39歳の私が積極的に"お酌"をやめたワケ
プレジデントオンライン / 2019年6月20日 9時15分
■新しい「武器」を身につけるより「荷物」を下ろす
40歳は微妙な年頃だ。若手というには後輩が多いし、ベテランというには頼りない。文筆家の岡田育さんは、新著『40歳までにコレをやめる』(サンマーク出版)で、「いつのまにか増えすぎた荷物、ここで下ろさない?」と問いかける。どういうことなのか。
「40歳を前にして、肩の力が抜けたすてきな50代、60代になるにはどうしたらいいのかを考えた。そのために必要なのは、新しい『武器』を身に付けることではなく、背負い込み過ぎた荷物を下ろしていくことだと気付いたんです」
■「適応しすぎた」20代後半、眠れなくなった
岡田さんが思い出すのは20代後半、新卒で入った出版社の編集者として多忙な日々を送っていた日々のことだ。仕事は充実していたが、頭の中は「やるべきことをきちんとやらなければ」というプレッシャーでいっぱい。心身の調子を崩し、不眠に悩むようになっていた。心療内科に行くと、「概日リズム睡眠障害」という診断が下りた。
「うつ病寸前の状態でした。体が動いてくれないと訴えたら、医師が『何もできていないのではなくて、〈何もしない、をしている〉と考えてみたら』と声をかけてくれた。とてもしっくりきたんです。アクセルでなくブレーキ、残量0%になる前の充電。ずっと忘れていたことを、取り戻したような感覚でした」
周囲に「適応し過ぎていた」と振り返る20代。でも幼少期にさかのぼれば、決して物分かりがいいタイプの子供ではなかったという。大人に「将来の夢は?」と聞かれても、無邪気に答えられなかった。
「みんな『お花屋さんになりたい』『ケーキ屋さんになりたい』と子供らしく声を張り上げるでしょう。そこで一歩立ち止まって『ケーキは好きだけど、本当にそれだけで職業にできる?』と考え込んでしまう性格でした。周囲からは『ノリが悪い』と思われていたかもしれません。でも、考えることが好きだった。考えないと前に進めないという意味では、不器用なところもありましたね」
■「すべて頑張った女性が一人前」のプレッシャーが強すぎる
就職して社会に出ると、自分のこだわりを貫くことは難しくなる。さまざまな場面で、世の中の「常識」や「規範」とぶつかるからだ。
「他者に期待されるイメージに自分自身を近づけていく。勝手なことを言ってダラダラ生きていてはいけない、と教え込まれるんですよね。そうすると結果として、外に見せている自分と、本当の自分との間にギャップが生じる。それがどんどん大きくなっていく。つい頑張り過ぎて、そんな悩みを抱える20~30代は多いのではないでしょうか」
女性では特に「やることリスト」を求められる局面が多い、とも指摘する。
「仕事をして、結婚をして、子育てもして、美容にも気を配って――。すべて完璧に頑張った女性が一人前、というプレッシャーがこの社会では強すぎると思うんですよ。書店の棚を見回しても、あれをしよう、これをしよう、というタイトルが多くて、女性に向けて『やりたくないことは、そこまで全力でやらなくたって、死にゃあしないよ!』と言ってくれる本って少なくないですか? それなら、私がその旗を振ろうと思いました」
「やめる」を勧める本書には、そんな自分より下の世代に向けたメッセージが込められている。
■いついかなる時も「お酌」は必要なのか
その事例のひとつが飲み会の「お酌」だ。会話に夢中になっていたら、相手のグラスが空いているのに気付かず、横から上司ににらまれる。そんな経験のある人は多いのではないか。
岡田さんにお酌をやめるきっかけを与えたのは、雑誌編集部での上司だった当時40代の女性編集長だ。
社内の新入部員歓迎会の冒頭。彼女は全員に飲み物が行き渡ったことを確認すると、乾杯の音頭の代わりに「あとは、手酌で!」と宣言した。
「私もよく訓練された若手の例に漏れず、飲み会ではお酌をされたら必ず受けて、飲み干して返杯しなければならない、という教えが体に染みついていました。でもその女性上司は、内輪の飲み会ならお酌は仕事じゃない、だから自分のペースで楽しもう、と呼びかけた。毅然とした姿勢がかっこよかったですね。私も真似するようになりました」
■ニューヨークに「新橋」を持ち込む日本の会社員
常識や規範とされているものをアップデートする作業は、ややこしい。規則なら一度に変えられるが、空気の読み合いから生まれる「暗黙の了解」は、自然と受け継がれてしまうからだ。
岡田さんが住むニューヨークには「お酌」の文化はないが、「日本企業から赴任してきたサラリーマンと会食をすると、おなじみのやり取りが始まって一気に空気が『新橋の居酒屋』になることがある」と笑う。
「お酌に限らず、いわゆる接待っぽいことをされそうになったら、ここはニューヨークなんで~! と冗談交じりに断っています(笑)。国境を越えても変わらないほどの慣習なんですね。例えばこれを、20代の若手がいきなり断ち切るのは簡単ではありません。40歳を前に、どちらかというとお酌『される』立場になったからこそ、率先して、上からルールを書き換えられるんです。先輩たちを見て、これはいいなと感じた『やめる』のバトンを、受け取って次代につないでいきたいですね」
■「何もしない自由」を取り戻すヒント
本書には、「お酌」を含め計39項目の「やめたこと・やめること」リストが紹介されている。
SNSの発達で情報が増え、他人の動きや考えは以前より見えやすくなった。放っておけば、「やるべきことリスト」は無限に増える。そしてそれをこなそうとすれば、「考えるよりも行動すること」を強いられる。
「やめること」を意識するという本書のメッセージは、そんな状況から距離を取って「考える自分を取り戻そう」という提言にもなっている。
「本書にリストアップされた『やめる』の数々は、あくまで一例。『正解』が書いてあるわけではないし、人によって何をやめるか、どのようにやめるかは異なるでしょう。40代という一つの山をきっかけに、『しない自由』を取り戻す。そのためのヒントとして活用してほしいと思います」
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文筆家
1980年東京都生まれ。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。著書に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、『天国飯と地獄耳』(キノブックス)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(角川文庫)。2015年より米国ニューヨーク在住。
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(文筆家 岡田 育 聞き手・構成=加藤藍子 撮影=プレジデントオンライン編集部)
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