職場セクハラの6割が"泣き寝入り"のワケ
プレジデントオンライン / 2019年6月7日 9時15分
※本稿は、白河桃子『ハラスメントの境界線』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■確かに「今までもセクハラはあった」
まず今までの「法令遵守」のハラスメント対策では、ハラスメントの申告がされない、また防止できていないことが、今明らかになっています。そして、多くの困っている人が声を上げるきっかけになったこととして、#MeTooの存在は無視できません。
世界的な#MeTooの流れに対して、私たちは今セクハラやパワハラに対してどう向き合うのが良いのでしょうか?
「今まで問題にならなかったことが、なぜ今はダメなのか?」という声があります。
元財務事務次官のセクハラ事件では、「被害者にはめられたのでは?」と加害者をかばうような発言もありました。同じ女性記者であっても、「みんな同じようにセクハラに耐えて情報を取ってきた。報道の世界で甘っちょろいことを言うな」と言う人もいます。
そう、今まではずっとあったことだったのです。でも明らかに周囲の環境は変わっています。変化に目を向け、自分をアップデートしないとついていけません。特に2017年から2018年は、変化の年でした。今までの海外と日本での#MeTooの流れをまとめてみました〔(図表1)スポーツ関連などパワハラも一部含んでいます〕。
■グーグルは従業員48人をセクハラで解雇
今まで「セクハラ」は、非常に軽い扱いを受けてきました。しかし、2017年に始まった#MeToo運動を受けて、そうした扱いは変わらざるを得ないでしょう。事実、海外ではセクハラによる経営者の辞任、有名人の失脚が相次いでいます。
例えば2018年10月、米グーグルは過去2年間に経営幹部13人を含む従業員48人をセクハラで解雇したと発表しました。そのきっかけとなったのは、2014年に退職した副社長が、それ以前に社内セクハラを通報されていたにもかかわらず、9000万ドルの退職金を支払われていたというニュース(「米グーグル、セクハラで48人解雇 うち13人は幹部」『朝日新聞デジタル』2018年10月26日)。グーグルといえば、2018年11月に約2万人の従業員が行ったハラスメント対応をめぐる抗議デモが記憶に新しいですよね。デモを受け、グーグルはハラスメント対策の改善などを発表しました。
国内でも、元財務事務次官への#MeTooは、日本の労働環境を変化させようとしています。財務省の事務方トップを辞任させ、国会の議論を停滞させ、セクハラ緊急対策をつくらせ、男女雇用機会均等法改正の議論を起こし、日本初の「ハラスメント禁止の包括法案」への協議をもたらしているのです。
■セクハラをするが「仕事ができる人」をどうするか
元財務事務次官の辞任した4月18日をもって、今、企業が対峙しなければいけないのは「セクハラやパワハラをするが、仕事はできる人」への処遇になったと言っていいでしょう。彼のような人物に対しては、「仕事はできるが、組織に多大なリスクをもたらす人=仕事のできない人」という認識に変わってきています。
今まではセクハラと仕事の能力なら、仕事の能力のほうが重くみられていました。セクハラは「女子どもの問題」として軽く扱われるか、または「個人の問題」「アンタッチャブルなもの」として黙認されてきました。開けてはいけない「パンドラの箱」だったのです。
しかしセクハラは、個人の問題から、「組織の生産性」や「リスクマネジメント」に関わる経営課題になってきました。パワハラも同じく、組織の生産性、マネジメント、イノベーションという観点から、本当に指導に必要かが問われています。
■アメリカで「反セクハラ上場投資信託」が登場
アメリカでは、セクハラが企業に与える損失は1社につき約15億円との見方もあるそうです。米系企業はハラスメント対策に余念がありません。近年では、ハラスメント対策は人材獲得戦略であるとも考えられています。どの企業も、「優秀な人材がパワハラ、セクハラだらけの企業では来てくれない」という危機感を持っているのです。
アメリカのウォール街では今、「セクハラ対策をきちんとしているか」が、就職の条件として問われるそうです。米系証券の人事担当者も、「東海岸でMBA(経営学修士)を取得した優秀な人材は、かつてならウォール街に就職してきました。しかし、今は皆シリコンバレーなどの夢のある企業に行ってしまいます」と嘆いていました。
アメリカでは2018年3月、セクハラがあった企業の株を排除する「反セクハラ上場投資信託(ETF)」まで登場したそうです。
(「『見ないふり』企業のリスクに」日本経済新聞 2018年6月29日)
■日本でも「ハラスメント保険」が現れた
投資家がハラスメントの発覚した企業の株をすぐに手放すのは、アメリカではすでにそうした企業の将来性はないと判断されるせいでしょう。
また日本でも「ハラスメント保険」という動きがあります。保険会社がビジネスにするということは、リスクマネジメントしなければいけないことなのです。
(「『セクハラ告発準備保険』契約急増の理由」『プレジデント』2018年9月3日号)
■財務事務次官のセクハラ事件でテレビ朝日が見落としたこと
財務事務次官のセクハラ事件のように、「他社」との間にセクハラが起きた場合、企業は誰を守るべきなのでしょうか?
「他社」との間でのセクハラ事案は、対処を間違うと批判を招き、企業のブランドを毀損するリスクがあります。財務事務次官のセクハラ事件で、テレビ朝日は本来、告発があった時点で、自社の社員を守るために正式な抗議をしたほうがリスクは少なかったでしょう。なぜなら、財務事務次官が辞任してから会見を開いたことにより、「対処が遅い」と批判の声が上がったからです。
一般企業の例でいえば、2018年10月に起きた百十四銀行の会長の辞任があります。社員を他社のハラスメントから適切に守れなかったことが、批判や辞任の原因となっているのです。
一方で、会社が社員を守ったハラスメント事例には、2018年1月に起きた日本ハムの社長辞任事件があります。ある航空会社が、「自社の社員に対して日本ハムの執行役員がセクハラをした」と日本ハムに対して指摘。その結果、加害者の執行役員とともに、一緒にいた社長も責任を取るかたちで辞任となりました。日本ハムは航空会社にとって有力なお客さまですが、会社は社員を守ったわけです。
どちらを向くか、誰を守るかによって、世の中からの評価には大きな差が出ます。
■セクハラ被害者が「会社に報告」しない事情
社内でのセクハラ、そしてパワハラに関しても、第一に被害者、告発者を守るという意識を持つべきです。とかく告発者は、「二次被害(告発者自身が非難を浴びること)」に遭いやすいものです。企業は、「報復禁止措置」を徹底する必要があります。
ハラスメント通報窓口は、独立性や秘密保持に関して徹底しなければいけません。多くの企業の窓口が機能しないのは、「セクハラ・パワハラ体質の男性や知り合いが窓口にいるので、申告する気持ちになれない」という心理が働くからなのです。
セクハラがあっても被害者が報告しないのは、(1)報告しても被害者が損をするのが予想できる(訴え損になる)こと、(2)そもそも窓口自体が有効ではない(あるかどうかもわからないし、あっても使いづらい)ことが理由です。措置義務違反にならないように設置されてはいても、機能していない窓口が多いのでしょう。
日本経済新聞によれば、セクハラ被害者の6割超が、仕事相手からのセクハラにあっても報告せずに我慢していることがわかっています(図表2)。
(「6割超が我慢『仕事に影響』働く女性1000人セクハラ緊急調査」日本経済新聞2018年4月30日)
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相模女子大学、昭和女子大学客員教授 少子化ジャーナリスト
東京生まれ。慶応義塾大学文学卒業後、住友商事などを経てジャーナリスト、作家に。少子化、働き方改革、女性活躍、ワークライフバランス、ダイバーシティなどをテーマとし、講演、テレビ出演多数。著書に『後悔しない「産む」×「働く」』(齊藤英和氏との共著、ポプラ新書)、『御社の働き方改革、ここが間違ってます! 残業削減で伸びるすごい会社』(PHP新書)、『「逃げ恥」にみる結婚の経済学』(是枝俊悟氏との共著、毎日新聞出版)ほか多数。
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(相模女子大学、昭和女子大学客員教授 少子化ジャーナリスト 作家 白河 桃子 写真=iStock.com)
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