米中の貿易戦争がこじれている本当の理由
プレジデントオンライン / 2019年6月3日 15時15分
■米中双方が「引くに引けない状況」にある
米中の通商摩擦の激化と長期化懸念が高まっている。米中両国の通商問題に関する溝は一段と広がっており、容易には妥協点を見出すことが難しいだろう。
また、5月15日、米国政府が中国の通信機器最大手、ファーウェイに対する米国製製品の輸出禁止に踏み切った影響も軽視できない。中国政府は、IT先端企業を中心とした産業振興策である「中国製造2025」を推進している。この政策を通して、中国は5G通信機器、IoT(モノのインターネット化)に関するテクノロジー、AI(人工知能)などの分野で覇権を強化したい。ファーウェイは「中国製造2025」の中核企業だ。
すでに中国は米国に対して自国の主権を尊重するよう警告した。一方、米国は第4弾の制裁関税(3250億ドル程度)の準備を進めて中国に圧力をかけ、譲歩を引き出そうとしている。双方、引くに引けない。
米国ではファーウェイとの取引停止を受けて業績見通しを下方修正する企業も出ている。ファーウェイの業績悪化も避けられず、中国経済の減速懸念もさらに高まるだろう。米中通商摩擦は世界経済全体にとって無視できないリスクだ。
■国家資本主義の根幹にかかわる中国の補助金政策
昨年12月の米中首脳会談以降、中国が米国に譲歩し、近く両国の通商問題が妥結に向かうとの楽観が増えた。中国は外国企業に対する技術の強制移転を禁止する法律を定め、国有企業への補助金の削減などを合意文書に盛り込むことで米国と折り合いをつけた。それをもとに両国は、150ページに及ぶ合意文書の作成にあたった。4月下旬まで、米中は共同して文書を作成した。その状況を受け、トランプ米大統領は合意が近いとの見方を示した。
しかし、5月に入り中国の習近平国家主席は突如として姿勢を硬化させた。理由は、党内の批判や不満が高まったからだ。共産党幹部にとって補助金政策は国有企業の成長を通して自らの権力基盤を固めるために欠かせない。すでに中国が投資に依存した経済成長の限界に直面する中、補助金政策は地方経済の下支えにも欠かせない。
この考えから、共産党主導による経済運営を重視する保守派の意見が強まり、米国に譲歩するのは弱腰だとの主張が勢いづいた。当初、改革派の劉鶴副首相の譲歩案(補助金削減)を認めていた習氏は、自らの権力基盤の強化のためにも、保守派に配慮せざるを得なくなった。
習氏は交渉の全責任をとるとの姿勢を明確に示し、7分野150ページにわたる合意文書から法的措置などに関する記述を削除し、105ページにまで文書を圧縮させた。その上で、中国は文書を米国に一方的に送付したのである。
■過小評価できないファーウェイ制裁の影響度合い
想定外の修正内容に驚いたライトハイザーUSTR代表は大統領に中国の"ちゃぶ台返し"を報告した。5日、想定外の対応に怒ったトランプ氏は、10%にとどめていた第3弾の制裁関税の引き上げに加え、第4弾の制裁関税発動を示唆した。その後の閣僚級協議では合意がまとまらず、米国はさらなる圧力行使に打って出た。それが、中国の通信機器最大手ファーウェイへの制裁措置の発表だ。
米国の制裁により、ファーウェイの業績悪化は避けられない。同社の売り上げは、スマートフォンなどの消費者向けビジネス(48%)と、通信基地設備などキャリア向け(41%)からなる。売上高は約12兆円と、米国からの制裁によって経営危機に瀕したZTE(中興通訊)の8倍の大きさだ。また、世界各国の5G通信網の整備などにも影響が波及するだろう。
制裁発動を受けた各企業の対応の中でも、英アーム社がファーウェイとの取引停止を発表したマグニチュードは大きい。アーム社は半導体の省エネ設計に強みを持ち、米クアルコムをはじめ韓国や台湾の半導体メーカーは同社との関係を抜きにビジネスを続けることができない。
■85%のシェア持つグーグルもファーウェイと取引停止
アーム社のテクノロジーはスマートフォンを動かすための心臓部分だ。ファーウェイ傘下の半導体企業であるハイシリコンもアームのテクノロジーを必要としている。ファーウェイは1年分の在庫を積み増しているとみられるが、スマートフォンや5G通信に欠かせない半導体設計技術にアクセスできない以上、同社の業績悪化は避けられない。
更に、アンドロイドOSを持つグーグルもファーウェイとの取引を停止する。これに対してファーウェイは独自に開発したOSである「鴻蒙(Hong Meng)」の商標登録を中国政府に申請し、今秋にもリリースを目指している。鴻蒙はアンドロイドとの互換性機能を備え、ファーウェイは自社製品の利用に問題はないと表明している。
アンドロイドは世界のスマートフォンOS市場で85%のシェアを持つ。すでに、わが国の大手キャリアは影響に配慮してファーウェイ製スマホの発売延期や予約中止を発表した。アジアの中古スマホ市場でもファーウェイ製品の買い取りが中止され始めた。ファーウェイが自力で制裁の影響を回避するのはかなり難しい。
また、ファーウェイは世界最大の通信機器シェアを誇る。欧州では価格の安いファーウェイ製の基地局などを用いて5G通信網の整備が進んでいる。米国の制裁は世界的な5G導入を遅らせ、経済活動を抑制する恐れがある。
■中国は世界のレアアース生産の80%近いシェア
8月19日まで、米国政府は保守などに限ってファーウェイとの取引を認める猶予期間を設けた。それまでに米中が協議を進め、落としどころを見いだせればよいが、状況は楽観できない。5月下旬の時点で、両国は閣僚級の協議に関する日程を詰められていないようだ。その中で首脳会談を行い、対立を解決することは難しい。
特に、中国が電気自動車の開発やデジタル家電の製造に欠かせないセリウムやランタンなどのレアアースの輸出制限を示唆し始めたことは見逃せない。これは、ファーウェイ制裁への対抗措置だ。
中国は世界のレアアース生産の80%近いシェアを持つ。第2位のオーストラリアの生産シェアが15%程度だ。米国はレアアース輸入の80%を中国に依存している。今後、米国は中国以外の国からレアアースを調達し、影響を回避しようとするだろう。
同時に米国は中国に、さらなる圧力をかけようとするはずだ。大統領再選に向けて点数を稼ぎたいトランプ氏は、できるだけ短期間に中国の譲歩を得たい。同氏の性格を考えると、米国は第4弾の制裁関税の発動に加え、中国企業への制裁を拡大する可能性がある。
■中国は長期戦に持ち込み、米国が折れるのを待っている
一方、習近平国家主席は交渉を長期戦に持ち込み、米国が折れるのを待ちたい。特に、2020年の米大統領選挙で民主党の有力候補とみられているバイデン氏は「中国は競争相手ではない」との見解を示している。通商摩擦が長引き経済の減速が鮮明化すれば米国の世論はトランプ氏を批判し始めるだろう。習氏は国家資本主義体制のもと景気を支えつつ、時間をかけて米国の強硬姿勢が後退するのを待ち、自らの体裁を保ちたい。
今後の展開を考えると、基本的に両国とも引くに引けない。米国が求める補助金の削減などは中国の経済運営の根幹にかかわる問題だ。IT先端分野を中心に米中の覇権国争いはより激しさを増す恐れがある。米中の対立が激化すれば、両国だけでなく世界経済全体の成長率下振れも避けられない。先行きは楽観できない。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫 写真=AFP/時事通信フォト)
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