生命保険の受取人「妻=×、配偶者=○」
プレジデントオンライン / 2019年7月23日 6時15分
相続編▼40年ぶりの法律大改正で老後の夫婦関係が激変
▼配偶者居住権
■配偶者親族に家を奪われないために
約40年ぶりに相続法(民法)が大きく改正された。被相続人の介護や看病で貢献した親族は金銭要求が可能になる(特別寄与料請求権の新設)など、2019年7月より順次施行されていく。
父親が亡くなった後、同居する長男に母親が家を追い出される――。そんな事態を防ぐために新設された「配偶者居住権」(長期)は、2020年4月にスタートする。
相続では平均寿命の関係から、父親が先に亡くなり(一次相続)、次に母親が亡くなる(二次相続)ことが多い。父親が先に亡くなった場合、母親は当然、そのまま自宅で暮らしたいと考えるが、相続税を考えると長男が相続したほうが有利になるケースが多い。しかし、長男が自宅を相続すると、思わぬ事態になる可能性がある。弁護士の武内優宏氏は、こう指摘する。
「長男の嫁が『自宅を売却して引っ越したい』と言い出すパターンは少なくないのです」
そうなれば、自宅はすでに長男名義になっているので母親も阻止できない。結果、住む場所を失うことになるのだ。
今後は自宅を「居住権」と「所有権」に分けて、別々に相続が可能になる。母親が「居住権」を取得すれば、生涯住む権利が得られる。自宅をまるごと相続するより「居住権」のほうが評価額は低くなるため、預貯金の相続もしやすくなる(図1)。
「配偶者居住権は子どものいない夫婦にも使い勝手のいい制度です」
子どものいない夫婦で夫が亡くなると、法定相続人は妻と夫の両親。両親が亡くなっていれば夫の兄弟姉妹が法定相続人になる。この場合、法定相続分は妻が4分の3で、夫の兄弟姉妹はトータルで4分の1。
たとえば、この夫婦が夫の親から相続した家に住んでいたとする。夫の死後、家を相続した妻が亡くなった際には、妻の両親が法定相続人になるが、亡くなっていれば妻の兄弟姉妹に権利が移る(図2)。夫側の親族は納得できないだろう。
「それを防ぐためには、夫は遺言で自宅の居住権を妻に、所有権を自分の兄弟姉妹に残せばいいのです」
これで妻は生涯、自宅に住み続ける権利が得られる。妻が亡くなれば居住権は消滅し、自宅は完全に夫の兄弟姉妹のものになる。配偶者居住権は譲渡できないが、転貸は可能。妻が老人ホームに入居することになった場合は、自宅を貸して賃貸料を入居費用に充当することもできる。
子どもがいても遺言が欠かせないケースもある。子どもが未成年の場合だ。
「未成年者は遺産分割協議に参加できませんので、遺産分割をするためには特別代理人を立てなければなりません」
一般的に未成年者が契約などの法律行為をする際には、親権者が法定代理人になって手続きする。しかし、相続の際には親も相続人となるため、利益が相反してしまう。そこで家庭裁判所に特別代理人を選任してもらう必要があるのだ。
「特別代理人は子どもの権利を守ろうとするので、法定相続分を主張するでしょう」
資産の内容によっては母親が自宅を相続できないケースも生じる。また、遺産分割協議が整うまでに時間がかかるが、遺言があればそれも不要だ。
▼離婚
■離婚届け出の前にするべき手続き
「私が扱った案件で離婚協議中に夫が亡くなり、多くの財産が妻のものになってしまったケースがあります」
離婚協議中の当事者を仮にAさんとしよう。夫妻には子どもがいなかったので、離婚するのであれば、Aさんは妻に多くの資産を分けるつもりはない。
ところが離婚協議中にAさんは亡くなってしまった。法律上は離婚前なので妻は相続人になる。また、子どもがいなかったのでAさんの両親も相続人になり、法定相続分は妻が3分の2、Aさんの両親が3分の1。離婚するつもりだった妻に多くの財産が渡ってしまった。
加えてAさんの勤めていた会社からの死亡退職金の給付も、受取人は妻。さらに、Aさんは結婚した際に生命保険に加入し、“妻”を受取人にしていた。生命保険は受取人固有の財産なので、相続財産には含まれず、全額が妻のものになった。
このケースでは、死亡退職金は社規社則で妻と定められていればどうにもならないが、生命保険の受取人は離婚を考えた段階で父親などに変更しておくべきだっただろう。
「生命保険の受取人を“妻の名前”にしていたためにトラブルを招く可能性もあります」
Bさんは離婚後に再婚した。離婚する前に加入した生命保険の受取人を前妻の個人名にしていたが、離婚後に手続きをするのを忘れ、そのままになっていた。再婚後にBさんは亡くなったが、保険金は前妻のもとに渡ってしまった。
受取人を再婚相手に変更しておけば問題がなかったわけだが、そもそも加入時に受取人を個人名にするのではなく「配偶者」とする方法もあった。そうしておけば、自動的に再婚相手が受取人になっていた。
「離婚を考えたらまず遺言を書くことを勧めますね」
妻に財産を渡したくなければ、遺留分以外は両親や兄弟姉妹に残す、ほかに残したい人がいるなら遺贈をするなどの遺言を書くのがいい。今回の相続法の改正で自筆証書遺言の保管制度が新設され、法務局で預かってくれるようになる。これにより紛失リスクがなくなるわけだ。
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弁護士
法律事務所アルシエン共同代表。早稲田大学卒業。遺言・相続など「終活」に関わる法的問題を多く扱う。著書に『家族が亡くなった後の手続きがわかる本』(共著)など。
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(ライター 向山 勇 撮影=研壁秀俊 写真=iStock.com)
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