男の性癖のため肉体を改造する売春婦の姿
プレジデントオンライン / 2019年6月19日 9時0分
※本稿は、丸山ゴンザレス『世界の危険思想 悪いやつらの頭の中』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■スラム街での職業は「スリ、物乞い、売春」
家族の最小単位は「夫婦」である。特定のパートナーがいる場合、それ以外の相手とのセックスは不貞とされる。離婚の理由としては十分だし、宗教的に禁じられていることも多い。そのようなことをいまさら説明するまでもないだろう。私もそう思っていたのだが、心の深い部分に揺さぶりをかけられる出会いがあった。
ブルガリアの首都・ソフィアを取材したときのことだ。
バルカン半島最大のスラム街といわれる団地を訪れた。ここに暮らしている人々はヨーロッパ全域に暮らすロマの人々である。彼らの置かれている境遇については同情するし、支援している団体もある。生活の糧を得るために、周辺国に出稼ぎに行く人が多い。
しかし、彼らが選択する職業が問題になっている。
スリ、物乞い、そして売春である。貧しい人たちのいる地域で売春婦として働く女性が存在することはよく聞くことで、ことさらに言うべきことではないように思われるだろう。だが、あえて紹介するのには理由がある。
私が出会った二人は、お世辞にも良い暮らしをしているようには見えなかった。この街でおこなわれている売春の実態を調査しているなかで、直接話を聞かせてほしいと頼んだら応じてくれた。
■「子どもたちのため」に夫婦で売春
無作為にお願いして応じてくれただけの二人について、特に思うところもなかった。それでも女性に対して同情する気持ちはあった。インタビューにくっついてくる男が気になっていたからだ。
この手の商売をしているとヒモのようなやつが出てくることはあるし、このあたりの売春を仕切っているやつかもしれない。そういうやつに寄生されているのだとしたら、同情する気持ちも自然に湧いてきてしまう。そんなことを考えているのがわかると、相手に弱みを見せることになるので、表情に出すことはなかった。
あれこれと思いを巡らせても意味がないので、どうして一緒にいるのか、直接彼に聞いてみることにした。
「あなたはこの女性とどういう関係なのですか?」
「家族です」
「家族というと?」
「夫です」
表情にこそ出さなかったが「絶句」だった。同時に二人が一緒にいる理由がわかった。
だが、それよりも先が理解できなかった。夫が公認で売春をすることだけでなく、スラムのなかで売春をするということは、客のなかに知っているやつがいるかもしれないのだ。
そこを突くと表情を変えるでもなく夫が言った。
「子どもたちのためだ」
■「客が近所の人だったら耐えられるんですか」
瞬時に「そういう問題なのか?」と思ったが、それこそ家庭のことに口を挟むことはできない。私は通りすがりの外国人ジャーナリストである。ジャーナリストの仕事として、状況を理解するために質問をぶつけることはあっても、二人の関係性を断ち切るような踏み込み方をするのはご法度である。私はあくまで傍観者なのだ。
彼らなりに折り合いがついているというのであれば、わかりきった問題を部外者の私が蒸し返す意味なんてない。わかっている。わかっているが、それでも言わずにはいられなかった。
「客が近所の人だったら? 顔見知りだったら耐えられるんですか?」
「仕方ない。子どもたちのためだ。あの子たちが飢えていることのほうが耐えられないんだ。それに妻が安心して仕事できるように私は見守っているんだ」
のちの取材でわかったのだが、この街の売春のシステムとして、女にはパートナーがついているそうだ。
■「子どもたちを救うため」に妻は壊れた
内心、「お前が働けよ」という言葉を反芻していた。でも、出せなかった。それは私が決して言ってはならないことだからだ。妻のほうもそう思っていたのか、それとも夫と同じ気持ちなのかはわからない。
なぜか。どんなに質問を重ねたとしても、彼女の言葉で答えが語られることはないと思ったからだ。
光を失った眼球の奥には、彼女の生のエナジーがまったく感じられない。死んだ目というのがこういうものかと痛感させられた。
夫は子どもたちを救うためだと言った。そのために妻が壊れてしまった。それでも家族なのだ。私が思っていた単位の家族のなかには、夫以外とのセックスは、決してあってはならないこと。それが家族愛によって崩されてしまった。
愛とは、向ける対象以外には、ときに残酷なのだ。
■バングラデシュで好まれる「豊満な女性」
後味の悪い話だったが、もう少しこのトーンにお付き合いいただきたい。世界中を旅して取材していると売春にまつわる悲惨な話を耳にすることは多い。以前、世界一危険な仕事といわれる、バングラデシュにある「船の墓場」と呼ばれる船の解体所を訪れた。その際に訪問することがかなわなかった場所がある。それが売春宿だった。
バングラデシュの男が一般的に好むとされる性癖がある。それは豊満な女性である。
だが、売春宿で働いている女たちは、病気や貧しさなど様々な事情から痩せていることも珍しくない。そんな非人道的な状況が許されるはずがないと思うのだが、現実はもっとむごたらしい。
バングラデシュでは、売春そのものを政府が公認しているために、全体的に取り締まりがゆるいとされているのだ。なかには、児童買春を生業とするために、人身売買に手を出す業者もいるほどだ。
リクルートスタイルが非人道的だとしても、働くことになった以上は逃れられないため、女性たちは客をとるしかない。それも男たちの気を惹くために驚くべき手段をとるのだ。
■牛用ステロイド剤を摂取して太る女性たち
オラデクソンという薬品を知っているだろうか? ほとんどの方は聞いたこともないだろう。それもそのはずで、ステロイドなのである。それも牛用のものなので、獣医か酪農家でないと耳にすることもないだろう。
彼女たちは、そんな牛用ステロイド剤を摂取し、太って豊満な体にするのだ。この話を聞いたときに、この世の地獄のひとつかもしれないと思った。
男の性癖のために肉体を改造して、薬の副作用や性病によって人生を奪われていく。それも若いというか、ほとんど子どものような女の子たちがである。
彼女たちは、様々な理由があって売春宿で働いている。貧困、離婚、人身売買……。どんな理由であれ、そこにしか居場所がない人たちがいるという現実を知ったのは、20歳のときだった。
■「女に興味はないか?」について行った
バングラデシュの隣国、インドを旅しているときだった。仲良くなった地元の若者たちと昼間から酒を飲んでいたら、「女に興味はないか?」と問われたのだ。
インドの売春街といえば、コルカタのソナガチなど、いくつか有名なところもあるが、当時滞在していたのは田舎で大して大きな街でもなかった。世界遺産でもある性をモチーフにした雄大なレリーフで有名なカジュラホに近いだけの街だった。大都市に風俗街があるのは年若い自分でも予想ができたが、こんな辺鄙な場所にもあるのかと驚いた。
飲酒運転という概念すらないであろう若者の運転するバイクに乗って、村からかなり離れた場所まで連れてこられた。そこには土壁の家と呼べないようなボロ屋があった。
「ここだ」と言われて近寄ると、玄関っぽい場所の横にあるかまどにうずくまるようにして火を起こしている人がいた。年齢はわからない。性別はサリーっぽい衣装から女だとわかる。真っ黒に日焼けしていて、生活の苦労が顔のシワに刻まれている。
もしかしたら若いのかもしれないが、やっぱり老婆なのかもしれない。でもたしかめる勇気はない。
■抱かれることが「存在意義」になっている
「女ってどこ?」
この建物の中に若い子でもいたらいいなと期待して聞いた。
「そこにいるだろ」
無慈悲な返事に心が折れた。ここに来たのは性欲じゃなくて好奇心からだった。その欲求はすでに満たされていた。彼女は売春を生業とするカーストに所属していると説明された。
つまり、抱かれることが彼女のこの村での存在意義、生きる理由となっている。この場所で訪れる男たちの性を受け続ける生活がどれほど辛いのか。そのことを考えてみたが、想像が追いつくものではなかった。
このときには、ただ後味の悪さだけを噛み締めて立ち去ることしかできなかった。そして、何もする必要がなかった。それでも忘れられない記憶として私の心に刻まれていたのだ。
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ジャーナリスト・編集者
1977年、宮城県生まれ。考古学者崩れのジャーナリスト・編集者。無職、日雇労働、出版社勤務を経て、独立。著書に『アジア「罰当たり」旅行』(彩図社)、『世界の混沌を歩くダークツーリスト』(講談社)などがある。人気番組『クレイジージャーニー』(TBS系)に「危険地帯ジャーナリスト」として出演中。
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(ジャーナリスト・編集者 丸山 ゴンザレス 写真=iStock.com)
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