マスコミ勤務の50代が業界を脱出する訳
プレジデントオンライン / 2019年6月12日 9時15分
※本稿は、成毛眞『決断』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■メディア業界が置かれている状況は「対岸の火事」ではない
『決断』というタイトルを冠した、転職などに伴うミドルエイジの「決断」について考えた新書を刊行した。この本で著者と対談していただいた4人は、50歳前後という共通の属性はあるものの、進んできた道も、「決断」した道もバラバラ。各人の「決断」の理由もさまざまだ。
ただし、「メディア」と呼ばれる産業・業界に属する人物であることは共通しており、老舗の大手出版社からベンチャー企業に身を投じた人もいれば、大手新聞社から独立した人、アカデミズムの世界に持ち場を変えた人もいる。会社に残り、着実に出世の階段を上っている人もいる。
近年の新聞や出版などの悲惨な状況は、ここでわざわざ論じる必要もないだろう。だからこそメディア業界は目まぐるしく変化を遂げており、それに伴い、転職市場も活発化している、というのがその背景でもある。
さて、「メディアの話なんて関係ない」と、ここで記事を閉じそうになっている人もいるかもしれないが、少し待ってほしい。
同書もこの記事も、メディア業界の現状を憂うものでも、そのあり方を論じるものでもない。あくまで40代、50代のミドルエイジが直面する、キャリアにおける「決断」について考える本である。実際今、新聞や出版が置かれている「未曾有の状況」とは、あなたが身を置く産業にとっても決して「対岸の火事」ではないのである。
■一つの産業「丸ごと」での激変が起こる
端的に言って、これから先は一つひとつの会社が変わる、というレベルにとどまることなく、一つの産業“丸ごと”での激変がしばしば起こることになるというのが私の見立てだ。ある日、一つの業種が丸々この世から消えてしまう、という事態を目にすることが日増しに増えていくことだろう。
その意味で、たまたまメディア業界が早々と“凋落”しただけなのであり、これからの社会では、現在起きているあの業界の激変は、多くの人にとって「明日は我が身」となるはずである。特に日本全体で、ものすごいスピードで進む少子高齢化と、産業構造の大変革で、この先、あらゆる産業において、身の振り方を考えなければならない人が続出するだろう。
はっきりいえば、もはや「対岸」など存在しない。そして、もしあなたが身の振り方を考えなければならなくなった場合、いち早く衰退しつつあるメディア業で「決断」した人たちが選んだ生き方は、業界は違えども、大いに参考となるはず。だからこそ、今、このタイミングで、このテーマで執筆したのである。
■人口減少が直撃する「教育関連業」
たとえば人口動態の変化の直撃を受けかねない最たる産業として、教育関連業がある。学校や塾といった学習支援業は約350万人が従事する巨大産業だ。なかでも平成の30年間で、極端に膨張してきたのが大学ビジネスである。
ちなみに政府が2018年にまとめた高齢社会白書によると、2017年に1億2671万人だった日本の人口は2045年には1億1000万人を割り、2055年には9744万人と1億人の大台も下回るとされる。つまり、ここから40年の間に、2500万人もの人口が消えることになる。さらに、高齢者比率(65歳以上)も2035年にはほぼ3人に1人(32.8%)、2065年には2.6人に1人(38.4%)まで上昇する。
そのような中でも日本の大学の数は右肩上がりに増え続け、2019年3月現在、787校を数えている。1989年が499校だったので、平成の間に約300校、1年に10校ものペースで増え続けたことになる。
■「令和は大学衰退の時代」と言われるかもしれない
これは、あまりにも高いペースだ。なぜこれほど大学が増えたかというと、「大学くらい出ておきたい」という日本人固有の同調圧力から、大学への進学が増えたとの見方が支配的だ。実際、大学進学率は1994年には30.1%だったが、2004年に42.4%、2014年に51.5%、2018年には53.3%まで高まっている。
異常な増設ぶりだったのは確かで、「日本私立学校振興・共済事業団」がまとめた2018年度の私立大学の入学動向の調査結果によると、定員割れは210校で、全体の36%に達しているとされる。実に、3校に1校以上、定員に達していないことになる。
新設大学の一部は大学以外の教育機関も運営する学校法人が多い。そのため、定員割れがそのまま廃校に直結するわけではないが、どのような教育機関であろうと分母が減れば、じわじわと体力が奪われていく。だからこの先、大学ビジネスが今までのようには成り立たなくなるのは疑いようもない。令和は大学衰退の時代といわれるかもしれないが、いずれにせよ、大学ビジネスには、あまりに厳しい冬の時代となりそうだ。
■地方銀行は「潰れない」就職先ではなくなった
いかに「安心できる対岸が存在しないか」という話題を論じる時、「潰れない」とされた業界の衰退について記すとわかりやすいかもしれない。
ほんの20年ほど前まで、上京した大学生が地方に戻り、Uターン就職する際に人気だったのが「県庁」と「銀行」だった。それは、いずれも「潰れない」と信じられていたからだろう。
しかしその状況は大きく変わった。自治体を取り巻く環境については先ほど触れたが、銀行、特に地方銀行はすでに存続自体が危ぶまれている。
金融庁は2018年に衝撃的な報告書を出した。東北や四国など23県の地銀について、地域で独占的な存在になろうとも、不採算構造は変わらないと指摘したのだ。つまり、店舗や人員を減らそうが時間稼ぎに過ぎない、ビジネスモデルそのものが立ち行かなくなっている、というわけだ。金融庁は銀行の監督官庁である。いわばプロのスポーツチームの監督がその選手へ「そろそろ引退だな」とクビを宣告したに等しい。
銀行の本業とは、預金を貸し出しに回して得る、利ざやをいかに稼ぐかにある。しかし、カネ余りの低金利時代が続き、利ざやは自然に低下してきた。また「フィンテック」と呼ばれる金融業の技術の刷新で、周辺のビジネスも大きく変化を遂げつつある。
■「何もしない」から地銀は生き残っていた
ここまで地銀が長らえてきたのは「巣ごもり」を続けてきたからだ。バブルの不良債権処理に苦しんだ各行がそれでも存続できたのは、リスクをとらず、コストを抑えていたからに過ぎない。つまり「何もしない」という消極的なスタンスで生き残ってきたのだ。
20年間も巣ごもりを続けていれば、スキルも当然さび付く。融資の目利きやリスクマネーの供給などもできるわけがない。経費を徹底的に削減するにしても、限界がある。『日本経済新聞』の報道では、全国106行の地方銀行の半分にあたる54行が本業で赤字に陥り、うち23行は5期以上連続で赤字という(「地銀、半数が本業赤字」2019年3月15日記事)。
地方経済を担う地銀は、今現在で約100、信用金庫・信用組合に至っては約400もある。どう考えても過剰だ。経営統合で規模のメリットを追求し、合理化を模索するくらいしかないといわれているが、それもまた時間稼ぎに過ぎないだろう。
■国や企業は「働き方の見直し」を急いでいる
もちろん、この先需要が増える産業もある。IT産業などはそうかもしれない。しかし多くの既存基幹産業については、現在の人口動態を前提としている側面があまりに大きく、今の状態のままではいずれ行き詰まる。つまり、衰退の時間軸は異なるものの、多くの産業において激変や凋落からまぬがれない可能性が高い。
国や企業もこうした状態を予測し、硬直化していた働き方の見直しを急いでいる。少子高齢化による労働力不足を補い、雇用の流動化も促すため、正社員の副業や兼業を後押ししているのは周知のとおり。大手でもロートやソフトバンク、ユニチャームが副業を解禁した。
リクルートワークス研究所が2017年6月に公開した「全国就業実態パネル調査2017」では、16年に雇用されていた人のうち、12.9%が1年間に一度以上の副業・兼業経験を持っているとされる。およそ8人に1人が何かしらのダブルワークに励んでいるわけで、決して少なくない割合だ。
副業人口の増加に伴い、市場規模も拡大している。オンライン上で、多数の人へ業務を発注することを指す「クラウドソーシング」を手がけるランサーズが行った「フリーランス実態調査2018年版」によれば、副業従事者数は744万人。経済規模はこの4年間で3倍近い、約8兆円規模に成長したと指摘している。
■40代、50代でも容赦なく「決断」を迫られる
一方で、転職も、もはや当たり前の時代になっており、人材サービスのパーソルキャリアが18年9月に発表した「転職に対するイメージ」調査によれば、転職をポジティブに捉える会社員の割合は56.4%と半数を超え、20代から60代までのすべての世代でポジティブがネガティブを上回る結果になっている。約半数(49.9%)の会社員が「現在の会社では理想の働き方ができない」としており、転職経験がない会社員の約3人に1人が現在、転職を考えているという。
すでに副業、転職をしている人は少なくないわけだが、これらの人はどちらかというと、個人の事情や個別の企業の業績悪化などに伴っての「決断」を迫られた場合が多いだろう。だが、これからは、自分が身を置く産業が衰退していくなかで、否が応でも誰もが決断を迫られる「大決断時代」が到来するのだ。
20代、30代ならまだしも、40代、50代でも容赦なく「決断」を迫られる社会がこれから待ち受けているといって過言ではない。それは副業容認や転職市場の活性化など「決断」を補完する制度も整っていることからも明らかだ。
■「目利きの人」の決断から学ぶことは多い
では、今の会社を辞めるか、それとも続けるのか? 辞めるのならどう転ぶのか、現在と同じ業種の企業に移るのか、それともまったく違う業界に身を置いてみるのか?
組織に属さないという選択肢も当然ある。とりあえずダブルワークをしてみようと考える人もいるはずだ。選択肢が多い時代だけに迷う人も多いだろう。
一方で、経営者JP総研が2018年12月に発表した「エグゼクティブの転職に関する意識調査」によると、経営層や管理職の46.8%が「転職して失敗した経験がある」と答えている。これはあくまでも主観であるので、客観的に失敗したと見られる割合はもっと大きい可能性もある。それでも少なく見積もって、40代、50代の2人に1人が転職に失敗しているのが現実だ。
では、いかにして「決断」に伴う失敗を防ぐか? それは、成功者に学ぶしかないと著者は考えている。だからこそ新刊では、激動のメディア業界で、客観的に見てうまく「決断」できたように思われる人物を選び、取材させてもらうことにした。今、執筆を終えてあらためて実感しているが、実際、彼ら「目利き人」の決断から学ぶことは実に多かった。
この記事をここまで読み進めてくれた人は、少なからず社会人としてのキャリアや、いつかやってくるかもしれない「決断」に関心がある人のはずだ。
現役の中間管理職の立場にある人間が、当事者の言葉で、自らが身を置く産業の栄枯盛衰や下した「決断」をじっくり語ったコンテンツはこれまで少なかった。どのような形にしろ、先人たちの「決断」が、あなたの「決断」を、そして未来を後押しする一助になるだろう。
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書評サイト「HONZ」代表
1955年、北海道生まれ。79年、中央大学商学部卒。自動車メーカー、アスキーなどを経て、86年マイクロソフト(株)に入社。91年、同社代表取締役社長に就任。00年に退社後、投資コンサルティング会社(株)インスパイアを設立、代表取締役社長に就任。08年、取締役ファウンダーに。10年、書評サイト「HONZ」を開設、代表を務める。元早稲田大学ビジネススクール客員教授。著書に主な著書に『面白い本』『もっと面白い本』(岩波書店)、『定年まで待つな!』(PHPビジネス新書)、『amazon』(ダイヤモンド社)など多数。
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(書評サイト HONZ代表 成毛 眞 撮影=中央公論新社写真部)
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