香港デモで懸念される"天安門事件"の再来
プレジデントオンライン / 2019年6月12日 15時15分
■いまの一党独裁体制を賛美する中国人も多い
1989年6月4日の「天安門事件」から30年の節目を迎えた。事件後、中国は国民に対する監視の目を強化して言論の自由を奪い、共産党による一党独裁体制を貫いた。その体制の下で経済発展を遂げ、世界第2位の経済大国になった。
中国政府は国民に豊かさというアメをなめさせた。その結果、国民は監視というムチの痛みに鈍感になった。生活の水準の向上を喜び、いまの一党独裁体制を賛美する中国人も多い。
日本や欧米は経済的に豊かになれば、中国は一党独裁体制を改めるとの見通しを立てていた。だが、中国は経済発展を遂げても政治改革には乗り出さず、一党独裁体制を堅持した。
日米欧の見通しは間違っていたのだろうか。沙鴎一歩はその見通しが誤っていたのではなく、政治改革を経ていない中国の経済発展がニセモノであると考える。
■香港の民主主義をめぐってデモを繰り返す学生たち
中国の市場経済は閉ざされたまま解放されていない。中国政府は鉄道、エネルギー、通信、軍事という国の重要な基幹産業を握り、巨額の利益を上げる。地方政府も毛細血管のように張り巡らされたネットワークで民間部門から富を吸い上げている。
中国国民が味わっているのは、真の豊かさではない。中国の経済発展には大きなほころびが生じ、中国経済はいつ何時、そのバブルがはじけてもおかしくない。
見せかけの経済発展の裏側では、役人の汚職が浸透し、国民の間に貧富の格差が広がっている。光化学スモッグで覆われた空やPM2.5(微小粒子状物質)に汚染された大気など環境破壊も深刻だ。農薬だらけの野菜や果物、抗生物質を大量に投与された養殖の魚介類が世界で危険視され、「チャイナ・フリー」が叫ばれる。
また、香港では6月9日、刑事事件の容疑者を香港から中国本土に引き渡すことを可能にする「逃亡犯条例」改正案をめぐって、大規模なデモが起きた。これは香港の自治を保障する「一国二制度」が骨抜きになることへの危機感のあらわれだ。
デモの中心となったのは学生などの若者たちで、2014年の「雨傘運動」を思わせる動きだった。だが雨傘運動は要求が何も実現されないまま封じ込まれた。学生たちが中心となる香港の民主化運動の今後に、世界中が注目している。
■当時の指導部は、学生の民主化運動に理解を示していた
天安門事件は、胡耀邦(フー・ヤオパン)元総書記が1989年4月15日に死去したことがきっかけで起きた。胡氏の名誉を挽回して追悼しようと、エリート層といわれた学生たちが運動の核となった。胡氏は学生の民主化運動に理解を示したが、反革命分子として批判され、1987年に失脚し、その後死亡した。
学生たちは連日、天安門広場に集まって運動を展開した。民主化を求めるこの運動は、やがて言論の自由や腐敗した官僚の打倒につながっていった。
デモ行進や座り込みは学生から知識人、労働者へと拡大し、100万人規模のデモも行われた。
中国政府は5月20日に北京市に戒厳令を敷いて事態の収拾に乗り出し、6月3日の夜から4日朝にかけ、天安門広場に軍の兵士や戦車を出動させて武力で強制的に排除した。実弾も発砲された。
中国政府は発砲を否定し、死者数を319人と発表した。しかし、2017年に公表されたイギリス外務省の公文書では、「6月3、4の両日に1000人から3000人が殺害されたと見積もっていた」との推計もあった。
■民主化を実現しない限り中国の未来はない
民主化を求める若い学生たちのエネルギーを抑え込めば、火山からマグマが噴火するように爆発し、やがて中国政府は木っ端みじんに吹き飛ぶだろう。30年前、天安門事件を外電で知り、沙鴎一歩はそう考えた。
だが、そうはならずに中国政府は、世界第2位の経済発展を成し遂げた。民主化への機運を抑圧し、国民の人権を無視して共産党の一党支配を支えにここまで来た。
しかし前述したように中国の経済発展はニセモノである。その豊かさは決して本物ではない。民主化を実現しない限り、これからの中国には未来はない。
ソ連や東ドイツ、ポーランドなど、かつて社会主義を歩んでいた国々は、いずれも民主化している。その数少ない例外のひとつが中国であり、北朝鮮だ。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は、核・ミサイル開発を放棄することなく、中国を手本にして経済発展を遂げようと画策している。
■NHKのテレビ放送も監視して遮断する中国当局
中国政府は天安門事件に対する見解を変えようとしない。
その見解は「天安門事件は学生と市民による暴乱で、軍の鎮圧は正しかった」というものである。さらに「目覚ましい経済発展を遂げたことで、国民から支持を受けている」と正当性を強調する。
この見解を維持するために、中国は徹底した言論と情報の統制を続けている。
たとえば6月4日の午前7時過ぎ(日本時間)、NHKが海外向けテレビ放送で、天安門事件に関するニュースを伝えようとしたところ、中国国内では8分間にわたって画面が真っ黒になり、映像と音声が遮断された。
中国国内で放送される外国のテレビ局の放送内容も監視されている。テレビだけではなく、フェイスブックやツイッターなどのSNSも規制されている。日本では信じられないことだが、中国では政府にとって都合の悪い情報はすべて消されてしまう。
■習近平国家主席に「日中人権対話」の再開を求めたい
菅官義偉官房長官は6月3日の記者会見で「軍の実力行使による衝突の結果、多くの人命が失われる痛ましい事態に至った」と遺憾の意を示した。河野太郎外相も4日の記者会見で「(中国の人権状況には)懸念がある。自由、基本的人権、法の支配といった国際的に共有されるべき価値観は、中国でも保障されるべきだ」と語った。
ところで、日本と中国の間では1997年に人権分野での政策と協力について意見交換する「日中人権対話」がスタートした。しかし、2011年を最後に開かれていない。
中国の習国家主席が大阪で開かれる「G20(主要20カ国・地域首脳会議)」に出席する予定だ。安倍晋三首相が議長国、日本を代表して習氏と会談するが、その会談で必ず、日中人権対話の再開を求めるべきである。人権をめぐる日本と中国の対話は、今後の北朝鮮対応にも大きく関係してくる。そこを安倍首相は肝に銘じるべきである。
■中国における政治とは、一部の政府幹部のためのもの
6月4日付の朝日新聞の社説は「天安門30年 弾圧の歴史は消せない」との見出しを付けて「あの夜、いったいどれだけの血が流されたのだろうか」と書き出す。見出しも書き出しも小説のような書きぶりだが、主張は鋭い。
「『動乱』『反革命暴乱』と当局は決めつけたが、学生らは対話要求など平和的な運動をしただけだ。遺族はそう訴え、再評価や名誉回復を求めている」
「共産党政権はこうした声に応えて真相解明を進め、公表すべきだ。ところが、現実にはその逆のことが行われている」
日本の新聞社説のなかで、朝日社説の中国批判は比較的穏やかだった。その朝日社説が「真相を解明すべきだ」とまで迫っている。朝日社説はさらに続ける。
「今年は建国70周年。共産党はこの間の中国の発展は自らの政策の正しさを示すと宣伝している。ならば、なぜ真実を隠すのか。天安門事件を歴史から消し去ってはならない」
「共産党政権はかねて強権発動の理由として『社会の安定』を挙げる。だが長期的な安定を望むなら、人々の不満や願いを抑えつけるのではなく、政治に生かす改革こそ必要だ」
政治はだれのためにあるのか。国民を統制して弾圧するのが、中国の政治だ。中国における政治とは、共産党や一部の政府幹部のためのものでしかない。
■日本は経済支援に動いた責任を取れるか
最後に朝日社説はこう指摘する。
「当時、西側主要国が対中制裁を続けたなかで、日本はいち早く経済支援の再開を表明した。孤立させれば、かえって民主化が遅れてしまうと主張した」
「その見通しは甘かった。だが中国の改革を促す意欲は今こそ発揮すべきだ。あの事件の総括と民主化なくして、中国の真の発展はない。そう言い続ける責務を日本は果たしていきたい」
制裁か、それとも支援か。あのとき、海部俊樹政権は世界に先駆けて舵を大きく切り、円借款を再開する経済支援を打ち出した。その結果、中国の歪んだ経済発展を許してしまった。
日本政府はそこを反省し、朝日社説が主張する責務を果たしたい。そのためにはまず、前述した日中人権対話の再開を実現することである。
■人工知能まで駆使する恐ろしい情報統制ぶり
朝日と反対の主張が多い読売新聞の社説(6月5日付)も、「人権や言論の自由を巡る状況は、著しく後退した。強権的な監視国家へと変貌しつつある中国の現状を深く憂慮する」と批判的に書き出す。
「事件に関する情報は隠滅され、事件自体を知らない若者も少なくない。真相が解明されぬまま、風化が進んでいるのは遺憾である」
「看過できないのは、習近平政権が反体制派や少数民族への締め付けを加速していることだ」
「風化」と「締め付けの加速」。中国は、天安門事件が風化し、歴史から姿を消すことを望んでいる。そうすれば異を唱える芽を摘み取りやすくなるからだ。
「中国では、ネット空間が政府の情報管理に利用され、強権統治を支えている。党や政府に批判的な言動が、人工知能(AI)や監視カメラで即時に把握され、封じ込められる。『国家の安全』を理由に正当化できる措置ではない」
人工知能まで駆使して思想犯を割り出そうとする。驚くべき情報の統制である。
■中国の経済発展がニセモノだから、問題が噴出している
読売社説は指摘する。
「中国が豊かになれば政治改革に踏み出す、という日本や欧米の見通しは甘かったと言わざるを得ない。ポンペオ米国務長官は『中国が国際システムに融合され、開かれた寛容な社会に変わるという期待は打ち砕かれた』と述べた」
政治改革を経ずに、開かれた社会をつくることはできない。繰り返すように日米欧の見通しが誤っていたわけではなく、現在の中国の経済発展がニセモノなのである。真の豊かさではないのだ。だからいまの中国ではさまざまな問題が噴出しているのだ。
読売社説も次のように書く。
「共産党は、国民の生活水準を向上させ、一党支配への不満を抑え込んできた。だが、これまでのような高度成長は望めない。貧富の格差が広がり、環境汚染などの社会問題も深刻化している」
こう書いた後、読売社説は「習政権は、強権的な手法をどこまで拡大し続けるのか。国際社会は問題点を粘り強く指摘し、改革を促さねばならない」と主張する。天安門事件30年をきっかけに、あらためて中国政府に改革の必要性と重要性を認識させる必要がある。そのとき日本の果たすべき役割も大きいはずだ。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=Penta Press/時事通信フォト)
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