トランプには理解できない狭い枡席の意味
プレジデントオンライン / 2019年6月20日 15時15分
■膝を折って我慢し、酒を注ぎつ注がれつ
大相撲ファンを代表して、心よりトランプ大統領に感謝したい。薫風に力士幟が揺れる夏場所はもうひとつ盛り上がりに欠けた。横綱白鵬は予想どおり休場、綱取りと目された大関貴景勝はケガのために途中休場、残る横綱大関もぽろぽろと星を落とし、好漢・朝乃山の平幕優勝はよかったものの、緊張感のない場所だった。それが千秋楽、大統領の登場で一変した。
微妙な判定問題などドタバタの数々は不問に付す。屈指の好カードだった「朝乃山-御嶽海」の直前に登場したおかげで両者の気合が削がれたりして迷惑千万だったわけだが、このさい全部許します。ただひとつだけ物言いがある。大統領にではなく日本政府に。
枡席に設えたあの椅子だ。どこぞのボクシングの大会ではあるまいし、なんであんなものを設えるのか。実にもったいない。枡席には大きな意味があるのだ。約1.7平方メートルの狭い狭い枡席の床で、安倍晋三総理は大統領と膝を交えるべきだった。
枡席での相撲観戦はこの世の愉楽である。伝統的に4人ひと組で酒を飲み焼き鳥を喰らい(ちなみに夏場所は枝豆が美味い)、相撲談議に花を咲かせるものだった。ここが他のスポーツ観戦とは決定的に違うところで、小宴会を開きつつ相撲を観るのだ。野球やサッカーなどのように、4人そろって特定のチームを応援しなくてもいい。プレジデント山とダンチュウ海の対戦で、誰がどちらを応援しても構わない。つまり大相撲そのものを楽しむためのものだった。
取組に間があるから話も進む。約1.7平方メートルに大人4人だとかなり窮屈なので、いやがうえにも互いの距離感が縮まる。商談などにはもってこいなわけだが、とりあえずどうでもいい話をして相撲を楽しめばいい。打ち出し後にどこぞに繰り出し、宴会の続きをしつつ、本筋に持っていくのがうまい流れだ。総理と大統領が六本木の炉端焼き屋へ行ったように。
そもそもなぜ、狭くて窮屈な枡席が今の今まで廃れず続いているのか。観客の都合を考えれば、それこそ野球・サッカー方式の椅子席で構わないはずだ。現に2階席はそうなっている。
これこそが前述の「小宴会」の文化の継承なのだ。一見さんは相手にせず、常連客に4人ワンセットで売るのである。その希少価値ゆえに、いくら狭くともありがたがられる。
遠く江戸の時代、相撲が興行として定着するようになると、見物客の中から自然発生的に席や飲食の手配をする者が現れた。それがもろもろの変遷を経て、今の茶屋(国技館サービス株式会社)となり、枡席を販売するようになった。もともと仲間内のものだから、付き合いの深い後援者や企業などに優先的に売った。買うほうが必ず4人をそろえる。今では考えられないが、企業の重役などが午後の仕事をほっぽり出しても、文句を言われなかった。完全な売り手市場だったのである。
■「若貴ブーム」の大相撲人気
たしかに大人4人では窮屈ではあるが、その希少価値と滞在時間の短さ(幕内の取組に絞るなら90分くらい)で、恰幅のいい重役たちでもなんとかなったのである。結果、平成の「若貴ブーム」の大相撲人気のときには枡席は極めて入手困難となった。
ところが、長引く日本経済の不振や件の大相撲不祥事による人気凋落で、企業の相撲離れが相つぎ、本場所に空席が目立つようになる。そこでようやく相撲好きの一見さんに目を向け、わずかな空間に一人席をつくったり、枡席のネット販売をするようになった。
つまりいろいろあって、われわれ庶民にも枡席での相撲観戦が叶うようになったのである。
繰り返すが、枡席は狭いからいい。話を外交に戻せば、総理も小柄なほうではないから、女性2人を伴うとたしかに窮屈だろう。しかしたったの5番の辛抱だ。膝を折って我慢して、狭いエリアでお酒を注ぎつ注がれつ。総理の膝頭が大統領の内腿に触れるかもしれないほどの近距離で「これこそが、日本の文化なのだ。しばし、お楽しみを」と胸を張ればよかった。まさに「枡席外交」である。
(作家 須藤 靖貴 写真=時事通信フォト)
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