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選挙に勝つため国益を弄ぶ安倍首相の見識

プレジデントオンライン / 2019年6月8日 11時15分

2019年6月4日(写真=AFP/時事通信フォト)

■「日朝首脳会談」の思惑はもろくも崩れ去った

夏の参院選に向け、永田町が騒がしい。

いまの国会が6月28日の会期末で閉会した場合、参院選は7月4日公示、21日投開票の日程で行われる見通しだ。安倍首相があわせて衆院を解散する「衆参同日選挙」との見方が出ており、与野党の動きに拍車がかかっている。

与野党の最大の関心は、安倍首相がいつどうやって衆院を解散するかである。

安倍首相は衆参同日選挙に勝ち、憲法改正まで成し遂げるため、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との「日朝首脳会談」を実現させようとしていた。だが、その思惑はもろくも崩れ去った。

■「条件を付けずに」と大きな方向転換をはかったが……

今年2月、ベトナム・ハノイで行われた2回目の日米首脳会談の後、安倍首相は「今度は私の番」と明言した。5月に北朝鮮が弾道ミサイルを連続して発射した際には、「私自身が条件を付けずに向き合わなければならない」と無条件で日朝首脳会談に臨む決意を示した。これまで安倍首相は「拉致問題の解決に資する会談としなければならない」という姿勢を示しており、大きな方向転換は関係者を驚かせた。

安倍首相は、史上初の日朝首脳会談を実現して拉致被害者を帰国させた小泉純一郎・元首相のように、自ら北朝鮮外交の大きな檜舞台を作り上げ、その勢いに乗って衆参同日選に打って出ようと考えていた。

ところが、肝心要の金正恩氏が態度を硬化させてしまう。北朝鮮が6月2日夜、国営メディアを通じて日朝関係について次のような声明を発表したのである。

■「安倍一味はツラの皮がクマの足の裏のように厚い」

「まるで日本政府がわが国に対する協議の方針を変えたかのように宣伝し、しつこく平壌(ピョンヤン)への門をたたいているが、われわれへの敵視政策は何も変わっていない」
「前提条件のない首脳会談の開催などとぬかす安倍一味はツラの皮がクマの足の裏のように厚い」
「あれこれ言っている安倍一味はずうずうしい。過去の罪悪をきれいに清算して新しい歴史をえがく決断を下すべきだ」

北朝鮮の声明では謝罪や賠償を求める姿勢も改めて示された。

安倍首相が前提条件を付けずに日朝首脳会談の実現を目指す考えを示していることに対し、北朝鮮の国営メディアが直接反応を示したのは、これが初めてだった。

■野党に不信任決議案を出させて、衆院解散を断行したい

なぜ北朝鮮はこのような非難の言葉を日本に向けたのか。それは金正恩氏が安倍首相の足元をみているからである。金正恩氏は、自分の選挙のために日朝首脳会談を開こうとする安倍首相の思惑を見抜いたのだ。

いまのところ、安倍首相のもくろみは失敗した格好だが、この先、したたかで気まぐれな金正恩氏が安倍首相の意を受け入れる可能性がないとは言い切れない。

安倍首相は6月12日から14日にかけてはイランを訪問する予定だ。28日と29日には、大阪で主要20カ国・地域首脳会議「G20」が開催され、日本が議長国を務める。当然、安倍首相の言動が世界のニュースに流れる。

永田町では、6月19日辺りに開催される党首討論で、憲法改正の是非を取り上げ、そこから野党に不信任決議案を出させて、衆院解散を断行するとの見方も出ている。

■菅官房長官も「内閣不信任案→衆参同日選」に誘い水

すでに菅義偉官房長官は、不信任決議案は衆議院を解散する大義になり得るとの認識を示している。

これは5月17日午後の定例記者会見で、「野党側が国会に内閣不信任決議案を提出した場合、国民に信を問うために衆議院を解散する大義になりますか」との質問に答えたもので、菅氏は「それは当然なるのではないか」とはっきりと話している。

菅氏の答えは野党に「不信任決議案を出せ」と言っているのと同じだ。いわゆる“政治的誘い水”である。

安倍首相もこんな発言をしている。5月30日の経団連の総会だった。

「『風』という言葉に、永田町は大変敏感だが、ひとつだけ言えることは、『風』というものは気まぐれで、誰かがコントロールできるようなものではない」

この安倍首相の発言に対し、野党幹部の1人である立憲民主党の福山哲郎幹事長は「解散権は首相にある。それを『気まぐれだ』と自分で認めている。よく分からないが、『解散について、はっきりと言明をしない』ということだと思うので、こちらが右往左往するような発言だとは思わない」と語っていた。

安倍首相の発言は明らかに誘い水である。菅氏の言葉と同じだ。安倍首相は自ら野党に王手をかけたのである。そうでなければ、わざわざ「永田町が風に敏感だ」などと切り出すわけがない。

■「首相自ら解散風をあおるかのような発言は異例」

6月1日付の朝日新聞が「首相『風』発言 解散権をもてあそぶな」との見出しを付けた社説を書いている。その書き出しが実に手厳しい。

「国民の代表である衆院議員全員をクビにして民意を問い直すという『解散』の重みをわきまえぬ、不見識極まる発言だ。ウケ狙いの軽口と見過ごすわけにはいかない」

「不見識極まる発言」「ウケ狙いの軽口」と攻撃するところが、安倍政権を毛嫌いする朝日社説らしい。

朝日社説はさらに批判する。

「首相自ら解散風をあおるかのような発言は異例である」
「解散を判断する立場にありながら、『きまぐれ』とか『コントロールできない』などと、人ごとのように語るのも無責任だ」

朝日社説も沙鴎一歩と同じ見方のようである。安倍首相発言は明らかに誘い水なのだ。

ただし、安倍首相は「人ごとのように語った」のではなく、ぼかして発言しようとしてぼかし過ぎてしまったのだろう。それゆえ「人ごと発言だ」と朝日社説に糾弾されるのだ。要は、安倍首相の表現力が不足しているのである。

■解散は党利党略だからこそ「大義」が求められる

続けて朝日社説はこうも書く。

「首相は12年末の政権復帰以降、14年11月、17年9月と2度にわたり、野党の虚を突くかたちで解散に踏み切り、与党が大勝した」
「衆院議員の任期を2年以上残し、腰を据えて取り組むべき課題も山積している今、党利党略優先の解散をまたも繰り返そうというのか」
「野党に対する牽制や政権与党内での求心力の維持など、さまざまな思惑があるのだろうが、解散をもてあそぶのは、いい加減にやめて、国会論戦や政策づくりに集中すべきである」

沙鴎一歩は朝日社説の見解とは違う。まさに解散は党利党略なのである。だからこそ、かたちのうえでの「大義」が求められるのだ。

朝日社説は「解散をもてあそぶな」と主張するが、解散総選挙によって民意を問うことができる。そこが解散のいいところだ。

■安倍首相は日米貿易交渉を「選挙の材料」に使っている

東京新聞(5月28日付)の社説は、トランプ大統領の来日にともなって27日に行われた日米首脳会談について「なぜ選挙のあとなのか」との見出しを付け、こう主張する。

「あまりに露骨、横柄な物言いではないだろうか。日米の貿易交渉妥結は参院選挙後までずれ込む見通しという。人々の暮らしを大きく左右する交渉である。選挙の材料に使ってはならないはずだ」

安倍政権はアメリカと貿易交渉で妥結すると、日本の国民に大きな負担が生じることになると判断している。だから妥結を後回しにしたのだ。東京社説が指摘するように、安倍首相は日米貿易交渉を「選挙の材料」に使っている。

安倍首相は「選挙が近い。その選挙に影響を与えたくない。貿易交渉の妥結は選挙後にしてほしい。その代わりに見返りを用意する」とトランプ氏と何らかの密約を結んだ可能性がある。

安倍首相は夏の選挙に勝ってさらに地盤を固め、悲願の憲法改正を実現したいのだろう。ならば安倍首相に聞きたい。選挙や憲法はだれのためにあると考えているのか、と。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=AFP/時事通信フォト)

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