額/国内生産額をもとに付加価値誘発額を試算すると、その額は約1.3兆円程度となる。この額は、名目GDP比では約0.2%程度に相当する(図表4)。

しかし、新紙幣発行への切り替えは2024年から予定されており、前回の新札特需は直近2年程度で発生したことから、この特需が次回も直近2年間に同程度出現すると仮定すれば、直近2年間の経済成長率を最大で+0.1%ポイント程度押し上げる程度にとどまる可能性が高い。

■景気に大きなインパクトなし

以上の試算については幅を持ってみる必要がある。上振れ要因としては、紙幣や硬貨、ATMや自販機の単価が上昇すること、あるいはATM/CDや自販機の買い換えが予想以上に起こることが考えられる(前々回の84年の時にはATM/CDが普及する初期段階だったこともあり、新規需要が相当数あった)。

また、今回は効果が不透明なため考慮していないが、タンス預金がはき出される効果や、新札・硬貨発行を記念して、百貨店、スーパー等がセール等を行うといったイベント効果も考えられ、これも上振れリスクとなろう。

一方、下振れ要因としては、先にも触れたとおり、キャッシュレス化の進展に伴い紙幣や通貨の流通量が減少する可能性がある。また、金融機関や飲料メーカー、中小企業等はコスト負担を強いられることになるため、こうしたところが他の設備投資を縮小することも考えられる。さらに金融機関では、このコスト負担で収益性が低下することが予想されリスクをとる能力が落ちるため、金融仲介機能低下の経路を通じて実体経済に悪影響を及ぼすことも否定できないと思われる。

なお、政府は今回の新紙幣により、総額50兆円とも言われるタンス預金のあぶり出しや、企業に改修コストを負担させることでATMや自販機設置の抑制を促し、キャッシュレス化を加速させる狙いもあるとの意見もある。一方、消費者の新紙幣使用や保有のニーズが強まれば、キャッシュレス進展の弊害になる可能性もあるだろう。

しかし、いずれにしても新紙幣・硬貨発行の特需に景気の方向性を左右するほどのインパクトはないだろう。上述の通り、一定の需要拡大効果は見込めるものの、直近2年程度で経済成長率を最大で+0.1%ポイント程度押し上げる程度だ。経済成長率の変動を見れば、年度直近の2017年度が+1.9%であったのに対して、消費税率引き上げが行われた2014年度が▲0.4%と、景気が循環する中での成長率は大きく変動することが想定される。したがって、仮に経済成長率が+0.1%ポイント程度押し上げられたとしても、景気局面に大きな影響を与えるようなインパクトはないものと思われる。

ただ、そもそも新札発行の最大目的は経済効果ではなく、偽造防止のために定期的に実施されるものである。なお、今後の日本経済を見通せば、10月に消費増税も控えることもあり、前回1964年東京五輪と同様に東京五輪も1年前の2019年秋頃から建設特需のピークアウトで悪くなるだろう。

しかし、前回東京五輪開催6年後の1970年に大阪万博開催同様に、今回も5年後の2025年に大阪万博を控えている。このため、五輪前からの景気悪化は比較的軽微なものにとどまり、2025年に向けては大阪万博特需がメインとなるだろう。そして、2024年にかけて発生する新札特需はその脇役にとどまることになろう。

<参考文献>「1万円の製造コストは20円?額面以上の通貨は「○円」」ZUU online編集部2016年7月29日

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永濱 利廣(ながはま・としひろ)
第一生命経済研究所経済調査部 首席エコノミスト
1995年早稲田大学理工学部工業経営学科卒。2005年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年第一生命保険入社。98年日本経済研究センター出向。2000年4月第一生命経済研究所経済調査部。16年4月より現職。内閣府経済財政諮問会議政策コメンテーター、総務省消費統計研究会委員、景気循環学会理事、跡見学園女子大学非常勤講師、国際公認投資アナリスト(CIIA)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、あしぎん総合研究所客員研究員、あしかが輝き大使、佐野ふるさと特使、NPO法人ふるさとテレビ顧問。

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(第一生命経済研究所経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣 写真=iStock.com)

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