給料が"5年で5倍"になるインド式交渉術
プレジデントオンライン / 2019年6月18日 9時15分
※本稿は、野瀬大樹『お金儲けは「インド式」に学べ!』(ビジネス社)の一部を再編集したものです。
■「給料を来月から50%増やして下さい。ダメなら今月で辞めます」
私がインドでビジネスをやっていてツラいこと。それは世界最悪のPM2.5ではなく、すぐにおなかを壊す水問題でもなく、売り上げが伸びない点でもなく、社内の人間関係である。
夕方、私の部屋を「コンコン」とノックされるとため息が出る。なぜなら、とにかく彼らはタフネゴシエーターだからだ。ありとあらゆる事実、うわさ、主観、ウソを交えて、自分の給料を劇的に上げろと主張してくる。
実際にこんなことがあった。
大きなプロジェクトが翌月1日からスタート、担当するインド人のチームも決まった。すると、スタート直前の月末25日くらいになって、そのチームのリーダーが私の部屋をノックする。そして彼は、
「給料を来月から50%増やしてください。かなわないなら今月末で辞めます」
と、サラッと言ってくるのだ。
■「本当は辞めたくないんです。その代わり、給料を50%上げて」
もちろん、退職するには通知期間があるのでルール違反なのだが、彼らは「そんなものは関係ない」と言い出す。とにかく「オレの希望が通らなければ、すぐにでも辞めてやる!」ということ。
彼らは、自分がいなくなると最も困る体制、タイミングをしっかりつくり上げてから、その“困る度数”が最高点に達したタイミングで、交渉を持ちかけてくるのだ。
もちろんこんな主張はとうていのめないので、私は内心泣きそうになりながらも、
「了解! じゃあパソコンとか備品は全部返してね! お疲れ!」
と返す。そうなると、向こうも本当の狙いは昇給なので、
「イヤイヤイヤイヤ。ボクはこの会社が大好きなんですよ。本当は辞めたくないんです。その代わり、給料を50%上げてください」
と言い出す。
あとは「じゃあ辞めろ!」→「そうじゃない。給料上げろ!」の無限ループ。
■ゴネにゴネたインド人の5年後の給料は5倍になった
結局、その後も彼は1年在職した。それから、彼は1年ごとに日系企業を渡り歩いて5年たったいま、私の会社にいたころに比べ5倍の給料をもらっているらしい。恐るべき交渉力である。
彼らは、「社内での自分の価値を高める」ことにも余念がない。私が新しいスタッフを採用しようと面接していると、その様子を見たほかのスタッフが、
「新しい人を雇うんですか?」
「ボクらだけで十分仕事は回ります。そんなコストはムダです」
と言い出す。私が、
「オマエら、いつ辞めるかわからんやん。保険だよ、これは」
と言っても、
「ボクはこの会社が大好きなので絶対に辞めません。信じてください」
と力説してくるわけだ。こういうやり取りを経たところで、そう言った本人が半年後にはもう退職していたりする。
もちろんウソは反則だが、とにかく彼らは「自分がいないと会社が回らない状況」をつくり上げることに余念がない。実にタフネゴシエーターなのだ。
このタフネゴシエーターぶりを、私たち日本人も10分の1くらい見習うだけで給料ももう少し伸びるのではないか。100%見習うのはやめてほしいけど(笑)。
■一方、日本人は会社に対して何も主張せず、突然退職する
日本の場合、給料を含めて会社に対して何も主張や提言をせず、会社の方針に従って黙々と仕事をこなすことが忠義だとされている節がある。だが、実際は不満に不満をためてからの突然退職など、よくある話だ。
従業員は「オレはこんなに我慢してたのに、会社はなぜわかってくれない?」となるし、それに対して会社側は「どうして、あいつは突然辞めるんや?」となる。しかし、互いに意見を言い合わないので、その原因もわからず、今後の対策もとれない……。結局、日本だろうがインドだろうが、どこにおいても「主張」をしなければ、得てしてお互いが不幸になってしまうということなのだ。
本来、会社と従業員の関係は契約関係であり対等なはずである。会社は従業員の時間を買い、定められた業務範囲の業務を担当させ、その対価として安定した給料を払う。お互いその条件が気に入らなければ、条件を変える交渉、つまり意見を言えばいいし、交渉が決裂したら定められた手続きに従って契約を解消すればいいだけの話ではないだろうか(もっとも日本の場合、法律上、会社側から契約を解消するのは難しいが……)。
■インド人は入社初日に転職サイトに新たな自分の情報を登録
とはいうものの、このように「もの言う従業員」になるのは、実際ハードルが高いかもしれない。「そんなこと言ったら、それこそ上司に嫌われてしまうのでは?」と思うこともあるだろうし、事実、心の狭い上司なら「意見を言われた」ということを根に持ち、場合によっては露骨なパワハラをしてくることもあるだろう。
しかし、たとえすぐに「もの言う従業員」にはなれなくても、「いざとなったら、いつでももの言える従業員になる」という意識が大切だ。その意識を持つことで、会社に対する交渉力が生まれる。
ただし、この「いざとなったら、いつでももの言える従業員」になるためには、その前提条件として「いつでも転職できる準備」をする必要がある。
インド人の従業員たちは、前述したように口をそろえて「給料上げろ」と言う。続いて、「ボスがそれを認めないのだったら辞めます」と半ば脅しのように退職をちらつかせる。
この手の交渉ができるのは、「いつでも転職できる」という“逃げ道”を周到に準備しているからなのだ。彼らは新しい会社に転職しても、すでに入社初日には、転職サイトに新たな自分の情報を登録する。つまり、常にどん欲に「よりよい条件」を探し続けているのだ。そして、少しでもいまのところよりよい条件の会社を見つけたら、もう翌月には面接に行き、場合によっては半年で次の会社に転職する。
■「次の場所」を常に確保し、会社との交渉を有利に導く
半年で転職というのは、スキルの蓄積という観点からはどうかと思うが、それでも「次の場所」を常に確保し続けることで、会社との交渉を有利に導くスタイルは私たち日本人も見習うべきだ。
実際に転職するかどうかは別として、「オレに『来てくれ』という会社は、たくさんあるんやで」という状況を、常にキープしておくことが重要なのである。
日本、特に仕事で東京に行くたびに私がチェックするのが、電車や駅の広告、あるいはテレビCMだ。それらを見れば、いま、世の中で何がトレンドなのか、何に対して需要があるのか、一発でわかる。
なかでも最近、特に目につくのが「転職サイト」。場合によっては電車の車内広告の半分が転職サイトの広告だったりする。10年ほど前に比べれば、日本でも転職は一般的になりつつあるし、若い人のなかには、実際にエージェントと頻繁に連絡をとって自分の市場価値を確認する人もいるだろう。
ただ、それでも自分の価値を知るために、実際に具体的な転職先候補と面談までする人は、まだ少ないのではないだろうか。
この点でまだまだ、潜在的需要があると転職エージェント会社が思っているからこそ、あれだけ電車内が広告で埋め尽くされるのだろう。
■超人手不足なのに若い人の給料が上がらないのはオカシイ
日本人は、インド人のように「自分の価値はどれくらいなんだろう?」という点に、もっと敏感、どん欲になるべきではないだろうか。
たとえ、友だちから月給を聞いて比べたとしても、わかるのは給料が高いか低いかだけ。それだけでは、ビジネスの世界における本当の自分の“値段”がいくらなのかがわからない。その結果、いまいる会社の待遇の良しあしもわからないまま、ただ時間だけが過ぎてしまうということになってしまう。
そもそも、これだけ「人手不足」なのに、若い人の給料が上がらないのは、どう考えてもオカシイのではないか。
■自分という株を「塩漬け」にして価値を落とすな
日本人とは違うインド人の転職スタイルが「何かに似ている」と思っていたのだが、それは「株式投資」だ。自分の価値を常にチェックして「売りどき」を常に考える。いまが自分を一番高く売り込めるチャンスだと思ったら、迷うことなく「利確」する。そんなイメージだ。
日本人ビジネスパーソンは、株を買ってはみたものの、そのまま価格をチェックすることなくダラダラ持ち続けてしまっている「塩漬け株」そのもの。昔の日本のように、大概の銘柄が右肩上がりだったのであれば、塩漬け株でも知らぬ間に株価がぐんぐん上がって結果オーライ、給料もアップとなったかもしれない。
だが、そうではない昨今、投資家のように自分の価値を常に確認し続ける必要がある。
(公認会計士・税理士 野瀬 大樹 写真=iStock.com)
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