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合理的に生きる「何も決めない人」の正体

プレジデントオンライン / 2019年6月6日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Vladimir Cetinski)

世の中には一度決めたら選び直せないことが多くある。社会学者の鈴木謙介氏は「現代では、何も決めず、時々の感覚で判断する『選び直せる』生き方が合理的だ。しかし、老後は切り捨てられないような『選ばれる人』になる必要がある」と指摘する――。

※本稿は、鈴木謙介『未来を生きるスキル』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■給与がなくなった老後を想像できているか

戦後の高度経済成長期の日本では、田舎から都会に出てきた人の多くがサラリーマンとして給与生活者となりました。高度成長は給与の上昇と生活水準の向上を同時にもたらしたため、多くの人の頭のなかに「給与が上がると生活が良くなる」というイメージが形成されたのです。

リタイア後の人生が短く、給与で得た貯金で老後もなんとかなった時代は、給与のことを考えるだけでこと足りました。しかし、現在は「人生100年時代」とも言われ、給与という「フロー」の資産が入ってこない期間が非常に長くなっています。

給与に頼っていても、どう考えても死ぬまではお金がもたないとなれば、早い段階からなんらかの形で「ストック」の資産を形成する必要があります。

この状況から見えてくるのは、「フローの資金である給与を支払う会社に人生を預けきれないのなら、どうすればいいか?」という視点です。

すると、より重要になるのはフローの資産がまったく入らない時期、つまり子どもの時期と老後になりますが、まずは誰もが直面する可能性が高い老後について考えておく必要があります。具体的には、「年を取ってフローの収入がなくなったときどうするか」という問題が現れるでしょう。

■家庭でも会社でもない別の“居場所”

確かに、老後までにストックの資産をある程度貯めておくことは重要です。ただ、いまからはじめても遅い人もいるだろうし、すべての人が資産家になれるわけでもありません。老後にお金がなく、働き直すスキルがあるわけでもなく、もしかしたら健康でもないかもしれない。そんな状況に陥ったとき、いったいどのように生きていけばいいのでしょうか?

そこで、「人生100年時代」を見据えたとき、「ひとつの集団や生活基盤に頼らずに、リスクを分散して生きていく」必要性が出てきます。具体的には、家庭や会社だけではないもうひとつの場所、「サードプレイス」(※)を作る必要性がいま言われています。

※自宅(ファーストプレイス)や職場(セカンドプレイス)とは異なる第3の居場所。アメリカの社会学者であるレイ・オルデンバーグが、著書“The Great Good Place”(邦題:『サードプレイス―― コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」』)で提唱。

このような社会の趨勢を深く考察したのが、17年に91年の生涯を閉じたポーランド出身の社会学者ジークムント・バウマンです。彼は00年に代表作『リキッド・モダニティ』で、あらゆる基盤が流動的(リキッド)になる時代と社会について分析しました。

この「リキッド」とはいったいどんな状況なのでしょうか。

■条件が流動的なために、正しい選択ができない

たとえば、就職活動をしているある女子学生が、志望企業の産休育休制度で悩んでいるとします。働く前からすでに産休について真剣に考えているわけですが、やはり職を選ぶうえでワーク・ライフ・バランスに関する制度は重要です。仮に、30歳までに結婚して子どもを産みたいと思っているのなら、その条件に合わせて会社を選んだほうがいいでしょう。

ただ、この学生にはいま恋人もいないし、婚約者がいるわけでもないと仮定します。すると、もしかしたら結婚しないかもしれません。あるいは、結婚しても子どもを作らないかもしれない。そうなると、産休育休制度が充実した会社よりも、じつはバリバリ働けて所得が高い会社のほうが幸せかもしれません。

つまり、子どもを作ることを前提に会社を選び、その選択が人生を大きく左右するにもかかわらず、子どもを産むこと自体が流動的であることで、正しい選択ができない状態に陥ることになるのです。

これは、まるで定数項のない方程式のようです。X+Y=ZのXYZには様々な値が入るため、どれかふたつの値を定めないと解が出せません。にもかかわらず、ひとつも値が定まっていない状態で人生の重要な選択をしなければならないのです。前提が定まっていないために、結果色々なことが決められないわけです。

バウマンは、あらゆる条件が流動的になることで、社会を支えていた多くの条件や社会の価値観が変化していくことを予見していたのです。

■「なにも決めない」ことが現代では最も合理的

そうなると、なにがもっとも合理的な行動になるでしょうか。

それは「なにも決めない」ということ。つまり、「もう自分はこれに決めた」という態度がそれだけでリスクとなるため、むしろその時々で判断と行動を次々と変えていくのが、もっとも合理的に見えることになるのです。

このような生き方をする人を、先のバウマンは「選んでいる人」と呼びました。「選んでしまった人」ではなく、「いま選んでいる人」と表現したのです。

思えば、世の中には一度決めたらなかなか選び直せないことがたくさんあります。たとえば結婚もそう。離婚して再婚すればいいという考えはありますが、一般的には、嫌になったら相手をすぐに替える前提で結婚はしませんよね? だからこそ、「年貢の納め時」なんて言い方をするわけです。

でも、いまの時代は、もしかしたら結婚自体がリスクになるかもしれません。そうなると、「これからの人生はこの人と添い遂げる」と決めるよりも、つねに「選んでいる」状態であることのほうが合理的になる。そうバウマンは言ったのです。なにも決めないことがもっとも合理的な選択になるなんて、面白いと思いませんか?

じつは、このような考え方は「自己啓発」と相性がいいものです。自己啓発とは、いわば「すべての出来事は自分の気の持ちようで変えられる」とする思考法のこと。この考え方が流行する背景には、社会が複雑で見通しが立たないこと、幸せの形が個人的なものになったこと、そのために多くのことを社会のせいにできなくなったことがあります。

そのため、自分で決めるためのぶれない基準が定まらず、「いまはこれ」「次はこれ」と、その瞬間の気の持ちようでつねに「選んでいる」状態のほうがうまく乗り切れる気がしてしまうのです。

■アイドル、芸人、ミスコンも「選んでいる人」たち

インフルエンサーやユーチューバーのような、「ひとりイノベーション」の実践者が人気である理由もそこにあります。彼らはなにかを決めて生きてはいません。「いまはこれに興味があるよ」「今日はこの商品を紹介するよ」と、いま自分が興味のあることを基準に生きているのです。

思えば、最近人気があるタレントやアイドルや芸人の多くもそんな人たちです。家電を語ったり、ビジネスを語ったり、専門的な勉強をはじめてみたり。「家電に詳しいから家電しかやりません」ではないのです。これもできる、あれもできると、いつもなにかにチャレンジしています。

ところで、いま大学のミスコンテストってどんな感じになっているか知っていますか? ミスコンといえば、ひとむかし前なら美人コンテストみたいなイメージでしたが、いまはまったく違います。審査員がいる場合もありますが、多くはAKB総選挙のような投票制。もちろん可愛いに越したことはないのですが、重要なのはみんなに投票してもらえること、友だちが多いことなのです。

そのために、候補者はなにをするか。まさに「自己投資」をするわけです。要は、お琴を習ってみたり、海外にボランティアに行ってみたりして、自分がいわば「選び直し」ができたことを、グランプリを決める決勝でスピーチします。自己啓発の実践についてプレゼンする場が、ミスコンになっているわけです。

彼女たちのメッセージの特徴は、だいたいこんな具合です。

■ブランド志向から、自分の感性に合う選択へ

「わたしはこれまでふつうの学生でしたが、ノミネートされたことで精一杯努力して、人生を選び直せました。だからみなさんもきっと夢をつかめる。だって、このわたしができたのだから」

つまり、誰でも人生を選び直せるのだというメッセージを発して、みんなに「すごい、わたしもあんなふうになりたい」と思わせる人に票が集まるわけです。美人コンテストの面もありますが、それと同等に、いやそれ以上に「選び直せる美人」であることが求められているのです。なんらかの専門性やスキルにすべてを賭けることなく、つねに選び直しに向けてスタンバイ状態にあること。

これは、まさに自己啓発のモデルとなる生き方そのものです。

このような人が憧れを集めていることからも、いまの自己投資のイメージは、「選んでいる人」をロールモデルにした自己啓発的なイメージになっているのではないかと思います。

また、それが社会の趨勢でなく、個人の決断や直感から導かれていると主張されていることもポイントです。マーケティング・リサーチャーの三浦展氏は、近年の若者を調査するなかで、人びとに選ばれるブランド志向の強い人から、自分の感性に合う選択をする人たちへのシフトに注目し、「セレブリティからセレンディピティへ」という言い方をしています。

そんな人たちが人気なのも、彼らが「選べている」からなのです。

逆に見ると、いまは「これに決めた」と宣言してしまうのが怖い時代だということです。

■いつかは「選ばれる側」にならないと生き残れない

しかし、このような「選んでいる人」の生き方には、じつは大きな問題が潜んでいます。時を経るにつれて、人は少しずつ「選べなくなっていく」からです。

たとえば、家庭を持てば、当然ながらそのなかで選べないことが出てくるでしょう。自分の人生をある程度制限される形で、子どもを育てたり、やがては親の介護をする必要にも迫られたりするからです。

また、自分自身が年を取っていきます。身体の自由がきかなくなったり、食事もあまり食べられなくなったり、海外にも気軽に行けなくなったりします。人はいつまでも、「選ぶだけの側」にはいられないのです。

つまり、人生が長くなるとは、後半生における「自分自身がリスクとなる状況」に備えなければいけないということ。選ぶ側であった自分が「選ばれる側」になったとき、「あなたは介護が必要なのにお金もない」などと切り捨てられる側にまわらないためには、リスクになった自分のことを受け入れて、選んでもらえるような場所を確保しておかなければなりません。

選ぶ側としていつまでも対象を取っ替え引っ替えするような自己啓発的な自己投資ではなく、「選ばれる側」として、切り捨てられない存在になれるような自己投資をすることが必要なのです。

そこで、先に述べた、家庭や会社だけではないもうひとつの場所、けっして完全ではない自分を選んでくれる場所(サードプレイス)や関係性を作ることが重要になります。その時々の変化を乗り越えて生まれる「事実性」の感覚こそが、たしかなサードプレイスを形成する基盤となるというのが、僕のかねての主張です。

■持てる力や資源を合わせる「協働」とは

では、そんなサードプレイスや関係性を築くためには、なにをすればいいのでしょうか。

ここで、僕が日頃から言っている「協働」が鍵になります。

協働とは、多様な人びとが自分にできることを持ち寄って、お互いに協力しながらある課題の解決を目指すことでした。つまり、類まれな能力を持つわけでもないふつうの人たちが、それぞれの違いを持ち寄ってコラボレーションしたときに生まれるものの可能性に賭けるということ。

それは、「一緒にいるだけで心地良い」情緒的な関係とも、「最小限の労力で課題解決に役立つ人だけを集める」といった利害関係とも異なるあり方です。

ちなみに、協働概念の学術的なルーツは20世紀後半の組織論にあります。そこでは、上からの命令をただこなすだけの歯車のような集団ではなく、互いに自立した主体が対等な関係を維持しながら連携・協力するようなあり方が、これからの組織のあるべき姿と考えられてきました(※)

※武田正則「参画型協働学習におけるファシリテーションに関する理論的背景」『教育情報研究』第27巻4号、17‐28頁

そして、人材が限られているいまの時代には、それぞれが持てる力や資源を持ち寄り、わけあって、みんなでサヴァイヴしていくというコンセプトがまさに最適ではないかと僕は考えています。

■自分だけのサードプレイスを持つこと

ただし、協働というあり方は、長い時間をかけた関係性からしか生まれにくいものです。なぜなら、自分の資産価値がどんどん目減りしていく段階になってから急に関係を築こうとしても、そんな人と協働してくれる人は多くはないからです。

鈴木謙介『未来を生きるスキル』(KADOKAWA)

人が他者と長い間にわたり関係を築いているときに、貸し借りがイコールである関係性なんてまずありません。誰もが誰かに貸しがあり、誰かに借りがあるのがむしろふつうのことでしょう。そうした関係を、いわばお互いに支え合いながら長期にわたって続けていることが大切なのです。

そこで、僕はいつも大学で教える学生たちに、「自分が上の世代からもらったものは、必ず下の世代にも受け渡していこう」とも言っています。そうして下の世代にまわしていくことで、その時々の変化を乗り越えられる、世代を超えたサードプレイスを作ることができるかもしれない。

その場所で多様性ある人たちが協働できれば、互いにメリットを生み出せるのはもちろんのこと、人生のリスクヘッジの場にもなるかもしれません。

そんな自分だけのサードプレイスを作っていく姿勢が、これからの時代を生きていくうえでは大きな鍵になると思います。

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鈴木謙介(すずき・けんすけ)
関西学院大学准教授、社会学者
1976年、福岡県生まれ。2004年東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。国際大学GLOCOM助手などを経て、09年関西学院大学助教、10年より現職。専攻は理論社会学。『サブカル・ニッポンの新自由主義』『ウェブ社会の思想』『カーニヴァル化する社会』など著書多数。06年より「文化系トークラジオLife」(TBSラジオ)のメーンパーソナリティをつとめるなど多方面で活躍。

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(関西学院大学准教授、社会学者 鈴木 謙介 写真=iStock.com)

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