非モテ芸人の格差婚が成功する哲学的理由
プレジデントオンライン / 2019年6月12日 15時15分
■非モテの山ちゃんとトップ女優の蒼井優
お笑いタレントの山里亮太さんと女優の蒼井優さんの結婚が報じられ、大きな話題になりました。山里さんはよしもとブサイクランキングで殿堂入りするなど、「非モテ」をネタにしてきた芸人。かたや蒼井さんは日本の芸能界を代表するトップ女優です。イケメンではないコメディアンが、美の頂点ともいえる女性のハートを射止めたことに、多くの人が衝撃を受けたようです。
その部分をとらえて「格差婚」と呼ぶなら、ある意味でそれは正しいといえるでしょう。トップ女優は、イケメン俳優や大金持ちの男が射止めるというのが、世間の常識だからです。
ただ、最近はお笑い芸人が女優やアイドルと結婚するということも増えています。その都度格差婚などといわれますが、それは決して悪いものではありません。人々はなかば羨望の気持ちをこめてこの表現を用いているのですから。実際、最初から対等であることを意識して結婚するより、格差婚のほうがうまくいっている例が多いように思います。その理由について哲学を使って考えてみたいと思います。
■対等な立場でなければ結婚できない
今回の結婚報道を見て、ふと頭の中に浮かんだのは、近代哲学の頂点に立つ難解な哲学者・ヘーゲルでした。ドイツ観念論、『精神現象学』、あるいはアウフヘーベンで知られる弁証法の概念が有名な人物です。
このキーワードだけ見ても、いかにも難解な感じがしますが、どうしてそんな哲学者と結婚が関係あるのか。実はヘーゲルは、近代的な結婚観を論じた哲学者でもあるのです。あまりその部分は注目されていませんが、とても重要なことをいっています。
つまり、両性の合意にもとづき結婚し、お互い対等な立場でなければならないといっているわけです。いまからすれば当たり前のことに思えますが、200年も前の話ですから、やはりすごいことです。いまだって男女が対等なのかどうか、怪しいものですからね。
なにより、ヘーゲルの結婚論は、彼の家族論の中核をなしており、その家族自体が個人の幸福を発展させていくためのシステムとして位置づけられている点がポイントです。では、人間の幸福はどのようにして実現されていくのか?
■男女の仲は最初ちぐはぐ
ヘーゲルによると、それは他者に認められ、また自分も他者を認めることで可能になるということになります。たしかに、家族に限らず、自分がかかわる他者から認められないと不幸でしょう。そしてお互いに認め合うことができたとき、真の幸福感を得ることができるはずです。友達との関係でも、会社や地域といった集団においても。
結婚もおなじなのです。お互いが対等であるということは、お互い認め合っているということなのです。しかし、それはいきなり実現できるものではありません。いわば相互に承認し合える状態、それを実現するためのプロセスがあるのです。そのプロセスを論じたところがヘーゲル哲学の真骨頂といえます。
そのプロセスは「主人と奴隷の弁証法」と呼ばれるものです。これは男女を含む人間関係がいかに築かれるかを論じた一つのモデル、思考実験だと思ってもらえばいいでしょう。つまり、ある二人の人間が出会うとき、どちらがどういう立場で接するかを決めるために闘争を経るというのです。いわば人間は生存のために生死をかけた闘争を行うのだと。
その過程で死の恐怖に負け、相手への従属を受け入れた者は奴隷となります。自分の生命への欲求にとらわれてしまったからです。これに対して、死の恐怖をものともせず、自分の栄誉という精神的価値のために生きようとした者だけが主人となります。
■良好な夫婦関係は闘争を経て築かれる
ところが、奴隷は労働を通じて、自分の狭い欲求から解放されるに至ります。そして主人のほうは、今度は奴隷の労働によって欲求を満たすだけであり、それに依存してしまうのです。ここにおいて両者の立場の逆転が生じます。主人は奴隷を承認せざるをえなくなるというわけです。
その先に何があるのか。ヘーゲルはそこまで明確には論じていないのですが、後の研究者たちはヘーゲルが相互承認を念頭に置いていたのではないかといいます。承認をめぐる闘争を経て、二人の人間は相互に承認しあえる段階を獲得するのだと。
この話をするたび、多くの人が「うちの夫婦関係と同じだ」というようなことをいいます。最初はご主人が(文字通り日本では夫のことを主人という!)えらそうにしていたところ、実は奥さんのサポートによって家庭が成り立っていることに気づきはじめ、頭が上がらなくなる。そうしてお互いを認め合う。そういうことが起こっているのだと思います。
ヘーゲルが、結婚論においてパートナー同士が対等でなければならないというのは、あくまで承認をめぐる闘争を経たうえで、対等になるという話をしているのだと思います。だとすると、格差婚こそが主人と奴隷の弁証法のデフォルト状態だといっていい。だからこそ格差があると感じているほうの人間は頑張るのです。
■結婚なんて常に格差婚
たとえば、トップ女優と結婚した芸人は、往々にして格差を感じています。世間がそういうからなのでしょうが、いずれにしても頑張っているように見えます。格差が広がらないように努力し、より売れっ子になり、誰にも文句をいわせないくらいの活躍をする。
そうすると、相手のトップ女優からすれば夫である芸人を認めざるを得ません。もちろん結婚するからには、トップ女優だって相手を認めているのでしょう。でも、一般論としていうなら、いや私がトップ女優なら、やはり最初は上の立場にあるような気持ちでいるはずです。ここは誤解しないでいただきたいのですが、あくまで私がもしそうならということです。
でもそのとき、相手が頑張っているのを感じることができれば、私はただ純粋に敬意を表すでしょう。そうしてはじめて、心から対等であることを認識し、世間の声なんて無視して幸せに生きていくにちがいありません。
ただし、誰と結婚しようと、最初から何もかもが対等ということはあり得ないでしょう。家柄だって多少は違うでしょうし、容姿だってどちらかのほうが一般的に上だとかいう評価はあるはずです。あるいは、どっちのほうが学歴が上だとか、キャリアがどうだとか。
つまり、純粋に対等な立場での結婚なんてあり得ないのです。あえていうなら、結婚なんて常に格差婚なわけです。だからこそ、そんな中でいかにして真に対等な関係を築いていくかが問われてくるのです。
■老夫婦の晩年が幸せそうな理由
結婚生活とは、ヘーゲルのいう主人と奴隷の弁証法の過程なのかもしれません。夫婦間でどちらが主人でどちらが奴隷なのかは、状況によるでしょう。あるいは、事柄によって変わってくるのかもしれません。収入は夫が上で妻が下、容姿は妻が上で夫が下、学歴は夫が上で妻が下、家柄は妻が上で夫が下……。比較する要素は無数にあります。
その無数の要素のそれぞれについて、承認をめぐる闘争を日々繰り返し、やがて本当に対等なお互いを認めあえる夫婦になっていく。結婚とはそういうものであるべきだと思います。年老いた夫婦を想像してみてください。それまでずっとケンカばかりしてきたけれど、まるで戦友のようにお互いを理解し合い、お互いの愛と努力に感謝して晩年を過ごすのは、そうした理由からだと思います。
山里亮太さんと蒼井優さんのお二人が、時にはケンカもしながら、素敵な結婚生活を送られることを心からお祈りしております。
(哲学者 小川 仁志 写真=時事通信フォト、iStock.com)
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